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経営入門 / 日本経済新聞

何を学ぶか/野中郁次郎

経営入門の続き

「戦略とは何か」一橋大学教授・伊丹敬之他LinkIconReadMore

「経営学は面白い」

2002/1/03

経営学とは、組織の行動を総合的に説明する学問である。
経営学の歴史は百年足らずで、比較的新しい。
未開拓の分野がたくさんあり、新しい概念や理論を開発する余地も大きい。
個人と組織と社会の関係は、時に矛盾をはらむ。
個人の自由と組織の目的がぶつかったり、組織の行動が社会に対して負の効果を生む場合もある。
筆者が経営学を志したのは、個人と組織と社会が共に創造的になるような理論と方法を開発したい、という思いからであった。
経営学を学ぶ上で筆者が最も大切にしてきたのは問題意識である。
科学は価値観を排除するが、人間は価値観に基づいて行動する。
「何のために経営学を研究するのか」という研究者の価値観が理論の大きさを決める。
社会科学を研究する方法論について、社会学者マックス・ウェーバーは「価値自由」という概念を提唱した。
これは研究者の価値観を否定するのではなく、事実判断と価値判断を科学的根拠に基づいて明確に区別すべきだという主張である。
経営学の歴史を俯瞰(ふかん)してみても、科学的であることが良い理論の条件になるとは限らない。
背後に強い「思い」のない理論は人を感動させないからだ。
逆に、科学的に実証されてはいないが影響力のある理論は、研究者の知的好奇心を触発し、新たな理論へと導く道標になる。
実践に最も近いレベルで理論化しようとする経営学では、科学と価値がせめぎあう緊張関係の中から新たな概念や理論が生まれる。
経営学は様々な問題を、固有の性質を持つ個人、集団、組織、環境などの構成単位に分けて考える。
個人はそれぞれ異なる欲求や動機を持つが、二人以上が集まると相互作用が起こり、一体感や信頼が生まれる。
複数の集団の関係を調整し、統制する階層や規則がつくられると組織になる。
組織の環境である市場では、取引や組織間競争が見られる。
経営現場は構成単位を掘り下げるだけでは理解できない。
経営学が「総合科学」を目指すのは、そのためだ。
経営学の面白さは、だれもが自分の経験を概念化して理論構築に貢献できることにある。
優れた概念は、今まで見えなかったものを照らし出すサーチライトのような新しい視点を提供してくれる。
経営学を志す者には、基礎学問に裏付けられた幅広い知識の習得と、足しげく現場に通い概念をつくりあげることとの間の往復運動が求められる。

「個人と動機づけ」

2002/1/04

組織の最小単位は個人である。
「いかに個人のやる気を引き出すか」というのが、経営学の中の1分野である組織行動論の中心テーマの1つである。
1950年代の米国では「動気づけ(モチベーション)」が盛んに研究されるようになった。
最も影響力を持ったのが、心理学者のアブラハム・マズローが提唱した「欲求階層説」であろう。
彼は、人間の欲求は生理的欲求、安全の欲求、帰属・愛情の欲求、社会的欲求、自己実現(最大限の努力をして自分らしくなっている状態)の欲求の5階層からなり、充足された欲求はもはや行動を動気づけず、より高い欲求の充足が行為の目標になると主張した。
一方、自己利益の極大化という合理的意思決定モデルに基づいて、動気づけを科学的に説明しようという試みもある。
エール大のブルーム教授らが開発した「期待理論」では、個人の動気づけは、(1)努力すれば得られる報酬への期待、(2)努力が報酬につながる確率、(3)報酬の魅力(主観的価値)・・・という要因に基づくと仮定する。
目標管理制度や教育訓練で「期待」を高めたり、売上高に連動したボーナスやコミッションを導入して「努力が報酬につながる確率」を明確にしたり、カウンセリングなどで主観的な欲求や価値を把握することが、動気づけを高めるのに役立つとする。
期待理論は、多くの実証研究でも支持され、最も完成度の高い動気づけモデルといわれる。
その一方で、「人間はそんなに合理的に計算ずくで行動しているわけではない」という批判もある。
一般的に、経済学では「人間は利己的な狭い関心に動気づけられ、私利の追求に際してしばしば手段を選ばない」という合理的人間観を前提に理論がつくられる。
しかし、経営学では「意味のある使命感や愛する仲間のためであれば、自己犠牲さえいとわない利他的な行動をとる」という人間の非合理的側面も重視する。
また、著明な経営学者であるピーター・ドラッカー氏が指摘するように、絶えざるイノベーションが求められる「知識社会」では、1人ひとりが独創性と自己規律によって自己を管理する「ナレッジ・ワ-カ-(知識労働者)」であることが要請される。
ナレッジ・ワーカーは自らの知的欲求に基づいて自分自身を動気づける。
マズローの理論が実務家も含め幅広く受け入れられたのは、自己実現というあいまいだが魅力のある概念を提示した点にあった。
個人の存在意識が問われる知識社会の到来で、30年も前にマズローが提起した「自己実現」という考え方に、新しい意味が吹き込まれようとしている。

