「おともだち」の読みどころ ◆
〜 ドラマ部門ベスト1の漫画 〜


*この文章は「おともだち」に収められた1編 「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」
 のストーリーについて語っています。本を観てから読むことをすすめます。

このお話は、露子さんの視点で描かれていますが、 中心となっているのはホテルの娘、笛子さんです。 彼女は無口だし、ストーリーも大事な部分をわざと描きません。 そして、前後の文脈にヒントを隠しておき、描かれなかった感情や情景を 想像させることによって、かえって深く感情を揺らします。 そのストーリーの組み立てに作者のうまさを感じます。

笛子さんは深く苦悩していますが、強い子です。
先生は、本当に暖かく、優しい人です。

笛子さんの気持ちになって初めから考えてみましょう。
彼女はとんでもなく孤独な状況にいます。両親は恐ろしい熱射病にかかり、 死に目にも会えず死んでしまいました。家の中にはもう甘えられる人はいません。
見慣れぬ異人の叔父がやってきて、すぐに異国へと旅立たねばなりません。 不安な明日がすぐそこに迫っています。

旅立たねばならないことを、先生はもちろん知っています。 そして、唄が好きな笛子さんが期待している、開港記念日の催しまでは なんとかこの地にとどまれるようにと決めました。
でも旅立つことを先生も笛子さんも、皆には黙っています。 それはおそらく、笛子さんはそういう弱みを人に見せ、目だってしまうのが、 嫌だったのでしょう。
そして先生は、開港記念日の出し物が、笛子さんの良い思い出になるように、 精いっぱいのことをやろうと考えたのでしょう。

笛子さんは、開港記念の演劇を楽しみに練習に励みます。 しかし、クラスの中には笛子さんの親が熱射病だという噂が こそこそと広がっていて、笛子さんを避ける雰囲気が感じられます。 一緒に踊り、繋ぐ手からもそれは伝わって来ます。
自分もあの病気になってしまうかもしれない。 それは笛子さん自身にも否定できない、黒雲のような不安です。 だから言い返せないのです。悲しいけれどどうにもできません。

そのうち笛子さんは、回りの人が自分を避けるのは仕方がない、 それよりも自分の踊りをちゃんとして舞台に立とう、 それだけを目標にしていこうと考えるようになります。

だから、露子さんが思うほど、笛子さんは露子さんのことを 気にしてはいなかったでしょう。
そして、開港記念日の当日、本番前に、露子さんは笛子さんを追いかけ、 二人で礼拝堂で踊ります。ここで笛子さんの気持ちが変わりはじめます。 二人は何も話さず、ただ繰り返し三回踊りを合わせるだけですが、 何かが通じあいます。

本番直前に居なくなった二人を知って、先生はどんな不安に襲われたでしょうか。 二人が居なくなる前に交わされた会話を知って、先生は子供たちに 何を話したのでしょうか。どんな気持ちで二人を探したでしょうか。
それは描かれません。二人を見つけた先生はただ優しく微笑みます。

笛子さんと露子さんが楽屋に戻って来ると、状況は一変しています。 兼子さんまでが、優しい。みんなで舞台にのぞむ、という一体感を 笛子さんは初めて感じます。
尻尾の取れた露子さんに自分の帯をあげた時、露子さんは笛子さんの行動に驚き、 笛子さんも露子さんのリボンに驚きます。お互いが、優しい子だったと気づいて、 二人で手を取り合い、「がんばりましょうね」と言う時、心は通い合い、 笛子さんはすっかり変わっています。その瞳は前を向いています。

ここで、僕は泣いてしまいます。

嫌悪と戸惑いが渦巻いていたクラスの状況が、思いもかけず、奇跡的に、 この瞬間、良い方向にまとまります。
現実には、こんなうまく話が進むはずがない、 でも、笛子さんが受け入れられて良かった。 そのありえなさと嬉しさが混ざって、胸がきゅぅんとして涙が出てしまいます。

あはれわが友 ををしくも
なにをか覚悟 したまいぬ
そは そは
喜びなりや 悲しみなりや 知らず!
このあとの舞台描写は、感動をたたみかけるわけですが、 この劇の内容、唄の内容が、また暗示的で浸みます。
馬車に乗って通り過ぎる、全室に灯りのともったホテルの、夢のような美しさ。 映画のようです。

自分で言うのもなんですが、「僕はみんなに嫌われているのかもしれない」 という疎外感、が僕にとってはリアルに感じられるから浸みるのでしょう。 この本はいいぞいいぞと勧め続けて十余年、同じくらいに感動してくれる 人はまだいないのだった。

1996/06/02 T.Minewaki
2005/12/11 last modified T.Minewaki

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