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小樽望洋台教会の週報紹介(2011年1月〜3月)

 小樽望洋台教会の週報の文章です。



       閉所記念感謝礼拝の日時が決定いたました。

       2011年7月3日(日)午後3時〜 説教 土橋 修 日本基督教団牧師

       望洋台教会での最後の礼拝となります。ぜひご参加ください。




       礼拝後、先月に引き続き2度目の臨時総会をします。
       議題・望洋台伝道所の今後について
      ・アドバイザーとして日向恭司北海教区幹事が出席されます。


       上記話し合いの結果、柴田作治郎牧師の体調などを考慮し、
      ○日本基督教団小樽望洋台教会(伝道所)は閉所とし、毎週の礼拝は3/27をもって終了とする。
      ○いずれ日を改めて、閉所記念感謝礼拝を持つ  こととなりました。

2011年3月27日 No.1225  <国民の原発不信>               先週の礼拝  計3名
京電力・福島第1原発に、原子炉メーカーが技術者や作業員を派遣し、業界を挙げて事故収束に躍起となっている。
島第1原発の主契約メーカーは、1号機が米GE、/2、6号機が米GE・東芝連合/3、5号機が東芝、4号機が日立製作所。東芝は「技術力、責任感のある選抜チーム」(広報室)約100人を派遣、電源復旧や海水くみ上げポンプの設置を担当する。日立は電気系統の技術者ら120人を派遣。原子炉圧力容器などを納めたIHIは、約30人が2号機の注水作業を手助けした。各社とも「安全に留意しながら作業を続けたい」と強調するが、家族の心労は募る一方だ。
た、電力各社も福島原発事故を「できる限り支援する」(関西電力の八木誠社長)ため、被災地に計約1400人を派遣。送電線の復旧や、原発周辺の放射線量測定などに取り組んでいる。
民の原発不信が高まる中、「今は福島の冷却と被災地支援しか考えられない」(大手電力幹部)状況という。
           (毎日新聞3月25日のコラムより部分転載です)

       ○先の東北地方太平洋沖大地震は14日その名称が新たに 東日本大震災 となった。ただちに緊急救援募金のお願いが各教会に送られてきている。
       ○募金目標額 特に定めず     ○募金期間:2011年3月末まで(緊急の事として)
       ○郵便振替口座:02730-7-8339 ・日本基督教団北海教区 「東北地方太平洋沖大地震 緊急募金」と明記ください
       ○同じく日本基督教団社会委員会からも同様の緊急要請があった。こちらは
       ○郵便振替 00150-2-593699
       ・日本基督教団社会委員会 「東日本大震災緊急救援募金」とお書き下さい、と
2011年3月20日 No.1224  <望洋台伝道所のあゆみ>               先週の礼拝  計3名
1988年5月22日(日)ペンテコステ午後3時から当伝道所の開設式及び牧師就任式は始った。男32、女29、子ども3、計64名もの人が集まって発足した。この望洋台の小さな家の教会は、喜びではち切れそうだった。司式は当時の北海教区議長金井輝夫牧師。社会派牧師柴田作治郎は自由に自身の本領を発揮し、道内は元より、本州まであらゆる集会に顔を出し、話題を提供して週報のコラムを書き続けてきた。勿論それは説教の中に、聖書の言葉に照らし合わせながら展開して行った。
洋台伝道所は音楽活動にも関わり合唱団コーロファーチレのメンバーとも親しくなり、ある時、週報を渡した。週報にあるコラムを読んだ件の人は、面白いからコピーして皆に紹介したそうだ。現在の毎月180部にのぼる週報発送はそのことから始まった。柴田はそれを週報伝道と呼び、伝道所開始以来23年以上も続いてきた。キリスト教に関係ない人たちも望洋台の週報に期待してくれている。しかし年齢には勝てない。だが多くの人に望洋台伝道所のあり様を伝えて幕を下ろす時だ。

      3月11日(金)午後2時46分ごろ東北地方で巨大地震が発生し、気象庁は「平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震」と命名した。
      各メディアはリアルタイムで連日報道している。
      被災時に住む人たちの中に、当望洋台教会を折に触れて支えてくださる方々もいる。
      各地の被災者の無事を祈らずにはいられない。

