(本文より引用)
　感情は、状況対処行動のシステムとして何億年という年月をかけて 動物の種の進化とともに進化し、その間に大きなシステム的拡大と 複雑化を達成してきたものという仮説を立ててみることができる。 進化というものは厳しい過程だから、場合によって無用に見えるものが 保存されることはあっても、まったく不合理なものが拡大、発展する ことはあり得ない。したがって少なくともこの点から見る限り、 感情の働きに「合理性」を発見しようと試みることには十分な根拠が あるということになる。

　感情が、進化の過程で獲得された「合理的能力」であることは 疑いがないだろう。

　「恐れ」「驚き」「不安」「喜び」「悲しみ」「恋」「可愛さ」など、 いろいろな感情について、低レベルなものから複雑なものへ、順を追って 説明がなされています。
　説明はそれぞれになるほど、と思わせる。
　感情は複数の「アージ」が複雑に絡み合ったマルチプロセスの総体であり、 知覚された状況に応じて、必要なアージが起動される。
　そのとおりだ、と思う。

　でも、この本を読んでもいまひとつわくわくしない。
　それはなぜかと考えてみると、おそらく、本に記述してあることはすべて 思考推論にとどまっており、実験的に実証されたことがない、ということが 原因だろう。

　感情というものは、つきつめると結局は脳のなかのニューラルネット回路の 動作として説明されるべきだと思うのだが、本書ではそういう具体的な形としては なにも言及していない。
　まぁ、その気になれば「NENE」(1987)のような対話ロボットを作ることが できるのだから、ハードウエア設計的なところまで戸田は考えているはず なのだが。

　心の働きについて考察したすぐれた書物として 「心の社会 / マーヴィン・ミンスキー」（訳書1990、原著1986） がある。こちらは、エージェントと呼ばれる複数のプロセスによって、 心の働きが構成されている、と説明し、それらがネットワーク構造によって どのように実現されているか、についてまで、計算機実験をもとに考察を 深めている。
　これを読んだときはわくわくした。

◆ MINEW の心についての考え

　どちらかというと、僕の考えは「心の社会」に近いがそれとも少し違っている。
もちろん推論でしかないが、以下のように考えている。

　脳の中では複数のプロセスが多数並列に走っており、それらはそれぞれに 知覚された世界状況から自分に関係ある入力をモニターしている。
　プロセスは、本能的に用意された低レベルのもの（痛くないか、暑くないか？） から、後天的に作られた高次のもの（お金儲けしたい、政治家になりたい）まで、 何千何百と、いろいろある。
　自分がモニターしている入力が検知されると、プロセスは興奮しそれぞれの シグナルを出す。
　複数のプロセスが興奮し、それらのシグナル間で統一がとれず 矛盾が発生した場合、「感情」シグナルが発生し、「注意-意識」プロセスが 呼び出される。
　「感情」は複数同時に発生しうるが、「注意-意識」は問題解決プロセスであり、 一つしか起動されない。

　進化上の歴史を考えると、感情や意識は、

1. 同時に複数多量の入力を得る感覚器(視覚、聴覚、等)の発達
2. 入力に対して複数の処理を並列に行う能力(脳 / 認識、記憶、予測)の発達
3. 複数の処理間で矛盾が発生した場合の問題解決能力（脳 / 論理、言語）の発達

　という順序で発達してきたものだろう。

◆ 文明環境

　戸田が指摘しているとおり、野性環境で発達してきた感情に対して、 現在の文明環境(1万年前以降)はあまりに急速に変異してしまったので、 感情の赴くままに行動することは、現代ではそれこそ非常識といった評価を 与えられてしまう。
　文明環境は、多数の人間が安全に生き延びることができる環境を 作りはしたが、人間が本来持っている感情というシステムにとって、 そこが「心地よい」か、という点では否定的な方向に進んでいる、 といわざるを得ない。

　文明社会で規定された数多くのルールは、感情との間でうまくバランスが とれずに、心に負荷(ストレス)を蓄積している、という状況はいまや誰もが抱える ジレンマとなっている。また、映画や小説のネタになったりもする。

・その他キーワード

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* この本は koji さんから借りて読みました(1995/4/5〜6/4)。感謝。