グローバリズムの中の
アスコウ・ホイスコーレ
アスコウ・ホイスコーレ
ヘニング・ドックヴァイラー(アスコウ・ホイスコーレ校長)

 私の名前はヘニング・ドックヴァイラーです。アスコウ・ホイスコーレの校長になって七年経ちます。

 1865年にこの学校が創立され、今2005年ですから、140年の歴史をもちます。当時のアスコウと現在のアスコウは学校の内容や学生などがかなり違っています。当時デンマークはドイツとの戦争に負けまして、また近代憲法を制定するなど民主制が新しく始まり、近代デンマークのアイデンティティをどうやって築くかを考えなければならない時代でした。また経済的にも本格的な資本主義の時代になって、こうしたナショナリズム、近代国家、経済の三つの問題をみなで考えなければならないときであったわけです。

 現代はこうしたナショナリズムとは逆に、グローバリゼーションやインターナショナリズムが大事なときで、国際政治や国際経済、あるいはEUの中でのデンマークのあり方などを考える時代となりました。

 アスコウ・ホイスコーレはインターナショナルな関係でも長いこと活動をしてきた学校です。たとえばここにある肖像画の女性は創立者の娘ですが、1931年に日本と交流をもち、そのとき最初の日本人の学生がアスコウに来た歴史もあります。

・インターナショナルな世界でのホイスコーレ運動とは

 グルントヴィはデンマーク人のアイデンティティについていろいろと考えた人ですが、現在では、もしグルントヴィが現代に生きていたとしたら、彼はこのインターナショナルな世界でどのように考えただろうかということは非常に面白い問題ではないでしょうか。

 今日では多くの識者がグローバリズムに関連していろいろな見解を出していますが、例えば、アメリカの学者ベンジャミン・バーバーが1996年に『ジハード対マックワールド』(邦訳は三田出版会)という書物を書いています。これは今日重要な問題であるので、少し説明したいと思います。この「マックワールド」という言葉はグローバリゼーションの中で、たとえばマクドナルド(ハンバーガー)、マッキントッシュ(コンピュータ)、あるいはMTBやコカコーラ、ディズニー、ハリウッドなど、基本的にアメリカの経済と文化をあらわす言葉といえます。

 そういうアメリカのライフスタイルをあらわすものであるのに、日本がこのアメリカのライフスタイル、文化から経済的にも文化的にも大きな影響を受けているのは奇妙なことだと思います。私は何度も日本に行ったことがありますが、東京でテレビなどをつけると洋画やアメリカの番組が多く、日本のテレビがアメリカ文化に影響を大きく受けていることがわかりました。もっとも、デンマークでもこの手の映画は放映されており、そういう意味ではアメリカの文化、ライフスタイルがスタンダードなものになってきたということはいえるかもしれません。

 アメリカの文化がよくないとかそういう偏見はありませんが、しかし、多くの国でこの文化が支配的になっている現状を考えると、やはりその国の文化の問題として、考えなければならないことがあると思います。その国の文化がそういうふうに画一的にスタンダード化されてはたしてよいものかどうかという問題です。

 こういうインターナショナルな文化の作用があると必ずそれに対するナショナルな反作用というものが出てきます。しかもそれは往々にして過激になる傾向があり、強い反発となってあらわれます。ここで大事なことはこうしたインターナショナルなものとナショナルなものとのバランスをとることです。それはデンマークにとっても日本にとっても同じことで、極端な拒否反応やあるいは全面的なインターナショナリズムのいずれかになることを避け、両者の適切なバランスをとることが大事になると私は思います。

 この二つのバランスをとるときに大きな役割を果たすのが、「フォルケオプリスニング(民衆の自覚)」です。意味としては民衆が自分のことを考え、自覚するというものですが、デンマーク人にとってはこの言葉は古くさい言葉で百年、百五十年前の古い言葉と思われています。しかし、この言葉こそがこのバランスをとることを考えるときに重要になると思います。私どもは英語では「Active Citizenship(行動する市民の連帯)」と訳しています。

 グルントヴィは150年前にこの言葉やあるいは「リウスオプリスニング(生の自覚)」という言葉を使っていました。一人の人間が自分の生を意識することなんですが、これがホイスコーレ運動となり、この運動により、デンマークの民衆は教育を通して自分のことを認識し、社会的にも自覚できました。これと同じことを現代でもやるべきだと思います。しかしこの単語は日本語にも英語にもあるいはドイツ語にもなかったものです。だからこそその意味自体を今インターナショナルなものとして使っていけばいいと思いますし、内容はどの民族にも理解できるものだと思います。

 デンマークは民主主義国家で、福祉国家という形で経済をコントロールしています。日本も同じで民主主義で国をコントロールしていますね。たとえば郵政民営化の動きも国民が(議会制を通じて)それを選んだからであり、デンマークも民主主義で国民が政策を選びます。しかし、今日のグローバリズム、インターナショナリズムの経済は一体誰がコントロールしているのでしょうか。この答えは、みなさんにもむずかしいし、私にも明確にはわかりません。これは勝手に動いているところがあり、どうなるかわからない側面が多すぎるからです。ですから、このグローバルな経済は各国の民主主義や環境問題に対して悪影響を与えることもありえます。グルントヴィが重視したのは国の中でさまざまな人々が対話することでしたが、現代では国と国の間の対話、国際的な人々の対話が必要ではないでしょうか。

