丹沢

冬の塔ノ岳

2003

2003年2月、wakwak山歩会は 銀白の世界に落ちる太陽と富士・相模湾から上る日の出を楽しむもくろみをもって真冬の塔ノ岳(1,491m)に登り、尊仏山荘に泊ることを企てた。登りは 欲張らずに最も確実に登頂できる大倉尾根とした。下山は展望が素晴らしい表尾根としたが、トリッキーなので天候や氷雪の状況次第では、往路を戻ることもあ るとした。

大倉尾根→塔ノ岳→表尾根→ヤビツ峠→蓑毛ルートは青色

メンバー4名のうち、2名が都合で参加できなかったが、2名で決行した。また天気にあわせ直前に決行日を1日早め た。前日の24日は低気圧が太平洋岸を東進し下界では雨、山では小雪であった。新雪を踏みしめて銀世界の登山ができそうだ。グリーンウッド氏にとっては都 合で2001年9月と10月のチャンスを逃がしたため、大倉尾根、塔ノ岳、表尾根は初めての処女ルートである。それも冬山である。事前勉強で行者岳、三ノ 塔の岩場に不安をもって出かけた。

第1日

JR小田原経由、小田急線の渋沢駅に集合。バスで大倉登山口に到着。大倉は初めてだが、1999年4月、塔の岳から流れ出る水無川(みなしがわ)の対岸、東隣にある白泉寺に枝垂れ桜を見に訪れたことがある。大倉のバス亭はトイレ、売店、駐車場完備である。登山者は我々を入れて4名のみ。

大倉尾根は別名馬鹿尾根とよばれる長大な尾根だが、表尾根に比べアップダウンが少なく楽である。登山路の整備状態 も良い。林間の心地よい登りを楽しんだ。溶けかけた氷雪が木の枝から落ちるのでザックカバーは必須だ。泥んこの場所もあるのでスパッツ着用。大倉尾根に取 り付いたときは晴れていたが途中からガスがでた。

富士山麓からのどかな砲撃演習の音が聞こえてくる。「あんなものを持っている自衛隊は我々をどう守るつもりなのだ ろうか、都市の住民をタテにしてサダムのように戦うつもりなのか。沖縄もそうだったなあ!これは国民にとってはたまらないな」とフト思った。核武装とは言 わないが、せめて迎撃ミサイルくらい配備してもらわねば」と正直思った。といっても迎撃ミサイルもあまり頼りにはならないらしい。キムジョンイルが破れか ぶれになって東京を狙ってはずれて鎌倉に落ちてくる恐怖感もないではない。やはり朝鮮総連に金を渡してもらって、細々と生き延びてもらうことがいいのかな などと愚考しながら登る。

雪は5センチ程度でところどころ土も見えた。しかし駒止茶屋を過ぎてから登山路も真っ白で、ブナの枝にも霧氷がついた白銀の世界になる。日帰り登山者が続々下山してくる。塔ノ岳には予定よりも少し早く到着。ガスッテいて視界は悪い。記念撮影。

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塔ノ岳山頂で

尊仏山荘(Hotel Serial No.250)に チェックインする。予定より早く到着したのでマー氏が丹沢山往復を提案するが、山小屋の親父は雪が深いといって首を振る。グリーンウッド氏も膝の筋肉がつ る症状をみせていたので辞退する。これで百名山の中心の丹沢山は次ぎの機会にゆずる。ビールと担ぎ上げた日本酒をたしなんだ後、午睡をとる。疲れていて心 地よい。

夕暮時、外に出ると、ガスも晴れ小田原から平塚、江ノ島方面まで夜景が見える。光が無いところが、相模湾だろう。 江ノ島の灯台の光はここまでとどかないようだ。下界の光の中に大山とその手前低く三ノ塔が黒く浮かび上がる。ところで尊仏とは変な名前だと思っていたら、 塔ノ岳山頂にあった黒尊仏岩からとったらしい。この岩は丹沢が大正12年(1923年)の関東大震災の震源地だったため、地震で山頂から転落し、消滅した そうである。丹沢の沢の河原が他の山に比べて広いのもこのときできた石片が谷を埋めたためという。

同宿人は14名とか。東大生4名の学生グループと女2名、男1名のパーティーが若いだけであとはシニアグループが 3パーテーである。山荘の主人、花立氏は人懐っこく、客との会話をしてくれるので丹沢の情報通になる。女2名、男1名のシニアグループはタフで寄→ヤドロ ギ沢→雨山峠→ユーシンロッジ→塔ノ岳のルートで来たとのこと。大倉尾根の2倍近く歩いているのではなかろうか。花立氏によると雨山峠は昔は西丹沢に入る 道だったという。雨山峠からユーシンロッジにかけてはイワタバコの群生地があり、6月下旬〜7月上旬が見ごろだと。