「集団の生み出す力」

2002/1/07

米シカゴのウェスタン・エレクトリック社ホーソン工場で1927年から5年間続いた実験で、個人が集団を形成すると、個人には見られない独自の現象が生まれることが発見された。
作業の方法、作業量、作業時間、作業室湿度などの条件を変えてみたところ、結果は予想外のものだった。
労働時間の延長など条件を悪くしてみても、生産高がほぼ一貫して上昇したのだ。
この結果を解釈するために、ハーバード大のメ-ヨ-教授やレスリスバーガー教授らは実験に参加した従業員らを調査した。
その結果、実験が工場の幹部や同僚の関心を集めるなかで、作業者が注目されること自体に動気づけられていたと結論づけた。
この発見は「ホーソン効果」と名づけられ、人間の動気づけには賃金より社会的側面が重要な役割を果たすことを明らかにした。
これを機に、作業の標準化と出来高払い賃金をベースにした古典的管理論に代わり、「人間関係論」という新しい考え方の枠組みが生まれ、個人の動気づけや集団行動の研究が盛んになった。
その後、社会心理学者のクルト・レヴィン教授を中心とするミシガン大の研究者らは、「集団の運動法則」を科学的な実験手法により研究し、生産性に影響を与える要因として集団圧力、集団目標、リ-ダ-シップ、集団凝集性などを発見した。
そのなかで最も重要なのは集団凝集性という概念であろう。
これは、メンバーがその集団にとどまりたいと望む強さと、集団の成員に集団にとどまるように働きかけるすべての力とが合成されたものである。
集団の団結力と解釈できる。
集団凝集性は生産性を高める半面、条件によってはマイナスの効果をもたらすこともある。
集団凝集性を、組織を設計する際の基本にしようと試みたのがレヴィン教授の同僚だったレンシス・リカ-ト教授である。
彼は、メンバー同士のオープンなコミュニケーションと相互作用を促進するように集団を重複させて配置する「連結ピン組織」を提唱した。
そこに「高い目標」と、上司と部下の「支持関係」が加わることにより、初めて生産性が上昇すると主張した。
だが、リカート理論は当時の米国産業界には受け入れられなかった。
むしろ、日本企業が最も輝いていた1980年代に、生産性向上を目指して生産現場で進められた小集団活動(「カイゼン」)が、リカート理論を実践していたのではなかろうか。
個人の自己実現は「高い目標」と「愛情や信頼感」を土台にした集団でこそ可能になり、そこでの統制は階層や権限や強制によるものではなく、一体感(愛)に基づく強い自己統制にある・・・。
これがリカート理論の本質である。

