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1410

松山鏡
2013/12/24

古典落語

原話は、古代インドの民間説話を集めた仏典「百喩経」、第三十五巻の「宝篋(ほうきょう)の鏡の喩(たとえ)

舞台は越後の松山村。この松山村は田舎で、まだ『鏡』というものを誰も見たことがない。両親が死んで十八年間、ずっと墓参りを欠かした事がない正助という男が、お上の目に留まりご褒美を頂戴することになった。

「おとっつぁまが死んで十八年になるが、夢でもいいから一度顔を見たいと思っているので、どうかおとっつぁまに一目会わせてほしい」

地頭は唖然。しかし、正助の純粋な気持ちに感銘し、何とか叶えてあげたいと思案した。名主の権右衛門に訊ねると、正助の父親は四十五で他界し、しかも顔はせがれに瓜二つだという。これで解決策を思いついた地頭は、家来に命じて鏡を一つ持ってこさせた。

地頭に言われるまま、正助が鏡の中を覗くと…?

「おとっつぁん!?」

その様子を見ていた地頭は、「余人に見せるな」と言って下げ渡す。

それからと言うもの、正助は納屋の古葛籠の中に鏡を入れ、女房にも秘密にして、朝夕覗き込んでは挨拶をしていた。

そんな亭主の様子を、女房のお光が不審に思い、亭主の留守に葛籠をそっとのぞいて…驚いた。

「何だぁ、このアマ!?」

こちらも鏡を見たことがないので、写った自分を夫の愛人と勘違い。嫉妬に狂って泣きだし、帰ってきた亭主につかみ掛かったので大喧嘩になってしまう。

その時、ちょうど表を通りかかった隣村の尼さんが、驚いて仲裁しに飛び込んできた。

両方の言い分を聞き、自分が談判すると鏡を覗いて…。

「ふふふ、正さん、お光よ、けんかせねえがええよゥ。おめえらがあんまりえれえけんかしたで、中の女ァ、決まりが悪いって尼になって詫びている」

本来なら、「人情噺」として完成されるべきこの内容が、抱腹絶倒のストーリーに化けてしまったその背景には、朱子学の非現実性を見抜いていた作者の鋭い目があったからなのかもしれない。


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