シリアル番号 | 表題 | 日付 |
167 |
水俣病 |
95/7/1 |
●アセトアルデヒドをアセチレンから作る工程で水溶液中に無機水銀を触媒として入れると、メチル水銀ができる。
●ある技術者は白濁し発泡する水溶液にメチル水銀があるのではと直感したが、上の受け入れるところとならず。
●工場排水をネコに飲ませる実験で症状が出ても研究所の中間管理職は1匹きりだとか、7匹出ても症状が弱いなどと理由をつけて発表しなかった。このとき微量のメチル水銀を分析する技術なし。
●若い研究員により排水からメチル水銀の結晶がでても、魚に入って毒となることが証明されていないとして公表されなかった。
●漁民が疑っても否定しつづけた。
●昭和電工もおなじ。
●佐藤内閣になって、福利厚生も大切ということになり、裁判でクロが確定するまで、排水規制する役人も、これを止められなかった。時代はちょうど池田内閣の高度成長期間。
●西田工場長は後自身の責任を感じ、葬式もあげず、戒名もつけていない。
●当時に社長は被害者に土下座してあやまった。
本日PL法施行の日