* 「非生物系統学」ついての紹介記事。
 進化メーリングリスト(EVOLVE)からの勝手な転載。編集あり。
 (1996/06/11, T.Minewaki)


Date: Fri, 17 May 96 06:02:10 JST From: minaka@affrc.go.jp (MINAKA Nobuhiro) Subject: [EVOLVE:1524] Non-biological phylogenetics To: evolve@affrc.go.jp (EVOLVE ML) EVOLVE reader 諸氏:                             三中信宏(農環研)     # 非生物系統学 #  系統学といえばついつい「生きものの歴史」を連想しますが、「非生物の系統」 を論じた日本語の本が最近数冊出ているので、紹介しておきます。 ----- ●吉田 和彦 1996.    『言葉を復元する:比較言語学の世界』    三省堂,東京,vi+184pp., 2,300円(税込)  比較言語学における祖語(protolanguage)を復元する方法を論じた新刊は、久 々である。本書では、複数言語の属性を比較して祖語を再建する「比較法」 (comparative method)とならんで、ある言語の内在的特性から祖先を復元する 「内的再建法」が説明されている。比較法に基づく祖語再建が分岐学的方法と類 似していることは以前から指摘されている。  小さな本の割には専門的な内容だった。 ----- ●林 望 1995.    『書誌学の回廊』    日本経済新聞社,東京,248pp., 1,600円(税込)  古文書の本文(ほんもん)の写本過程で発生する異本の系統(manuscript stemma)は、生物系統に匹敵する非生物系統学の題材である。本書は、和書の古 文書を題材に取りながら、書誌学について論じる。  エッセイストとしても有名な著者のもともとの専門分野だから、全体を通して おもしろく読めるのはもちろんだが、非生物系統学の立場から言えば「揺れ動く 本文」(pp.133-146)という章が出色。写本系統を模式図で示した図8−1 (p.141)は、そのまま Hennig の scheme of argumentation を適用して分岐図 を構築できそうな例である。  源氏物語など写本が多く存在している作品ではこの種の校訂が綿密に行われて いると聞く(池田亀鑑による研究のように)。 ----- ●山下 浩 1993.    『本文の生態学:嗽石・鴎外・芥川』    日本エディタースクール出版部,東京,iv+148pp., 1,800円(税込)  進化プロセスの詳細を調べることは、生物・非生物を問わずつねに困難を伴う 。生物進化のみならず、言語や本文の進化もまた過去に完了してしまった歴史プ ロセスだからである。失われた過去は、二度とよみがえらないのだろうか? 本 書『本文(ほんもん)の生態学』は、その魅力的なタイトルが示唆するように、 揺れ動き変化する本文の進化プロセスの素過程を解明しようとする。これは、単 に現存する情報の比較に基づく本文の系統関係の推定にはとどまらない。どの植 字職人がどんなくせを持っていたかまで追跡し、その結果どんな傾向の変異(ミ ス)が本文に生じたかを、著名文学者の原稿・校正・本を題材にして論じる。  進化する実体としての本文の系統発生パターンとその進化プロセスについて学 ぶまたとない教材である。 -----  歴史言語学や比較文献学というと、なんとなく印欧語族とか聖書研究という外 国での仕事を思い浮かべてしまいますが、日本でもユニークな本が出てるんです ね。  岩波文庫も捨てがたいです。 ●高津春繁 1992. 比較言語学入門. 岩波文庫 青676−1(33-676-1). ●池田亀鑑 1991. 古典学入門. 岩波文庫 青184−1(33-184-1). ●カールレ・クローン(関 敬吾訳)1940. 民俗学方法論. 岩波文庫 34-223-1.  (1995復刊)  とくに、池田の本の「原本的性格の再建」の部分では、本文批判の方法論が具 体的に説明されています。また、クローンの本は、北欧の口承文学の相互比較に 基づいて、伝承の歴史と伝播を復元しようとしており、文化的実体の系統学の先 駆といえるのではないでしょうか。