メモ

シリアル番号 表題 日付

1511

和船、洋船、ジャンク
2017/2/11

和船

和船の構造の起源は縄文時代の丸木船にある。竜骨や肋材のような構造を持たない外板を継ぎ合わせ、精々梁があっただけのたモノコック構造であった。甲板すらない。

明治維新まで日本が縄文時代の丸木舟の原型をとどめる和船の構造に固執し、洋船構造を拒否したのは、建造にドックの必要が無いためと用材が豊富なためだった。

横帆のため間切り性能は低い。


<単材刳船>

丸木船は一本の木を刳(く)り抜いた船なので、単材刳船(くりぶね)と呼ぶ。船材はおおまかにいって、太平洋側がカヤ、日本海側はスギ。

<複材刳船と準構造船>

船 首・胴・胴・船尾のクスの四材を継いだ構造。瀬戸内・太平洋ではクスが船材として好まれた。日本海ではクスが育たないのでスギのような直材が船材の主役。 川船として使われた。幹は太くとも低いところで枝分れするクスは、大型船に必要な幅では要求を満たしても、長さが不足するため、刳船部材の前後継ぎの技術 が生まれた。胴の刳船部材は、半円筒の形状が屋根瓦(がわら)を思わせるため、船瓦とか瓦(かわら)と呼ばれ、後に板材にとって代わられても、瓦の称はそ のまま残った。

<準構造船>

複材刳船の両舷に舷側(げんそく)板を付けて深さを増し、積載量と耐航性を大きくした構造で海で使われた。準構造船にも材のちがいで2種ある。

<棚板造りの構造線船>

16世紀中頃まで、準構造船の船底の刳船部材を板材に置き換えた棚板(たないた)造りの船が出現。棚板造りは、航(かわら)と呼ぶ船底材に数枚の棚板を重ね継ぎし、多数の船梁(ふなばり)で補強した構造。棚板構成は根棚(ねだな)・中棚(なかだな)・上棚(うわだな)の三階造りと中棚のない二階造りが基本。棚板同士および棚板と航・船首材・船尾材との結合には通釘(とおりくぎ)を使い、結合部には水止めとして槙皮(まいはだ)か檜皮(ひわだ)を打ち込む。いかに長大で幅が広くとも、航や棚板などは何枚もの板を縫釘(ぬいくぎ)と鎹(かすがい)で接ぎ合わせるために船材の大きさに制約されず、大は2000石積から小は伝馬船(てんません)まで、ほぼ同じ構造で建造できた。

<面木造りの構造船>

面木(おもぎ)とは丸木から刳り出したL字形に近い断面形状の船材をいい、対向する面木の下端に船材を接ぎ合わせて船底部 とし、上端に順次舷側材を接ぎ合わせ、最後に棚板を重ね継ぎした船体が面木造り。面木造りが棚板造りとは別の系統の技術に属す。日本海の弁才船。北前船が 例。用材はスギやヒバなの長さのある用材を使う。


洋船

応力を竜骨や肋材を使用し強度を得る構造で甲板があり大型化をなしとげた。

縦帆を使い風上に航海できた。

船体に隔壁を設けることはジャンクから学んだ。

帆桁をクレーンとして使った西洋帆船は船倉を深くする事ができたため、船体構造物は上に伸びるように発達した


ジャンク

唐船という名で建造され朱印船貿易や鄭和の船はこれであった。

船体中央を支える構造材である竜骨(キール)が無く、船体が多数の梁と呼ばれる水密隔壁で区切られてい。喫水の浅い海での航行に便利で耐波性に優れ、速度 も同時代のキャラック船・キャラベル船・ガレオン船と比べ格段に優った。また、横方向に多数の割り竹が挿入された帆によって、風上への切り上り性に優れ、 一枚の帆全体を帆柱頂部から吊り下げることによって、横風に対する安定性が同時代の竜骨帆船と比べ高く突風が近づいた時も素早く帆を下ろすことを可能にし ている。

帆に竹をバテンとしてつかったため縦帆の性能がいい。

帆桁をクレーンとして使うことはなかったため、船倉の深さに制限があり、大型化とともに横に平べったくなっていった。


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