講義するヘニング(左)

・現代におけるアスコウ・ホイスコーレの役割

 アスコウ・ホイスコーレはグルントヴィの「フォルケオプリスニング(民衆の自覚)」や「対話」といった考えをもとに、現代に合ったあり方を模索しています。昔の思想をもとに、それを現代にあったやり方で発展させられないかということを考えているのです。

 たとえばここにおりますウラ・ヘニングセンは「デンマークの言葉と文化」というコースを担当していますが、このクラスには多くの外国人留学生が来ていますので、彼女は彼らにグルントヴィのこうした考えを教えるとともに、彼らとの対話の中でこうした考えを発展させています。このコースは夏のショートコースにもありますが、来年からは新しいものになり、「シチズン(市民)」という名前ですべて英語で講義を行います。このコースでは、個人として、デンマークの社会、EUの社会、そして世界の中で自分はどのような行動をしていけばよいのかを討論しながら考えていきます。

 今年の十月にもNEAという新しい施設をつくります。これは「北欧アカデミー(North Europe Academy)」といって、グルントヴィの思想を他の国の人たちとともに考え、もっと国際的に広めていくための組織で、いろいろなコースや講演会などをアレンジしていきます。その中にはもちろん日本のグルントヴィ協会との連携も入っています。

 みなさんは今回のプログラムを見る限りは、農業やエコロジーに興味があるようですが、かつてはアスコウ・ホイスコーレもほとんどは農民の学生で、彼らに向けて講義を行っていましたが、今日では、デンマークも農業社会ではなくなり、農民層も減少したので、農業にかんするようなことはやっておりません。現代の若者はメディアに興味をもっていますので、この学校でもメディアにかんするコースに力を入れています。ジャーナリスト・コースもありますし、映画のコースもあります。ですからアスコウでは、先に述べた文化と、このメディアという二つの大きな柱があり、それにかんする授業を行っている次第です。

 こういうコースの中でも、グルントヴィの投げかけた問題はどこにあるのか、ということはつねに意識し、自分に問いかけています。ですからこれからの半年間はアスコウ・ホイスコーレでも、またエフタースクールでもこの問題をみんなで考えていくように決めています。つまり、現代のホイスコーレ、エフタースクールにおいてグルントヴィはどこにいるのか、という問いかけです。

 アスコウの授業の仕方は、今もグルントヴィの基本的な思想である「対話」であり、ここに来ている学生、生徒たちも自分がここに来たいから来たのであって、各人モチベーションをちゃんともっています。試験のためでもなく、成績評価のためでもなく、自分で学びたいからわざわざ授業料を払ってきているのです。

 今「対話」ということをいいましたが、私ばかりが話しますと「対話」ではなく、モノローグになってしまいます。ここでみなさんの質問をぜひ聞きたいと思います。
 
質問1「最初の方でデンマークのアイデンティティといわれましたが、現在のデンマーク、あるいはデンマーク人らしい生き方というものは具体的にはどんなものか教えて下さい」。

 それはすごくいい質問ですが、答えの長くなる質問でもありますね。ですから省略して答えると、現代のデンマークの福祉社会、そして安定した社会というものがデンマーク人の生き方、考え方に大きな影響を与えています。安定しているために、自分たちだけで満足するようになっていると思います。また安定しているということは、デンマーク人はコンセンサスの一致した社会に生きていると思っており、言葉も宗教も同一で、政治家の考え方も大同小異で、いわば同質の社会に暮らしていると感じています。ですから、自分と違った者、違う文化、宗教の者を受け入れるという点では、現在ではどうかなという疑問符が付きます。

 今政治で問題になっているのは、高齢者福祉の問題ともう一つは移民の問題です。デンマークの外から(とくにイスラム系の)移民がやってきたときに、どういう対応を取ればよいのか、それが問題になっているわけです。

 またデンマークにおいて大事なことは技術革新で、デンマークは日本と同じく地下資源のない国なので、どちらも頭脳を使って新しい製品、技術を開発することが必要になります。
 

質問2「ホイスコーレが財政的に危機を迎えていると聞いてますが、アスコウの状況はどうなのでしょうか」。

 アスコウはデンマークで最大のホイスコーレで、現在は300人が宿泊できるようになっています。この数年にわたってデンマークのどのホイスコーレでも、来る学生が少なくなって危機に陥ったんですが、アスコウでも同様で、そのためにエフタースクールを併設しました。ほかにも音楽のアカデミーがあります。ですから、ホイスコーレ自体の受け入れ人数は120名で、あとの180名分はこのエフタースクールや音楽アカデミーが使っています。

 ホイスコーレ教員は九人いて、学費は一週間あたり150ドルです。政府からの援助はこの2倍で、一人あたり300ドル支払われていることになります。この金額はデンマークの学生、留学生とも同じで、これらで学費、寮費、食費などが支払われます。学費は150ドルですから、そんなに高くはないと思います。ただしそのコースの半分以上がデンマーク人でないとこの補助はなく、この夏の外国人向けのショートコースには補助がついておりません。

(2005年8月23日講義)