「官僚制VS.ネットワーク」

2002/1/08

組織は複数の集団で構成され、階層、権限関係、規則などの個人や集団を統制する構造やシステムをつくり上げている。
個人や集団には見られない組織独自の性質を明らかにすることが、組織分析の目的だ。
マックス・ウェーバーは、カトリック教会や軍隊、行政組織などの大規模組織には分業、階層構造、文書主義、専門化という4つの特徴があることを発見し、このような組織に特有の構造を官僚制と名づけた。
彼の合法的支配を基礎とした近代官僚制論は組織構造研究の古典といわれている。
ウェーバーの理論が組織の一般理論だったのに対し、米国では実務家が議論を展開した。
米ニュージャージーベル社の社長だったチェスター・バーナードは1930年代に「人間が個人として達成できないことを他の人々との協働によって達成しようとした時に組織が生まれる」と述べ、「協働体系」としての組織観を打ち立てた。
彼はリーダーシップの質と影響力を道徳性に求め、経営における価値観を重視した。
一方、鉱山会社のチーフエンジニアだったフレデリック・テーラーは10年代に、作業員の動作とそれにかかる時間を観察して標準的作業を定め、賃金の出来高払い制を考案した。
この生産管理制度は、従業員の怠業に悩まされていた現場作業を、個人のやる気や技能に左右されない合理的で効率的なシステムに変えた。
この考え方は後に「科学的管理法」と名づけられ、大量生産システムの原点になった。
組織論の科学化に最も貢献したのは、78年にノーベル経済学賞を受賞したカ-ネギ-メロン大のハ-バ-ト・サイモン教授だろう。
著書「システムの科学」でアリのたとえを使い、人間の認知の限界を描き出した。
アリが海岸を歩いた跡は複雑だが、それは海岸の複雑さの反映に過ぎず、アリの認知能力が複雑だからではない。
人間もアリと同じだ。
その認知限界を克服するため、階層や分業による「情報処理マシン」としての組織を作ったと説く。
これまでの議論の前提が縦のつながりを基礎にした「剛組織」なのに対し、横のつながりを基礎にした「柔組織」を重視する議論もある。
スタンフォード大のウォルター・パウエル教授は90年に、柔軟性と剛性を持つ組織をネットワーク組織と呼び、新市場に参入する場合や技術進歩が速い場合は、迅速な意思決定と柔軟な協働が可能なネットワーク組織が有効と指摘する。
ネットワーク理論はまだ十分に開発されているとは言い難い。
ただ、情報技術(IT)が発達し市場のグローバル化が進む現代においては、企業の合併・買収(M&A)や提携、系列関係など、外部とのネットワークが重要になっていることは確かだ。

「企業と外部環境の関係」

2002/1/09

組織構造は、自らを取り巻く環境から影響を受ける。
ただし、組織は受動的に環境に適応しているだけではなく、環境に能動的に働きかける存在でもある。
1960年代に入ると、技術進歩が加速化し、組織と環境の最適な関係をテーマにした研究が盛んになった。
英エジンバラ大のバーンズ教授と共同研究者のスト-カ-氏は、英国の繊維やエレクトロニクス産業の詳細な比較研究から、組織構造には安定的な環境下で成果を発揮する「機械的システム」と、柔軟な行動が要求される予想困難な環境下で成果を発揮する「有機体システム」という2つのタイプがあることを発見した。
企業組織には、目標や行動様式が部門ごとに異なっていく「組織の分化」と、その逆の「組織の統合」という2つの力が働く。
米ハーバード大のローレンスとロ-シュ両教授は、企業が置かれた市場の特性の違いから、分化と統合の発達度合いが企業ごとに異なる点に注目。
不安定な環境下で分化と統合の微妙なバランスをとっている企業ほど、高い業績をあげていると指摘した。
つまり有効な組織は、市場からの負荷を最小にして、効果を最大にする能力を自らの組織の中に構築していたのである。
この発見から、唯一最善の組織構造は存在せず、最適な組織構造と行動は環境特性に応じて決まるという環境適合(コンティンジェンシー)理論が誕生した。
この環境適合理論が環境への受動的な対応を前提とした理論だったのに対し、環境(市場)に対する積極的な働きかけを重視したのが「経営戦略論」である。
米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)は、半導体の製造プロセスを詳細に分析し、製品の生産量と総コストは反比例するという「経験効果」を実証した。
さらに経営資源の蓄積と配分を合理化するため、事業あるいは製品に関する資金の流出入を、市場の成長率とマーケットシェアの組み合わせによって決めるプロダクト・ポ-トフォリオ・マネジメント(PPM)という投資手法を開発した。
経済学をベースに企業と環境の関係を理論化したのは、ハーバード大のマイケル・ポーター教授である。
著書の「競争戦略論」の中で、自社と顧客、競合他社などとの関係を分析し、目標の達成には、最適と考える市場構造に自らを位置づけること(ポジショニング)が重要であると主張した。
このように戦略は、卓越した経営者の直観や経験に基づく内容から、数値による分析が可能な科学へ進化していった。
しかし、現場を知らない戦略スタッフの数量分析への偏重は、結果的に企業の戦略遂行能力を弱めることになった。

