経営者の組織変革 of ビジョン経営のライフデザイン研究所

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ビジョン経営のライフデザイン研究所 since 2010-10-15


経営者の組織変革

女性経営者に「時間と心のゆとり」を創っています

女性経営者がリーダーシップを発揮すると、
「会社(組織)が向かうべき方向・目標が明確になり、目標実現のために、社員ひとり1人が自ら考え、行動する会社(組織)を創り上げることができます」

「既存の企業、教会、労働組合、病院は、イノベーションがなければ急速に凋落する。逆に、新設の企業、教会、労働組合、病院は、マネジメントがなければただちに崩壊する」

「事業体とは何かを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違いなだけでない。的外れである」

「あらゆる組織が、人が宝と言う。ところが、それを行動で示している組織はほとんどない」

・・・P.F.ドラッカー・・・

田中家

おかみさんのお話し(講話)
ハーバークラブ講演会「老舗料亭の伝統を守る、細腕繁昌記」
講師、田中家5代目・平塚あけみ

創業

安藤広重の東海道53次の神奈川の宿に田中家の前身のさくらやが描かれている。
創業は1863年で、今年で140年目になる。
店の蔵には「夏目漱石の書簡」など歴史的な宝物が保管されている。

3代目のおじいさんの思い出

家訓を孫の自分と兄に伝えた。
(1) 慢心の時には気をつけろ
(2) コンクリートと吊り橋の2つの橋があったら、吊り橋を渡れ
(3) 5万円の客と5千円の客がきたら、5千円の客を大切にしろ
自分には優しかったが、従業員には怖い存在だった。
英語を勉強して、雇い人にも英語を教え、ハリスなどの外人客を呼んだ。
関東大震災の時も、いち早く復興させ、「三食付50銭」というようなサービスを提供した。
第2次大戦では昭和20年5月に空襲にあい、店が焼けた。戦後、昭和27年に地上3階建の店鋪を再建した。

私が女将を継ぐ前

自分は母の苦労する姿を見て、「女将」にはなりたくないので、逃げ回った。
ミッション系の学校に通っていた時、先生に出す書類に父親の仕事を学友は「医者」とか「弁護士」と書いていた。
自分は「料亭」と書いて、説明を求められるのがいやだった。
「サラリーマン」にあこがれた。
年頃になり、海外勤務の多い仕事のサラリーマンである今のご主人を紹介された。すぐに結婚を決意した。
27カ国に住んで、男の子を二人育てた。
子供にお弁当を朝作って、帰ってきた時に、「お弁当の味どうだった?」ときくと「自分が作ったんだからそれぐらいわかるだろう」などと返事をされ、切なくなった。
ご主人も仕事が忙しくてあまりかまってくれない。
家人にはぶーぶー文句を言って間食ばかりで太ってしまい、「座敷ぶた」と呼ばれた。
そんな環境にいると、夕方になると切ない感じが込み上げてきた。
働きたい、という気持ちが湧いてきた。
今まで自分が否定してきた「女将」が「専業主婦」よりも魅力的に思えてきた。

私が女将を継いでから

兄が家業を継いでいたが、急逝してしまった。
しばらくは、両親が料亭をきりもりしていたが、限界となり、父親から「廃業したい」と自分に相談された。
その時、「自分が継いで、その結果、つぶしてもいいか」と聞いたら、「どうせ廃業するつもりだから、構わない」という返事をもらった。
平成5年に田中家5代目を継いだ。
いよいよ女将として店に入ったら、驚きの連続だった。
まず、こんな女将にはついていけないと、主要な従業員9名が退職してしまった。
その時も、「辞めたいものはしかたないから、どうぞ」と対応した。
店は荒れ放題で、お客様は月の半分もいらっしゃらない。
ふすまは破れており、畳はささくれだっていた。
事務員は電話をとらないでマンガばっかり読んでいた。
たまに電話をとったら、「予約で一杯です」と断ってしまう。
お客様が来て、請求書を作るのは自分の仕事だから、お客様が来ないようにしてしまう。
板前さんは花札で遊んでいた。
魚の仕入れも業者のいい放題で買ってしまう。
「魚の仕入れ値段はいくらか」と聞いてみた。3代目のおじいさんはこのようにしていたのを、見て知っていた。
5kgのマグロを6kgだと騙される場合があるのを知っていた。
欠けたお皿に料理をもってお客様に出しても平気であった。
その頃は、お客様の数よりも仲居さんの数の方が多かった。
お客様が料理を召し上がっていても、20時になると、店の雨戸を音をさせてしめてしまう。
まるで、お客様に「早く帰れ」と言っているようであった。
お客様に対して、ビールを運んでいくと、「どん」と音を立てて置いたりしていた。