2011年3月13日 No.1223  <この国の成り立ち>               先週の礼拝  計2名
の国はどうしてか天皇に限りなく優しい。どうしてなのか。そのことでいえば、この国のあり様は、国の成り立ちに関係する。
天皇制にやさしいという、ここのところ、どうしてか、この国のありようとは限りなく天皇制にやさしい。それが日本という国なのだ。
日本の成り立ちは天皇をまつり上げることによって成り立っていく。
りなく、この国は限りなく天皇に優しい。だから、そのようにこの国を立てていきたいのか。さて、この国のあり様をどう説明しようか。
ずれにせよ、この国のあり様をケルトに即し、そのあり様にこの国をかえて行くものでありたい。だから、その様なものとしてでて行こう。
ケルトは古代ヨーロッパの中西部に住みケルト語を使用した人びと。現在はスコットランド、アイルランド、ウェールズ、ブルターニュに残存。農業・牧畜に従事し、キリスト教化される前は、ドルイド教と呼ばれる宗教が盛んで、これは首長(王)は神であるとした。霊魂不滅や生死の輪廻観念、祖先崇拝の要素をもっている。

2011年3月6日 No.1222  <君が代の押し付けは“調教”>               先週の礼拝  計4名
校で日の丸・君が代について室蘭市教委から通達が出た。日の丸掲揚と君が代の斉唱と起立が、児童生徒と教職員に課せられた。もし従わなければ戒告、減給などの処分があるという。このような処分をちらつかせた強制は教育の場にはまったくそぐわない。「日の丸・君が代を尊重」させたいなら、それがなぜ尊いもので大事にしなければならないかを丁寧に教えてこそ、納得して起立という行動ができるのであって、起立という形だけを整えて「尊重」されたと考えるのは、君が代に対する冒とくではないかと思う
えても納得できない人の行動は当然、違いがあって座る人が出るかもしれない。それは憲法の定める“思想信条の自由”であって誰も侵すことはできない。教育は教え育て、理解させることであって、「分かっても分からなくてもいいから起立せよ」では教育ではなく、“調教”になる。「すべての子どもたちのために」の精神で、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する子どもたちを育てるためには強制はふさわしくなく、自由な教育現場でなければならないと思う。     (きらら東川たより)から転載
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        柴田牧師 去る21日(月)午後退院しました。術後の経過は良好です。
2011年2月27日 No.1221  <人権小国ニッポン>               先週の礼拝  計3名
志地区小樽望洋台伝道所のあり様を、どう表現してきたか。チェジュドウよりの韓国人二世のありようとして、イムさんが示したあり様からあぶり出された姿をどのように表現しようか。
権問題として拘るか。そうであれば、イム流の韓国人二世後のあり様を考え直すことである。ところで、「横浜事件」で問われた人権小国ニッポンであった。イム流儀の韓国風人権問題を問い直すべしと、だから韓国風イム問題はこれを問い直すべきだと。その辺の考えを問い直すべしと。
この国の人権小国ニッポン」を考え直すべしとした時、やはり「イム流儀」で考え直すという風に考え直すべしと。いずれにしろ、「人権問題としてイム流儀」ではなく「人権問題」として考え直すべしと。なお、「人権問題」をイム流ではなく「人権小国ニッポン」として「人権問題ニッポン」として考え直して行こう。「イム流」ではなく「人権問題」として考え直して行きたく思うことである。

        ●2011年星野文昭カレンダーあります。1本1,200円。送料は5本まで80円。お問い合わせは
こちらまで
        ●2/27 教会員の永田克自さんが説教を担当します。
2011年2月20日 No.1220  <支えるもの>               先週の礼拝  計6名
タッフ・Staff〔「支えるもの」が原義〕と、英語の辞書にある。広辞苑では、それぞれの部署を受け持つ職員、部員、陣容、顔ぶれと説明している。
ーマ書12章4「…一つのからだにたくさんの肢体があるが、(中略)わたしたちも数は多いがキリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである」 スタッフと肢体、何か似通ったものを感じる。
それぞれ異なった賜物を持っている私たちはいま、望洋台教会を「支えるもの」として力を出し合っている。
田牧師の手術は無事におわったが、ベッド上での時間が長いので、弱った筋肉をきたえる為リハビリに少し時間がかかることがわかった。
城県石巻に始まって新潟の長岡、大阪は河内松原、そして北海道の小樽と、いま望洋台に移って23年となる。
会を続けて44年、その間、今度で2度目の入院をする破目になったが、しばし休息の時間が与えられたのだろう。望洋台教会のスタッフの働きに頼もしさを覚え、感謝である。