「ビジョンや価値の重視」

2002/1/10

前回、経営者の直観や経験に基づく経営戦略策定が、次第に数量分析への依存を強めていったことに触れた。
しかし、戦略はやはり、日々の実践の中からわき上がり、芸術のように練り上げられるものでもある。
数量分析への偏重に対する批判は、あらためて企業の行動様式やビジョン、価値観などの検討を促した。
このような動きの火付け役となったのは、経営コンサルタントのピーターズとウォーターマンが書いた「エクセレント・カンパニー」である。
彼らは、世界の超優良企業43社に共通する特徴として、行動重視、顧客との密着、企業家精神の尊重、価値に基づく実践、簡素な組織、小さな本社などの点を指摘した。
スタンフォード大のポラス教授らは米国の一流企業1,600社を調査。
その中でも超一流といわれる企業は、組織が革新的な体質になっているという事実を発見し、「ビジョナリ-・カンパニ-」(明確な将来ビジョンを持った企業の意)というコンセプトで表現した。
ビジョナリ-・カンパニ-には、特別なカリスマ的指導者がいたわけでも、すばらしい戦略やアイデアが最初からあったわけでもなかった。
進歩への意欲をすみずみにまで浸透させることで、他社にはまねのできない組織文化をつくりあげていたのである。
組織文化とは、それぞれの企業に特有のものの見方や仕事のやり方を指す。
マサチューセッツ工科大のエドガー・シャイン教授は、中でも「無意識の定型化された行動」を最も重要視する。
これまでの研究によって、企業の哲学や価値観、歴史、組織構造、昇進・報酬の体系などが、組織文化の形成に影響を及ぼすことが分ってきている。
各要素の整合性が持続的に保たれているかどうかが、組織文化の良否を決める。
ミシガン大のプラハラード教授と共同で研究したハメル氏は、他社には提供できない利益を顧客にもたらすことのできる、企業内部の独自の技能や能力を「コアコンピタンス」と名づけた。
優れたコアコンピタンスは作業効率や品質を向上させ、イノベーションを促進し、顧客満足を高める。
日本企業には「戦略がない」という批判もある。
しかし、日本企業がこれまで高い生産性を維持してきた理由をコアコンピタンスという視点から考えると、様々な問題を生産現場から経営トップまでが共有して、オペレーション機能を高めるという文化のたまものだと考えられよう。
しかし、こうした組織文化や能力のとらえ方は、静態的なものにとどまっており、新たな企業理論を構築するには不十分だ。
組織が資源や能力を創造・活用するメカニズムを明らかにすることが必要である。
そこでの中心概念は「知識創造」である。

