ネクスト・ソサイエティ
P.F.ドラッカー、ダイヤモンド社
「3」ビジネスチャンス
(1) 起業家とイノベーション
- 起業家精神NO.1の国は韓国、NO.2は台湾である。
- アメリカでは、起業家精神とはアイデアのことだと思っている。
- イノベーションとは研究開発、つまり技術のことだと思っている。
- しかし、起業家精神とは体系的な作業であり、イノベーションとは技術よりも経済に関わることである。
- それは事業を起こすためのものである。
- アメリカの大企業のほとんどがイノベーションを体系的な活動としてでなく、才能のひらめきとして捉えている。
- 体系としてのイノベーションで重要なことは、事業、人口、価値観、科学技術の世界ですでに起こった変化を体系的な作業によって見つけることである。
- それらの変化をチャンスとして捉えることである。
- そのために、昨日に属するものを廃棄することである。
- ベンチャーがダメになる4つのわな
- (1) 想定していなかったところの成功を認めない。
- (2) 利益志向・・・利益は第2であり、第1はキャッシュ・フローである。
- (3) マネジメントチームの欠如。
- (4) 自らが事業に貢献できなくなったことを認めない。
- 大企業もイノベーションを行わなければならなくなった。今日、多くの大企業が他の組織との提携や合弁事業によって成長しようとしている。しかし、提携のマネジメントを知っている大企業はあまりない。指示することに馴れすぎている。パートナーと働いた経験がない。仕事の仕方がまつたく異なる。提携や合弁では「パートナーが必要としているものは何か。共通の価値と目標は何か」を考える。イノベーションとは、市場に追い付くために自分の製品やサービスを自分で変えていくことである。
(2) 人こそビジネスの源泉
- 人の育成こそ最も重要な課題である。
- 多くの企業が派遣社員を受け入れている理由は、費用節減のためである。
- 圧倒的に多くのマネジメント、特に中小企業のマネジメントが、製品とサービス、顧客と市場、品質と流通という業績向上のための時間がなくなっているとこぼす。
- 彼らは本業の仕事ではなく、雇用関係の規制という問題に取り組まされている。
- 「人が最大の資産」との昔からのセリフを口にする気にはとうていなれない。
- 「人が最大の負債」とさえ言っている。
- 人材派遣会社の成長と雇用業務代行会社の出現は、まさにそれらの会社がクライアント企業をして事業できるようにしているところに原因がある。
- 知識労働者は同質ではない。
- 知識は専門化して成果をあげる。
- いかなる大企業といえども、高度に専門化した知識労働者を効果的にマネジメントし、配置し、満足させる能力はない。
- 組織の内部は、派遣社員やパートを含み多様化している。
- 正社員、派遣社員、パート、アウトソーシング先の社員、さらには取引先、販売代理店の社員のいずれもが業績を左右する働き手である。
- 彼らのすべてに目を届かせなければならない。
- 知識を基盤とする知識組織では、システムそのものの生産性を左右するものが知識労働者1人ひとりの生産性である。
- かつては働き手がシステムのために働いたが、知識労働ではシステムが働き手のために働く。
- 新しい産業においては、リーダーシップはイノベーションによって獲得され確保される。
- これに対し、既存の産業では、リーダーシップは資本の生産性によって確保される。
(3) 金融サービス業の危機とチャンス
(4) 資本主義を越えて(1998年)
- 市場は1つではなく3つが重なりあっている。
- (1) グローバル市場、(2) 国内市場、(3) 地場市場。
- 昔風のいわゆる資本家が国内経済には意味のない存在になった。
- 富豪があこがれだったころには、「金持ちは資本形成に必要な存在である」とか、反対に「金持ちは搾取している」とかいわれていた。
- いまではそのような声は耳にしない。
- NPOでは、それほどマネジメントが間違っているわけではない。
- しかし、市場の審判がない以上、それに変わるものとして使命の絞り込みと成果志向が不可欠である。
- アジアの経済的な状況は心配していない。
- 問題は経済ではなく、社会の方である。
- かなり深刻な緊張がある。
- 私の父が働いていたころのオーストリアや絶頂期にあったフランスのように、基本的に日本という国は官僚によって運営されている。
- 政治家は大きな存在ではなく、しかも疑惑の目で見られがちである。
- 無能であったり腐敗していたとしても、それほど驚かれる存在ではない。
- しかし、官僚が無能であったり腐敗していることが明らかになればショックである。
- 日本はいまそのショック状態にある。
- 日本にはグローバル経済の経験がほとんどない。
- 産業のほとんどが保護されたままであり、おそろしく非効率である。
- 今の日本の銀行をみていると、第一次大戦の直後に私の父親が頭取を務めていたオーストリアの銀行を思い出す。
- 1人でできることを4人でやっていた。
- 1923年というのにタイプライターも使っていなかった。
- 計算機もなかった。
- ところが、その極めて非効率で人員過剰の銀行が収益をあげていた。
- 当時のオーストリア=ハンガリー帝国では、年5%の金利に抵抗がなかったからである。
- 中小企業には銀行しか金を借りるところがなかった。
- ところが第一次大戦後、状況が一変した。
- 帝国は解体され、貸し付けは不良債券化し、借り手がいなくなった。
- プラハやクラクフの支店からの引揚者を雇用し続けなければならなかった。
- 利益はあげられず、あげた利益も間接費でくわれた。
- これが今日の日本である。
- 日本は劇的な転換が得意である。
- 一定のコンセンサスが得られるや、ただちに転換する。
- 今度の場合は、おそらく、何らかの不祥事が大変化の口火となる。
- 大銀行の倒産がそれかもしれない。
「4」社会か経済か