教員養成学校も自由と独立―デンマークの自由教育大学
自由教育大学
 デンマークのオルタナティヴ教育は、独自の教員養成学校をもつ。フュン島南部のオレロップにあるフリーレーラースコーレ(Den frie laererskole, 直訳すれば「自由教員養成学校」だが、日本的には「自由教育大学」と呼んだ方がイメージに合うだろう)がそれである。デンマークのオルタナティヴ教育は、幼稚園から独自の教員養成大学まで一つの完結したシステムをもって、その伝統や教育論を継承する点にその特色がある。

 これは1948年にホイスコーレ、フリースクール運動によって創立された民間の大学だが、ほかの9つの国立の教員養成大学(セミナリウム)と同じ額の政府からの財政補助を受けながら、運営もカリキュラムもまったく自主独立で行っている。国立の教員養成大学は国の指定する教科、単位数などが定められているが、ここは学生と教員たちが協議の上カリキュラムを決めるというデモクラティックな伝統がまだ生きている。国立の教員養成大学が4年間の課程であるの対し、ここは5年間の課程である。1年多いのは、実習期間が丸1年あるからである。

 これは2年終了後に行い、実際にフルタイムの臨時教員として学校で働く。もちろん賃金もちゃんともらい、スタッフとして位置づけられている。デンマーク国内だけではなく、ヨーロッパやインド、アフリカなど、提携関係にある学校に行って教員として研鑽する。日本には提携している学校はないが、現在、日本グルントヴィ協会を通じて、実習生の受け入れが検討されている。

 とくに、劣悪な環境にある発展途上国の学校で一年教員として働いた経験は、当人を大きく飛躍させる内容をもっており、教育のみならず、保健医療、国際政治、異文化交流などえがたい研修となっている。戻ってから3年次に復学し、後半の二年間の課程を終えるという。

 この実習のみならず、その授業のほとんどもゼミやワークショップ形式である。デンマークのオルタナティヴ教育の伝統に沿って、試験はない。最初の二カ年はデンマーク語・デンマーク文学、歴史、宗教、教育学・教育心理学が基礎科目としてゼミ形式で多く行われるが、それが終わると実技や実習中心のワークショップが中心となる。各ワークショップは一回一時間、合計340時間受講すると修了である。演劇、ダンス、各スポーツ(テニス、バスケットボールといった一般的なものから、カヤック、ヨット、ゴルフ、アーチェリー、馬術、アウトドアキャンピングなどもある)、陶芸、絵画、織物、染め物、木工、金工、大工、器楽演奏、ジャズバンド、コンピュータ、語学、生物学、物理学、地理学など実に多様な科目があり、それらを可能な限り多く選択して、4年間かけてそれぞれ340時間学んで修得する。だから学生生活はとても忙しいらしく、息つく暇がないとある学生はこぼしていたが、それでも楽しそうだった。

 基本的には全寮制で、妻子のある学生のための家族寮もある。一部の学生はオレロップの町の中に共同で家を借り、部屋をシェアして使っている。学内、あるいはその周辺に住んでいるので、夜間でも自分たちで体育館やコンピュータ室を使って、学んだりリラックスしたりする。鍵を借りて、きちんと自分たちで管理する自治意識が整っている。

 基本科目には専任教員をそろえ、ワークショップ科目は学外の専門家も非常勤の講師として招き、彼らについて徒弟制のごとく少人数で実践の中で学ぶ。それゆえ、ここを出た教員の質は高いそうで、誰もが教科だけにとどまらず数種類の実技を指導可能である。日本においては総合学習の指導に教員が頭を悩ませているそうだが、この教員養成学校出身者であれば何の苦労もないだろう。

 過去において、政府が試験を課するように要請したが、それを拒否して現在にまで至っている。ここは国立の教員養成大学に準ずる扱いなので、原則としては公立学校の教員にもなることができる。しかし、政府が学内での試験を要求したために、妥協案として卒業後に数科目指定の試験を受ければ公立学校教員資格ももらえるようにした。しかし現在でも平均65名の卒業生の中で二、三人しか受けないという。ほとんどはデンマークのオルタナティヴ教育の学校(ホイスコーレ、エフタースクール、フリースクールなど)に就職する。これらの学校は試験・資格に反対したグルントヴィの教育の伝統を守り、教員資格を求めないからであり、またデンマークの教育伝統の本流であるという自負をもつからである。

 グルントヴィとコルに端を発し、民衆の中で受け継がれてきたデンマークの内発的なオルタナティヴな教育の伝統は、学校のみならず、自前の教員養成学校をもつことで、その伝統の継承をより確かなものとしている。

 追記
 私(清水)は、ここに数度訪れたことがあるが、2003年9月10日には学生全員を相手に開かれた講演会に出た。急に決まった話で英語で原稿もなしに講演と質疑応答をする羽目になった。あとの二人、アショーカ(インド、Jadavpur 大学教授)、エディシオ(フィリピン、生のための財団代表)は英語を自国語として話すので問題ないが、何とか切り抜けた。

 そのときの教員の質問に、デンマークの現在の中道右派政権は、ホイスコーレ運動のリベラルな教育を廃して、日本風の詰め込み教育を推進しようとしているが、日本人としてどう思うかというものがあったのが、印象的だった。

 現在、上にも書いたように教育実習生を日本にも受け入れようというプロジェクトで動いている。

講堂でエディシオ、アショーカ、トースティン(校長)