「なぜ知識が重要なのか」

2002/1/11

これまで駆け足で経営学の歩みを概観してきた。
では、これから、どういう経営学の構築が考えられるだろうか。
経営学の主な理論には、それぞれ異なる前提がある。
先に紹介したように、モノの効率的な生産が富を生むとする古典的管理論や、情報こそが富の源泉であり効率を保証するという情報処理に注目した組織論もあった。
しかし、経営学者のピーター・ドラッカーが著書「ポスト資本主義社会」で指摘しているように、21世紀は「知識が唯一の意義ある経営資源となる」知識社会である。
したがって、モノや情報を前提とした理論に代わって、「知識」を前提とした新しい理論が求められる。
知識とは「正当化された真なる信念」と哲学では定義される。
このように知の源泉は信念(思い)である。
知識は、思索や実践を通じて自分のものになっている情報であり、単なるデータや情報の集計ではない。
また、知識の特徴はその「多視点性」にある。
情報は固定した視点から現象を切り取ったものだが、知識は視点を変えながら真実に迫っていく動的なプロセスであり、現象の異なる側面や背景をとらえることができる。
知識とは現象を多様な角度からとらえ、真理に接近する能力といえる。
このような知識に対する認識を通して、「企業の競争力の源泉となるもっとも価値ある資産は、人間の能力=知的資本」である」という考え方が、1990年代の後半になると広まってきた。
このように従来の財務諸表などで表現することが難しく、しかも企業の価値を決める重要な資源のことを「知識資産」と定義する。
例えば、我々は製品のか顔としてのブランドに愛着や信頼を感じるが、ブランドは目に見える具体的なモノではない。
ブランドとは、ある製品やサービス、それらを提供する組織について、顧客と企業が共有する知識であると考えられる。
企業の内部に目を向けても、社員同士の相互理解や信頼関係が成立している企業は、あらゆる業務がスムーズに進められ、生産性や創造性も高い。
これは気配り、愛、信頼、安心感などの知識(感情知)が知識資産として蓄積されているからである。
知識社会で最も重要なことは、知識をいかにつくりだすかという問題である。
組織を知識創造体と考えるならば、組織は知識創造を促進する資源ないし手段であり、知識資産は知識創造プロセスのアウトプットであり、インプットであると位置づけられる。
知識と事業との見えない関係を洞察した上で、知識資産開発のための投資や、知識資産を活用するのに必要な個人や組織間のネットワークづくりに力を入れることが、組織の持続的な成長を左右する。
2002/1/14「知識をつくる基本原理」
知識は、言葉や文章で表すことが難しい主観的な「暗黙知」と、言葉や文章で表現できる客観的な「形式知」という2つのタイプに分けられる。
具体的には、思い、視点、熟練、ノウハウなどの経験知が暗黙知であり、コンピューターネットワークやデータベースなどの情報技術(IT)を活用して容易に蓄積したり、組み替えたりできる言語知が形式知である。
筆者らは、個人と組織の相互作用から新しい知識が生まれることに注目し、「知識創造理論」を開発してきた。
その基本原理である暗黙知と形式知の相互循環プロセスを描いたのが下の図である。
自分の非を認めない人たち
知識創造の源泉は直接体験である。
親方から弟子への技能の伝達、職場内訓練(OJT)、組織の境界を超えた顧客、部品納入業者などとの共同体験がこれに当たる。
このプロセスを「暗黙知と暗黙知の変換(共同化)」と呼ぶ。
ここから驚きや感動がうまれる。
続いて、暗黙知は形式知に変換される。
これが「表出化」である。
思いやイメージを言語や図像に表現したり、それらを磨いてコンセプト(概念)にするプロセスである。
具体的には、プロジェクトチームにおける新製品のコンセプトづくりや、CAD・CAM(コンピューターによる設計・製造)を通じたイメージの図像化、熟練技能のマニュアル化などである。
形式知は他の形式知と結んで体系化する必要がある。
つまり、「形式知と形式知の変換(連結化)」である。
概念や仕様を具体化する設計の方法論が典型であり、ここではITの徹底活用が有効である。
こうして体系化された形式知は実践を通じ、個人と同時に集団、組織にも暗黙知として吸収される。
この「形式知から暗黙知への変換(内面化)」を経て、知識は新たな価値として具現化され、市場に投入されて顧客に知の共有と創造の場を提供する。
共同化(S)と表出化(E)は創造性に、結合化(C)と内面化(I)は効率性にかかわる。
知識が個人、集団、組織の間を循環し、増幅されていく一連の「SECI(セキ)」プロセスこそが、組織的な知識創造の基本原理である。