        ●柴田牧師 ヘルニア手術のため 7日(月)小樽エキサイカイ病院に入院、手術は9日(水)  17日(木)退院の予定です
2011年2月13日 No.1219  <イエスによる人権回復>               先週の礼拝  計4名
田牧師が2月9日ヘルニア根治術を受けるに先だって8日17時、主治医からインフォームド・コンセントを受けた。外科医は、巷で超一流と噂されている。
書にはイエスによるいやしの記事がいたるところに散見できる。しかも現代の総合病院顔負けの種類の多さである。身体的、精神的あるいは障がいを持つ者、数え上げればキリが無いほどのあらゆる患者を、宣教に赴く各地で癒しておられる。癒された人々は悉ことごとくイエスに従い、神をほめたたえた、という。
すことは、すなわち人権を重んじ、その人を回復させること。現代多くの若者が職につけず、希望を失い、中には自殺にまで追い込まれる者もいる。人は一人では生きられないのだ。己の弱さを認めて助けを求めよう。助け合いの中で人は生かされる。そこに癒しがある。人権が認められる。病院内で医療に携わる医師・看護師達の多忙さを目のあたりにして、あゝ、この人達も人権の回復、生きる希望を持たせることに盡力じんりょくしているのだナと感じ入った次第である。

        ●2/13、2/27、3/6 教会員の永田克自さんが説教を担当します。次週礼拝説教は「赦しの愛」への応答
        ●信教の自由を守る2・11札幌集会「国家主義と靖国・天皇制問題」 講師 佐藤幹雄(日本基督教団岩見沢教会牧師)
          2月11日(金)13:30 日本キリスト教団札幌北光教会

2011年2月6日 No.1218  <宗教の課題>               先週の礼拝  計4名
生の四年間新潟県で暮らした。日本海暖流がわざわいして、長岡はドップリ水分を含んだ雪との戦いが待っていた。だから越後人の気質は辛抱強い。長岡教会のすぐ近くに「統一教会」があり、時にやって来る。集団を組んでの折伏ということか、顔の表情は一様であり変化が無い。人間らしさ、自由さが感じられない。人間は自由を重視し、明るく振舞うものであろう。それが無い。いずれにせよ彼等にとっては宗教は能面であり、団体交渉というつき合いということになって行く。フト、軍人姿の今上天皇明仁を想像した。この国の有様はやはり「平和主義」である。絶対軍国主義にしてはならない。
和主義の国には宗教を追い求めるという傾向は生れにくいのだろうか?真の宗教者は数が少ない。戦後爆発的に盛んになったキリスト教は、一種の流行でしかなったのだろうか?隠れ切支丹が燃えるような信仰をもって、密かに己が命をDeusに捧げた江戸幕府のキリシタン禁制の時代、圧制のゆえにかえって信仰が深まった同じ日本人があったことを思う。
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2011年1月30日 No.1217  <小さな群れの力強い働き>               先週の礼拝  計4名
の国の戦後の歩みは、立憲君主制である。それは、横浜事件が免訴になったことで証明される。つまり、司法の体質の甘さが物語っており、日本の司法の遅れを語っている。そもそも司法当局が人権を重んずべきであり、世界の「人権小国」に甘んじていることの所以ゆえんである。
ころで、柴田牧師が小樽掖済会えきさいかい病院 で鼠径そけいヘルニアの手術をすることになった。1月の後半、4週と5週目の説教を永田さんが受け持ってくれたことで、この際、意を決したわけである。
2月7日に入院、9日に手術が行われ、17日(木)に退院の予定となった。そこで13日(日)の説教をどうするかということで永田さんに相談したら快諾を得られたので、ひと安心ということである。
本さんにも、柴田が不在のときには説教を担当してもらった。はるばる平取から礼拝に参加する長島さんの司会、祈りにも支えられている。
洋台教会はたしかに小さい教会だがこのようにして、信徒の力強い支えがあって23年も続いてきたのだ。