8時消灯だが、午睡のためかなかなか寝付かれでいると9時半頃遅れて申し訳ないと一人の登山者が到着した。すでに床に入っていた花立氏が起きてきて「小林さんどうしたの」などと驚いている。「12:00に蓑毛(みのげ)か ら登り始めたが、三ノ塔に着いたのが16:00。疲れてしまって塔ノ岳まで5時間かかってしまった。鍛錬不足だ」と言っているのが聞こえる。「疲れてし まって食欲もない」などといっている。よく暗く寒く凍りついた道をやってきたものだと感心しつつ、少し無謀ではないかと思う。翌朝聞くと73才だそうであ る。サラリーマン時代はチョクチョクやってきたのだが、引退後は秋田にこもってあまり山に登っていなかったらしい。エンヤのオリノコフローをクリエで鑑賞しつつ、安眠する。

第2日

翌朝6:00起床。東隣の大山の上に登るご来光を撮影。富士山も丹沢の山も全てが見える。江ノ島も霞みのなかに見 えた。東大生4名の学生グループは自炊して出かけたが、花立氏は「装備からみて山岳部ではない。野外生物研究会かなにかのグループでしょう。最近の山岳部 はマニアックですごい装備ですよ。それでもって50kgの石を山頂まで担ぎ上げるんですよ。ここら辺の石は皆彼らが担ぎ上げたものなんです」などと教えて くれる。

朝食後、魔法瓶にお湯を買う。外は冷下5度C。夜半から吹きだした西風が強い。軽アイゼンを付け、完全装備で出 発。山荘の主人が問題ないというので、表尾根を下ることにする。登山路の周りの潅木に昨夜の西風と霧が作った霧氷がやたらと美しい。アイスバーンを心配し たがまだ新雪の柔らかさを保持している。体温が上がる度に脱ぎながら下山。

キレットでは風が強い。行者岳西側の岩場には雪が付いていて手がかりがない。鎖に頼って登る。鳥尾山荘ではついに オーバーズボンも脱ぐ。スパッツとアイゼンを着けているので面倒だ。三ノ塔の西側斜面もいやらしいガレ場だ。なんとか通過しホットする。昨夜遅く着いた 73才のご老体がここをどのように通過したのか想像を絶する。

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出発前、富士山をバックに記念撮影

二ノ塔を過ぎればただただ下るだけ。いやというほど下る。途中雪が少なくなり、泥んこの道になったのでアイゼンも 脱ぐ。昭和59年(1984年)に植林したというヒノキの植林が手入れがなされておらずで、荒れている。19年間で幹の径が10センチにも達していない。 どうしてこんなに密に植えるのだろうか。

富士見茶屋からヤビツ峠まではアスファルト道をゆく。道の雪は溶けてしまっている。ヤビツ峠から蓑毛まで登山道を下る。ほとんどスギ林の中だ。道の整備には手が回らないらしく荒れていて危険なところもある。マー さんは花粉症でマスクしているのに、症状が悪化し、目を水道で洗わざるをえなくなる。秦野(はだの)で乾杯。

帰宅して今回のパーフォーマンスを解析したところ、2001年9月の北岳登山より向上していた。

スケジュールとパーフォーマンス

日付

場所 予定時刻 実時刻 歩数 毎時高度差(m/h) 毎時歩数

第1日目

小田急渋沢駅 改札口

8:20集合、8:40発

8:20着、8:40発 - - -

2月 25 日

バス20分

-

- - - -
- 大倉 (海抜300m)

9:10発

9:00発 2,000 - -
-

駒止茶屋

-

11:00着 7,200 - -
- 堀山ノ家 (海抜929m)

-

11:40着、昼食12:00発 9,200

大倉→堀山: 236m/h

2,707steps/h
-

花立山荘

-

13:15着 11,500

-

-

- 塔ノ岳 尊仏山荘[泊] (海抜1,491m)

15:00着

14:20着 14,000

堀山→塔ノ岳:241m/h

2,060steps/h

第2日目

尊仏山荘

8:00発

7:45発 0

-

-

2月26日 行者岳 (海抜1,188m)

-

9:40着 5800

塔ノ岳→行者岳:158m/h

3,020steps/h

-

三ノ塔(海抜1,205m)

11:00発

11:10着、昼食11:40発 9000

行者岳→三ノ塔:11m/h

2,133steps/h
- 富士見茶屋 (海抜700m) - 13:15着 14,000

三ノ塔→富士見茶屋:319m/h

3,164steps/h

- ヤビツ峠(海抜740m)

-

13:45着 16,600

富士見茶屋→ヤビツ峠:80m/h

5,200steps/h

- 蓑毛 秦野までバス 30分 (海抜420m)

15:00着

15:00着 15:30発 不明 - -
-

秦野駅

-

16:00着 - - -

蓑毛発 秦野行き:15:00、15:30、16:00、16:15、16:30

ヤビツ峠発 秦野行き:15:51 (雪のため運休となることが多い)

装備・食糧

山行装備:ゴアテックス上下、スエーター、ブルゾン、着替え肌着、防寒手袋、サングラス、軽アイゼ ン、ストック2、スパッツ、ザックカバー、ヘッドライト、コンパス、地図、万歩計、カメラ、PDA、携帯電話機、アーミーナイフ、洗面セット。念のため山 小屋の夜用にダウンの中着を持参。

食糧:

重量:

食料含め全11kg。

February 27, 2003

Rev. July 28, 2022


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