新大陸からじゃがいもがヨーロッパにはこばれたのは16世紀半ばといわれているが、ジャガイモが一般に普及したのはそれから200年ほどかかっている。ほとんど同じ時期にコロンブスがイザベラ女王に献上したタバコやさつま芋とくらべるとものすごい違いである。
それはどうしてかというと、このころジャガイモは、豚かよほどの貧乏人の食べるものつまりすこしも美味しくない(!)という評価や、毒のある食物であるとか、その形成から(?)忌むべき不吉なたべものという評価がくだされていたからである。
ということで、各国の王や皇帝がジャガイモの救荒食物としての有用性にきづいて世間にひろめようとしたときには、国民にはすでに『忌避すべき食物:ジャガイモ迷信』がしっかりしみ込んでしまっていた。
そのせいで、ジャガイモを普及するためにさまざまな苦労があったようで、ロシアでは、栽培と食べることを強制したために暴動が4年間もおこり、ドイツのフリードリッヒ一世は「食べないと鼻と耳をそぎ落とすぞ!」と強迫した。
その中でもなかなか面白いのはフランスの策略で、ルイ16世は王妃マリーアントワネットにジャガイモの花をつけさせて夜会に臨ませ、社交界の関心を集めさせた。一方、ジャガイモ畑に国王の親衛隊を派遣、昼間は見張りをさせるが、夜は監視を解いてみはりをひきあげさせ、『国王の作物』を盗みやすいようにして庶民に広めさせる作戦をとった。食えといわれると食べないが、食うなといわれると食べたくなる人の心理を見事に利用したのである。
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