        次週も、教会員の永田克自さんが説教を担当します
2011年1月23日 No.1216  <望洋台の今後を模索する>               先週の礼拝  計3名
めてインデリケートな話だが、一通の処方箋で長年処置できなかった鼠径そけいヘルニアの手術をすることになった。実は小樽駅前にある朝日生命ビル4階の泌尿器科の医師の計らいでということである。旧制北大水産学部の実習で利尻島に出かけた。ヘルニアとはそれからの付き合いである。函館中央病院、函館市立病院での手術は失敗であったようだ。
年、気になっていたことだが、今回永田さんが2回、説教を受け持ってくれることになったので、意を決したわけである。
田克自さんは2月と3月に各々1回説教を担当することになっている。望洋台教会としては心強いことである。
て、今年のイースターは4月24日である。皆が集まるこの際、これからの望洋台教会をどうして行くかを話し合うこととしたい。高齢の牧師を皆が心配してくれている

        来週と再来週は、教会員の永田克自さんが説教を担当します。
        ●次週説教 「出会いと別れ」 永田克自 聖書 イザヤ55:10-11 マタイ25:31-46 さんびか 7,57,280

2011年1月16日 No.1215  <羽生の森教会の発足>               先週の礼拝  計2名
にぶんにも広大な土地です。樹齢300年を越す巨木のある大きな森の中に、築100年という古民家があります。ここで何かができないのであれば、結局、教会はこの地域に必要とされていないと考えるしかないのではないかと、みんなで話しています。
だ試みは緒についたばかりです。農村地帯でも独居老人問題が生じています。受け入れる社会的な基盤がないからでしょう、夜間徘徊している行き場のない若者たちがいます。そういう人々と教会は一緒に生きられないのかと苦慮しています。刑期を終えたにもかかわらず定着する場がないので再犯に陥る人々がいることを知っています。羽生は東京の都心から1時間半の距離にある所です。虚栄でしかない繁栄のもので路上で死を迎える人々が多数あることも知っています。こういう人々と一緒に生きたい。そうでなくては自分の属する教会が教会とはついに思えないという思いを強くしています。
生伝道所と東京復活教会は合併して、これらのことを担って行きたいと願っています。どうぞご支援をお願い申し上げます。
2010年12月
   羽生伝道所  主任担任 小田原紀雄
            担任  星山京子
            東京復活教会  担任 田村信征

2011年1月9日 No.1214  <羽生の森教会の発足>               
っている人を「清く」しようなどとは一度も思いませんでしたが、伝道所を農村地帯である羽生市に開設して15年、当初から「伝道」の「成果」を得ることを望むのではなく、ただこの地域に教会があることの意味を考え、地域に生きている教会の存在意義を、できることはほんとうに小さいのですが、可能な範囲で実践することだけを願いながら歩んできました。商店街は疲弊の一途をたどっています。全国の地方小都市の通例どおり「シャッター通り」です。若者といえば高校生までで、みんなこの町を出て行ってしまいます。仕事がないのですから当然です。
かし、この町で生きている人びともいます。ここに教会があり、教会はここで生きていたい。自分たちでもほとんど無謀な試みであるとは承知していますが、教会の隣接地1500坪を入手しました。ここで地域にある教会の、教会の壁の中に招じ入れることが「伝道」の主たる業ではないという「宣教」の実践を試みたいと、集う者全員で決意しました。
(後文は次週に続きます)

2011年1月2日 No.1213  <2010年十大ニュース>               先週の礼拝  計4名
(1) 外務省・日本外交辞典委員会の『日本外交史辞典』(1979年版)によると「大東亜共栄圏とは、中国、東南アジアへの「日本の侵略を合理化するためのイデオロギーとスローガン」だと言い切っている。
(2) 六ヶ所・大間活構造
(3) 部落問題小柳伸顕氏をむかえて
(4) 星野全国総会 6/26 セシオン杉並
(5) 無期囚・磯江洋一さんへの対応
(6) 入管法改悪に反対して北海道集会
(7) 室蘭の増岡さん、お米の話
(8) 「地域から平和を」小樽集会
(9) 不戦の日!8・14北海道集会・講師田中 宏さん 8・15 戦後64年・古賀清敬講演会 北海道外キ連20周年記念集会 11/13北光教会で 靖国神社国営化阻止道民連絡会議主催 田中伸尚講演会
(10)12月18日 山本八重子さん死去、1年半にも及ぶ闘病生活でした。
翌19日クリスマス礼拝を終えて交流会のあと参加した全員が故山本八重子さんの密葬に立ち会い、故人の愛唱のさんびかで送った。
1週後26日午後2時より故人へのお別れ会を挙行、小樽望洋台教会で当教会員であった故人とのお別れ会ははじめての事だった。

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 このページは、望洋台教会の一教会員である みやび が作成しています。文章転載の責は私にあります。
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