「知識創造を促す」

2002/1/15

前回、主観的な「暗黙知」と客観的な「形式知」の循環により、企業にとって重要な知識が作り出されるプロセスを紹介した。
このメカニズムをうまく機能させるためには、いくつかの促進要因が必要になる。
今回と次回で、主な3点を指摘する。
第1に求められるのが、高邁(こうまい)な「知識ビジョン」である。
「組織は何のために存在するのか」という根本的な問いから構想するのが、この知識ビジョンである。
これまでの競争戦略論では、競争相手との比較優位に基づく相対価値の追求が重視され、高い理想や絶対価値を問う経営哲学が欠けていた。
ホンダが低公害型CVCCエンジン車の開発に挑戦した際、現場のエンジニアを支えたのは米ビッグスリーに勝つことではなく、未来の子どもたちにきれいな空を残してやりたいという使命感と、得意とするエンジン技術へのこだわりだったという。
このような高い志に基づく知識ビジョンは、目先の競争のみにとらわれない、より大きな社会的視点を組織にもたらす。
市場を「競争の場」ととらえるだけではなく、「共創の場」ととらえる視点である。
世界、地域や環境も視野に入れ、自社の得意技(知識資産)にこだわりつつ、提携などで自社にない外部の知識資産との相乗作用を生み出すことが知識創造組織には求められる。
知には境界はない。
キャノンの「共生」という理念や戦略構想などは、このような思いが見える知識ビジョンの例であろう。
知識創造の促進要因の第2が、「場」である。
場は知識創造の構成単位である。
知識は、異なる背景・文脈や視点を持つ個人間の「共体験」や対話を通じて生まれる。
それだけに、対話を促すようなオフィスづくりや組織の設計ポイントになる。
これまでのあるべき組織構造に関する議論は、官僚制かネットワークかを巡るものであった。
しかし、知の視点からは、官僚制は知の専門化と効率化を、ネットワークは知の創造性と、異なる専門分野をつなぐ超専門化を支援する。
組織を知識創造の手段や資源として考えれば、両者とも状況に応じてうまく使いこなすような動態組織が求められる。
それこそが「場」組織であり、プロジェクトごとに編成されることが多く、成長と消滅が自在である。
このような場に典型的なのは、コンセプトの芽を生み出すアイデアマン、アイデアの芽を育てていくコーチ、アイデアをコンセプトに育て組織内外に正当化させる活動家(アクティビスト)という3つの役割である。
そして場は、物理的な空間や心理的な空間、さらに情報技術(IT)で時空間を超えてスピーディーに連結されたバーチャルな空間で重層的に連結される。

「21世紀の知識経営」

2002/1/16

前回紹介した「知識ビジョン」「場」とともに、知識創造を促す第3の要因が「型」(クリエイティブルーティン)だ。
日々の仕事を通じて、見えないコンセプトを迅速に具現化し、知識を価値あるものにするのが実行力(ルーティン)である。
創造的な実行力である型とは、日本の伝統から継承された「守・破・離」という絶えざる自己革新を指し、個人や組織が理想とする行動プログラムの本質を凝縮したもので、いわば企業の遺伝子と考えられる。
本シリーズでは、暗黙知(主観的な知)と形式知(客観的な知)の循環により知識が創造されていくSECIプロセスに注目してきたが、筆者らの調査によると、優れた企業は、SECIプロセスを型として企業内に取り込んできた。
例えば、トヨタ自動車はモノづくりを徹底的にシステム化する一方、問題を突き詰めるための「なぜを5回問う」という対話法、現場のトラブルをチャンスと考えて即興的な問題解決につなげる「ラインを止める」という行為が、習慣化され、従業員の身についている。
日本企業の評価は世界的に低落している。
日本企業の強みは、個人・集団・組織の一貫した相互作用を通じて知識を創造・活用し、次々と新製品・新技術を生み出す能力にあった。
だが、急激な事業拡大と細分化により、各機能は固定化されタコツボと化した。
そのため、思いを社内で正当化するのに労力や時間がかかり、迅速な知の創造と新陳代謝が阻害されている。
このような知の閉そく状態を打開するためには、これまで紹介してきた「知識ビジョン」「場」「型」の役割が一段と重要になる。
そして、製品・部品・サービスの融合化が進むなかで求められるのは、知の総合力である。
総合力とは、多様な知を革新的に統合し、一貫性のある知識体系を生み出す能力である。
知識社会では、汎用性の高い形式知が徹底的に外部化される一方、企業の核となる暗黙知や知識資産は、その企業の価値を決定する貴重な資源として、さらに内部化されていくだろう。
例えば、ソニーは独自の製品コンセプトを軸に、カスタム化された部品、高レベルの製造技術、顧客の問題解決のためのサービスを総合することを基本にしている。
IBMもソリューションを軸にした総合化を進めている。
ただ、その場合、企業の競争力の根幹となる知識創造プロセスは決して外部委託できないのである。
柔軟で効率的な組織を前提に、様々な知識を単なる寄せ集めではなく、相互にダイナミックに連携させる動的総合(ダイナミックシンセシス)こそが、21世紀の経営に求められている。