経営革新

まず、店の規模を縮小した。
年令が高くて働かない人は辞めていった。
売掛金を回収して回った。
その頃、一見のお客様は断っていたので、なじみのお客様ばかりだったので、1年間も放っときっぱなしの売掛金もあった。
売掛金の回収は帳場の仕事と思っていたが、帳場では「女将さんの仕事」だという。
自分もそうだと思い、回収に行くことにした。
ところが、ミッション系のお嬢様学校で育った自分のプライドからか、恥ずかしくて恥ずかしくて、サングラスにマスクをかけて出かけていった。
辛いなア、と思ったので夫と父に相談したら、二人とも「だったら辞めなさい」と言う。
そう言われると、また、続けてしまった。
どう再建したらいいか、分からないので電話帳で調べて、コンサルタントに相談に行った。
そのコンサルタントからは「今どき料亭なんて」と断られてしまった。
それで、本屋に行って「再建の本」を数冊買ってきた。
なんだか難しかったが、結局つぎのことに行き着いた。
「おいしい」「店がこぎれい」「接客がいい」
それから、羽田空港の近くのお稲荷さんに行った。
折よく宮司さんと合い、話ができた。
「ここにある砂を店の四方にまきなさい」というので、その通りした。
月に数度は「油揚げ」を上げてお祈りをした。
風水にも取り組んでみた。
お金が無いので障子は自分で張り替えた。
それでもお客様はこなかった。
そのころ料亭はパンフレットを作ることはしなかったが、自分はすぐにパンフレットをつくり、価格を明示して安心して来ていただけるようにした。
専属の営業マンはいないので、営業にはパンフレットを持って自分で出かけた。
近いところは恥ずかしいので、新横浜とか店から遠いところにいってパンフレットを配った。
営業は本当に嫌いだった。
そんな時、更年期障害で鬱病になり、何にもやる気が起らなかった。
店は、両親がなんとかきりもりしていた。
平成7年12月10日は師走だというのに一組3人のお客様だけだった。
鬱病で「ご挨拶」に行く気もなかったが、女将として挨拶した。
そのお客様は朝日新聞の関係者だった。
「師走にもかかわらず、あんまり客が入っていない」という話から、「新聞に広告を出したらどうか」、「でもお金がない」。
こんなやり取りをしている内に、「取材」だったら、ただで新聞に載せられる。
ということになり、平成8年2月の朝日新聞に田中家が「美人女将の写真」とともに紹介された。
これをきっかけにぼちぼちお客様が来るようになった。
また、こんなこともあった。
田中家がある町は「台町」という。
台町の料亭がどんどん潰れて、町が淋しくなっていくので、「台町を守る会」というのがあった。
その会は隣の料亭で定期的に会合を持っていた。
その隣の料亭も潰れて、「田中家さんで例会をやらせてもらえないか」という申し出があった。
「ただし、この会を催す店はつぶれる、というジンクスがある」と担当者がいう。
お客様に来ていただきたいので、「それでも結構です」と引き受けた。
その会では、カラオケをしたいとの要望があった。
通信カラオケの会社に相談すると、リースでは毎月20万円かかるという。
考えた末、1台300万円をキャッシュで買った。
そんな、こんなで現在にいたっている。
平成10年からは長男が後をついでくれ、今、一緒に田中家を切り盛りしている。

商売で大切にしていること

従来、料亭では「一見おことわり」というポリシーがあったが、田中家では今の世の中に合わせ、そのようなことはしていない。
商売は続けてこそ存在意義がある。
若い世代の協力が欠かせない。
お客様の都合に合わせることを大事にしている。土・日もお客様のご要望があれば営業する。板さんが文句をいったら、やめさせろ、と息子に言われている。
2階の座敷は普通の座敷で足がのばせない。
1階は掘りごたつ形式なので足がのばせる。
今は、足を伸ばしたいお客様が多い。いろいろ考えた末、2階座敷のテーブルと椅子を高くして、なにしろ足がのばせるようにした。
健康が一番。自分が健康なら、なんとかなる。
「世間」に遅れない。
「苦手」をつくらない。
四年ほど前に、お客様から、「女将、三味線をひいてくれ」と言われた。
その時は弾けなかったが、「赤坂の女将だったら弾ける」という言葉に発奮し、「次回、来られる時までに弾けるようになっています」と答えた。
すぐに電話帳で三味線のお師匠さんを探し、四人目でやっと今のお師匠さんにめぐりあった。
・・・今回の講演会でも少し爪弾いてくれました。
理想を追い求めていれば老いない。老いは年令では無い。

使命感

「歴史と文化を守る使命感」
「将来への夢と希望」

変えてはいけないもの、変わらないもの、日本の伝統文化を守り続ける新しい老舗を求め続けたい。

 参考推薦図書LinkIcon

「ブルー・オーシャン戦略」
LinkIcon「信頼の経営」
「日本の経営を創る」
「マネジメント」
LinkIcon「ビジネス・リーダー論」
「ビジョナリー・カンパニー」
LinkIcon「ビジョナリーカンパニー2」
「ビジョナリーカンパニー特別編」
「ビジョナリー・ピープル」
「バランス・スコアカード」
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「戦略の原理」
「ウェルチの戦略ノート」
「ここが変だよ日本の会社」
「パラダイムの魔力」
「企業変革力」
「社長が戦わなければ」
「なんとか会社をかえてやろう」
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