古風なメヌエット

1.総論
ラヴェルの処女出版作品である。パリ音楽院在学中(20歳)の1895年に作曲された。この曲に関しても、ラヴェル自身がシャブリエの影響を認めている。確かにシャブリエの「壮麗なメヌエット」の影響が強い。「古風な antique」という形容詞は、どちらかというと「古代の」とか、もっと端的には「古臭い形式の」という意味合いがあり、作曲者の古典嗜好を示すとともに、「いまさらメヌエットのような古いジャンルの曲を手がけるとは…」というアイロニー(皮肉)を匂わせる。ラヴェルにはこの手の二重構造的な意味をもつ表題が多い。もっとも、フランスではクープランの時代から曲の表題に裏の意味を持たせる趣向が好まれていて、ラヴェルはその伝統に倣うことで自らのアイデンティティを主張した、と考えることも可能である。
「グロテスクなセレナード」と同様に若書きということもあり随所に習作らしさが残っている。シンコペーションを多用した食い込むリズム、バッハのインヴェンションを思い起こさせる対位法的な書法、リストの影響と思われる左手のオクターブ・パッセージなど、自分が興味を持った要素を素直に盛り込んでいるところに若々しいまっすぐな視線が感じられる佳作である。
なお、「グロテスクなセレナード」はほとんど無調といってよいほど調性感の希薄な曲だったが、この曲は調性がはっきりしており、旋法的な旋律との組み合わせは感傷的にすら思える。旋法と組み合わせる精妙な和声を吟味してみましたが、あまりうまくいかないのでストレートな進行になってしまいました、というような若干の未熟さも感じさせる。そして「亡き王女のためのパヴァーヌ」において和声面での感傷性はさらに顕著なものとなる。詳しくは同曲のページで解説したい。

2.構成
伝統的なメヌエットに則り、ABAの三部形式である。
A部は嬰へ短調、B部は嬰ヘ長調である。

3.細部分析

冒頭部分を譜例で示す。
3色で分けたパッセージが対位法的に組み合わさって開始されるが、二段目で左手のパッセージが短縮リフレイン形となり、厳格な対位法から脱してしまう。また、旋法の応唱的な雰囲気になっているもののカノンともいえない。後の作品と比較すると明らかに中途半端なフレーズ構成であり、独特な不安定さを覚える流れになっている。そしてすぐ次の展開に入るため、実際のテンポ以上にスピード感を覚える。このように、構成の未熟さが逆にプラスに働いている点は重要である。不安定な構成と知りつつも意図的に手を加えなかった、と考えるべきであろう。
※ポイント
(1)青の部分、Fis音のアクセントが耳につきやすいが、左手で弾く4音の下降音階がこの曲の主役。倚音(いおん)で成り立っている。
(2)赤の部分、下がってから上がる旋法。


上記はB部の開始部分である。
B部はA部とは打って変わって音楽的に平穏になる。書法もシンプルにして、落ち着きのなかったA部と好対照を成すように設計されている。この調子が延々続くと居眠りしそうなほど退屈になるが、B部の締めの部分でA部の主題を忍ばせるテクニックを使っている。赤い部分がB主題、青い部分がA主題である。左手(低音部)で最初の主題を回想するのはショパンがよくやった手法である(ピアノ・ソナタ第2番第1楽章や幻想即興曲など)。ラヴェルはショパンの影響をほとんど表出しない作曲家であり、このケースは珍しい。


4.演奏について
とにかくA部が弾きにくい。演奏を聞いた印象よりも、楽譜を見た印象よりも、ずっと弾きにくいはずである。また、シンコペートされたアーティキュレーションが最大の特徴であるが、強い調子でガツガツ弾いてしまうとメヌエットらしい雰囲気が損なわれる。sfやアクセント記号が付いている音をどの程度の強さ/鋭さで弾き、どのようにフレーズを聞かせるか。センスの問われるポイントである。

<改訂履歴>
2009/03/21 初稿掲載。

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