4Sクラブ

2006年1度目

2004年ころから山又山の山の会の 幹事北沢、大久保らが中心となって野沢温泉で1月から3月にかけて毎月1回一泊のスキーとカラオケを楽しむ会をしていたのは知っていた。

1972年にスキーをやめてから34年になる。この間、小学生の息子を連れて越後湯沢に出かけただけである。もうスキーは忘れたと思っていた。2005年に会社の先輩の椿さんが奥様同伴でイタリアのドロミテ・アルプスでスキーを楽しんだ報告書を読んだ。直後にたまたまそのドロミテ・アルプスを訪問し、アストン・マーチンでドライブする機会があった。これに刺激を受けたためと2005年から 山又山の山の会メンバーの村田から参加の勧誘があったこともあり、またぞろ虫が動き出して結局2006年1月から山又山の山の会のスキー会に参加することにした。

今回の参加者は北沢、大久保、村田、佐々木、池田、小林、青木の7名。 北沢がリーダーである。

第一日目

1月17日、朝9時に長野駅東口から北沢と小林の車2台に分乗して野沢温泉に向かう。ちらちらと雪が降り始めると信州中野ICでスタッドレスタイヤを履いていない車は自動車道から降りなければならない。停車させないで判別できるので係員はタイヤ音で識別しているのかどうか。 除雪した高速道路を30分でチェーンは磨り減ってしまう。表面に多数の切れ目を入れたスタッドレスタイヤは雪国では必需品だ。豊田飯山ICから国道117で野沢温泉に向かう。

連日のテレビ放送を見ていると、積雪量4mでは野沢温泉などには車で入れないのではと錯覚するが実は除雪が完璧で全てアスファルト道を走行できる。ただし周りは雪の壁で視界は無い。温泉街は屋根に乗った雪を下ろせないで困っているのはたしか。道を歩くときも危険そうな建物の側には近寄らないような用心が肝要である。

定宿は民宿”いけしょう”である。(Hotel Serial No.337)チェックイン後、動く歩道 遊ロード経由で日陰ゲレンデに向かう。左手一番目のレストラン”食事処 かずみ”で村田、佐々木、青木の3名はレンタルのカービング・スキーと靴を借りる。(Restaurant Serial No.273) 瓢箪のような形をしていて短い。スキー靴もワンタッチで締めることができる。幹事の北沢君がまとめてリフト券を買ってくれる。チップ化している。シルバー割引だ。

日陰ゴンドラリフトはメンテナンスで運休のため、日陰第一リフトで尾根に上り、ここから長坂ゴンドラリフトの長坂駅まで下る。緩やかなスロープだが道路のため幅が狭い。長いブランク後だ、感覚がもどるまでボーゲンで下る。7人全員が同じゴンドラに乗る。途中駅を経由し 、やまびこ駅11:00到着。気温零下7度。粉雪が舞っている。40年以上前、野沢温泉スキー場に来たときは上の平高原にゆく日陰ゴンドラリフトや長坂ゴンドラリフトなどは無かった。その変貌に驚く。

上ノ平高原にて

村田が船酔い症状を示してやまびこ駅の救急室で休憩をとっている間、上ノ平ゲレンデの緩やかなスロープを楽しむ。ウェーデルンの感覚もすぐに戻ってきた。カービング・スキーのご利益は昔のようにキチット動作しなくともなんとなく曲がってくれることだ。体調の戻った村田も加わり、昼食まで上ノ平 ゲレンデにとどまる。

”ぶな”で 昼食後、林間コースをとって日陰ゲレンデに下る。日陰ゲレンデで数回楽しんでいるうちに、村田と二人だけになってしまった。 日陰ゲレンデは数日前に降った雨で雪が固まっていて快適でないし、危険だ。他のメンバーは又上に上がったのだろうと、再度向林ゲレンデに移動し、長坂ゴンドラリフトで上の平 ゲレンデに登る。約束の午後3:30に日陰ゲレンデに戻った。幹事の北沢が一人、我々を心配そうに待っていて、無事帰ってきてよかったと嬉しそうにいう。大久保が転倒し、足の筋肉を痛めて、今病院に運んだところだという。佐々木と小林がつきそっているとのこと。

民宿”いけしょう”の囲炉裏を囲んで

宿に帰ると佐々木と小林が帰ってきてフクラハギの腱を切断したということのようだと報告する。もうギブスで固めたとのこと。大久保はスキーが上手いだけスピードを出す。転倒したときの衝撃はニュートン力学が教えるように速度の二乗に体重を乗じた慣性エネルギーに比例する。ゴーグルが壊れていたという。それにしても骨ではなく腱だということはスポーツマンで筋肉が発達しているためだろう。大久保はそのまま病院で一夜をすごすから、明日午後、長野の実家に連れて帰ってくれという。夕刻一人遅れてやってきた池田も交え、熊の手洗場で温泉を堪能後、囲炉裏のある部屋で夕食をとる。近くのスナック 、”陣”に繰出し深夜までカラオケで大いに盛り上がった。

第二日目

翌18日は稼動している日陰ゴンドラリフトで上の平高原に登り記念撮影。昨日より降雪量は少なめのためか毛無山山頂のアンテナ群が見える。 今回は毛無山まで登らなかったが、毛無山から下る中、スカイラインコースは尾根沿いのため幅がせまく 、斜度の大きなところも三箇所くらいあるので多少キツイようだ。昨年初参加したメンバーはなれないため時間がかかったという。2月は川上、宮下、松木(正)らも参加するようだ。

昨夜の飲みすぎか、皆、調子がいまいちという感じであった。11:30に日陰ゲレンデに集合して温泉に下り、手打ち蕎麦の昼食。病院で大久保を拾って帰路につく。同期の桑原外科に以後の処置を任すため携帯で連絡する。最近は切らずに直す方向になっている ということで、出来れば切らずに直したいという。後に整形外科医の番場に聞くと2ヶ月で直るらしい。

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January 22, 2006

Rev. March 8, 2008


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