2016.11.11 jpn

鎌倉プロバスクラブ卓話

ジャック・アタリの21世紀の歴史

ダロン・アセモグル&ジェイムス・ロビ ンソンの視点加味

トランプ大統領の意味

2016/11/11

青木一三

ジャック・アタリの予言がよく当たるといわれるのは、資本主義だ、民主主義だという言葉を使わずに思考するからである。 その代り人類が見つけた市場という概念で歴史を読み解いているからではなかろうか。今回のトランプ現象のように政治は時の個人の活躍で大きく動くため、そ ればかり見ていては大局は見えない。

そもそも人類が市場を発見したのは3,200年前、その時は隊商がユーラシア大陸を細々とつないでいた程度だった。中世 のヨーロッパの都市国家の時代になると都市国家を構成するクリエーター階級(海運業者、起業家、商人、技術者、金融業者)が新しいアイディアを試し、数多 くの過ちをするが、成功した者が生き残というメカニズムで勃興し、また没落した。ちょうど脳内で新しいシナプスがランダムに形成され、有用でないものは切 断されるという神経ダーウィニズムと同じ原理である。クリエーター階級が集まる市場民主主義の中心都市は時代順にブルージュ→ベネチア→アントワープ→ ジェノヴァ→アムステルダム→ロンドン→ボストン→ニューヨーク→ロスアンゼルス、シリコンバレーと交代した。

このように中心都市は西に向かって移動した。次はロスアンゼルスの西にある東京かとおもわれたが、そうはならなかった。 理由は東京が既存産業保護と官僚周辺の利益を過剰に保護したことと、流通の中心として必須になる港湾や金融市場の開発を怠り、クリエーター階級の育成を怠 り、国境を超えるクリエーター予備軍の移住を禁止してきたからである。フランスも過去に超ノマドを引き付ける世界の中心都市となるチャンスがあったが、農 業とこれに付随する官僚の利益保護を優先したためそのチャンスをみすみす逃した。

さてロンドン・スクール・オブ・エコノミックス出身のダロン・アセモグル&ジェイムス・ロビンソンらによればロンドンが 中心都市になったのはバラ戦争で勝ったチューダー王朝の力は大したものではなかったという偶然のたまものであったという。当時の英国のライバルのスペイン 王の権力は強大でコロンブスのスポンサーとなったため、新世界からの富はほとんど王家のものとなった。彼らはそれをすべて消費して再生産に投資しなかった ため、収奪した富は泡粒のように消えてしまった。スペインやポルトガルの植民地だった南米、中米の経済がいまでも振るわないのもこの収奪的政治制度のため である。一方、王権の弱かった英国では集権的ではあるが、政権交代が可能な民主的制度、自由な言論が可能となり、あらゆる人が決めごとに参加でき、所有権 が守られ、分配ルールが確立し、選手交代ルールが確立した社会となった。権力を持っている主体がいくつかあって、それなりに拮抗してチェック&バランスが 働いている社会となったがゆえに、かの産業革命を達成し、世界を物流で繋いだのである。グローバリゼーションの始まりである。

米国はこの英国の伝統を受け継いで世界のリーダーとなったが、伝統に従い、国を開き、貿易の自由をもとめたため、まず国 内の製造工場は日本に移転し、ついで中国に移った。それでもアップル、グーグルなどの知的産業で世界のヘゲモニーを維持しようとしていた。問題は工場労働 者だった大部分の人々が路頭に迷い、すべての人が大学をでて知的労働者になれるわけではないという冷厳な現実がそこにあった。それに知的産業の製造部門や トレーディング部門が外国にあるため、租税も還流しない。というわけで、トランプ大統領は歴史的必然であったわけである。

もう米国は同盟国を守る実力も気力もない。日本も憲法を変え、米国と双務的安全保障条約を締結する時はいずれ来ると思うが、現在の自民党政権では、日本会 議の野望である明治憲法への回帰が目的のように見える。もし国民がこれを支持するようなことがあれば、日本はスペイン的な収奪的社会になって経済はさらに 悪くなり、アジアの片隅でチリ・芥となりはてるだろう。

November 17, 2016

Rev. December 3, 2016


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