大船観音

東海道線から見えるコンクリート 製の大船観音像は戦後の昭和32年に彫刻家山本豊氏の設計で改修されたものだという。この前身となる像は昭和4年に彫刻家の山崎朝雲の指導下でつくられたとい う。日本にあまたあるものなかでは最高の出来だと思うが、残念ながら上半身だけである。

40年前に鎌倉に移り住んでから一度だけこの無我相山の黙仙寺を訪れ、観音像の胎内にも入った記憶がある。以後、再訪していない。最近、鎌倉プロバスクラブの会合で郷土史家の内海氏から大船史についてうかがい、再度訪問しようかと2018/7/19日の酷暑のなか、ここと常楽寺と離山を訪問しようとでかけたが、モノレールの駅から姿を撮影しただけで、パス。



大船観音 2018/7/19撮影

駅前のカーネル・サンダースの店で標準のケンタッキー・フライド・チキンの昼食を摂リ、銀行で渡世の義理を果たしたのち、粟船山の木曽義高の墓→常楽寺→離山交差点→モノレール大船駅と回ることにした。

旧松竹撮影所に向かってメーンストリートを歩く。昔の活動屋でにぎわった街の雰囲気はまだかすかに残っている。

2013/11/26に歩く仲間と鎌倉古道下道(しもつみち)を大船から弘明寺まで歩いた道を横断してイトーヨカ ドウの駐車場入り口にも眼をくれず鎌倉女子大に突き当たるまで歩く。ここで右折。鎌倉芸術館と女子大の間の並木道の木陰が心地よい。



並木道

やがて道は2018/7/17にジープで常楽寺を訪問したとき走ったクランク状に曲がった道に でる。そして常楽寺の裏に東西に走る狭い栗舟山の北側の谷に入る。しばらく川に沿って歩るくと栗舟山に登る急坂のアスファルト道が右に分かれる。これを登り、頂 上と思しき所にある木立の茂みの下に急な石段がある。石段を登りきると児童公園があるが、墓など見つからない。意味ありげなフェンスの破り目をくぐって南 斜面にでると、そこに木曽義高の墓があった。


木曽義高の墓

木曽義高の墓の南側は栗舟山の南側の気持ちのよい林間の斜面にジグザグな道がついていて常楽 寺脇に向かって降りられる。どうも市役所の小役人の頭は木曽義高の墓と児童公園をフェンスで仕切ってとうせんぼしないと気が収まらないらしい。しかしそれ では不便なのでフェンスには穴が自然に開くものとなっているようだ。そもそも児童公園は急な石の階段だけで児童には危険だ。栗舟山の南側の斜面の方が安全である。


栗舟山の南側の斜面

常楽寺は訪れる人もないが、建長寺の前身の寺で品格があった。

常楽寺本堂

帰りは昭和初期の松竹撮影所建設前に姿を消した離山という古墳があったという離山交差点に向かって歩いていると、積水ハウス経営の「マストクレリアン鎌 倉」という自立型サービス付き高齢者向け賃貸住宅という立派な施設があった。年金では入れない高級仕様だ。

更に歩くと三菱電機情報技術総合研究所の空地に太陽電池が設置されている。もう中国製に駆逐されたはずなのだが、高効率化でも研究しているのか?その西南の角が離山交 差点であった。離山交差点の西側は心持ちせり上がっていて柏尾川の川岸段丘のようでもあった。

大船駅東側の市場で白桃4個を購入。山県産が1000円、福島産が600円。食べ物であるから山県産を選ぶ。

July 17, 2018

Rev. July 21, 2018


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