読書録

シリアル番号 942

書名

クルド人 もうひとつの中東問題

著者

川上洋一

出版社

集英社

ジャンル

紀行文

発行日

2002/7/22第1刷

購入日

2008/3/26

評価

集英社新書フェア

著者は高校同期で朝日新聞社で中東アフリカ総局長、ニューヨーク支局長を勤めた男だ。やはり同期の西沢重篤氏にこの本をいただく。

砂漠の女王 イラク建国の母ガートルート・ベルの生涯」やフェルナン・ブローデルの「地中海 I 環境の役割」でクルド人の何たるかは知っているつもりだが、川上洋一氏がこれをどう料理しているのか、ページをめくってみようと思う。

本の帯にパレスチナとならぶ中東の大きな火種クルド!!とある。そしてクルド古誌の一節「千のため息、千の涙、千の反乱、千の希望」からこの本は始まる。

サラディンがクルド人であったということはこの本で知る。クルド民族はシュメール時代の記録にでてくるくらい古い民族であるが、ブローデルによれば山岳民族であるが故に分断されてまとまることはなく、平野部に出現する強力な国家に翻弄されてきたという歴史を持つ。

読み始めて、さすが北高のエース、筆者が実際に歩き回って取材したこと、歴史、欧米の研究書がバランスよく詳細に紹介されていてためになる。 巻末にも参考文献リストが掲載されていて、信用度の高い著書だ。

イラン、イラク、サウジ・アラビア、カタール、バーレン、アブダビ、ドバイ、マスカット・オマンでの製油所、石油化学プラント、天然ガスプラント建設の受注、設計、建設、試運転に携わっていたころのことを思い出しながら読んだ。この本にもパーレビ国王のことが書かれているが、テヘランでパーレビ国王に会おうと工作しながら何日も黄金キャビアを味わいながら滞在したことや、カンガンガス田に建設するLNGプラントの基本設計の指揮をとっている間にホメイニ革命が発生して全てがオジャンになったこと、世銀のコンサルタントとしてトルクメニスタンのアシカバードで官庁めぐりをしたり、ボロボロのベンツで悪路を飛ばしアフガニスタン国境近くにガス田調査に出向いたことを思い出しながら読ませてもらった。

「砂漠の女王 イラク建国の母ガートルート・ベルの生涯」に詳しくイラクという人工国家が誕生したいきさつが書かれている。息子のブッシュがクルドの歴史を知っていたかどうか分からないが、イラク侵攻前に書かれた本書を読むと、知らなかったがゆえのミス・ジャッジではなかったかと思う。

2001/9/11にアメリカ同時多発テロが発生してイラク侵攻は2003/3/19であるから、この本は全くタイムリーに出版されていたと思う。

2008年の現時点ではイラク内のクルドはほとんど独立国となっている。パパ・ブッシュの第一次湾岸戦争からの流れを見ると意図したかしないかは別として結果として、米国はクルド独立に手を貸したことになるのではないかと思う。遅れてやってきた国民国家の成立過程にあるのだろうか。

本書は1994年に著者が書いた朝日新聞調査研究室報告集に掲載した小論「もう一つの中東戦争ークルド人の悲劇」を発展させたものだという。

川上氏にほぼ以上のような感想を送ったところ

「新書本ではありますが、クルド民族の全貌について、日本で初めての本でした。アメリカがイラクに攻め込むことを決める直前の脱稿だったため、続編が必要なのですが。小生が、あの原稿を書いていたときには、クルド民族運動の無名のリーダーだったタラバ二がいまイラクの大統領です。之すべて湾岸戦争、イラク戦争による米国の政策の結果です。当時はタラバ二の名は新聞にさえ登場していなかった。

最近は、日本にも中東政治に詳しい人の数は増えたけれど、重箱の隅をつつくような、石油のことしか興味がない、視野狭窄症タイプが多く、欧州や米国の国際政治、さらには日本の位置づけも踏まえたうえでグローバルな、あるいは歴史の背景をきちんと見据えた中東の専門家は日本にはほとんどいない、というのが小生の感想です」

と返事をもらった。

現イラク大統領がクルドのタラバ二とは。(首相はマリク)聞いた名前だと思っていたが、そうであったのか。なぜイラクで治安が回復しないか合点がいった。グローバル化時代に逆行するが、一応イラクのクルドを国民国家として認めて(イランとトルコには迷惑であろうが)イラクを南北2分割 (クルドとアラブ)するのもやむをえないような気もする。アメリカはどうしたいのであろうか? 米大統領が代れば、自決せよといって去る可能性もある。クルドが独立すれば脅威に感じるトルコは自衛のためと称してクルドに責め込むかもしれない。イスラエルと同じ徹を踏むことになるのか?

まだ状況が流動的で無理とは思うが、続編が待たれる。

フェルナン・ブローデルの「地中海 I 環境の役割」にもゴート族の進入の時、ピレネー山脈に守られたバスク民族、中央アジアから2コブ・ラクダに乗って移動してきたトルコ民族進入時、ザグロス山脈とクルディスタン山地に守られて侵略されなかった先住山岳民族のクルド民族が描かれている。(1コブ・ラクダに乗って移動したアラブ民族からは砂漠で守られた?)人間が平原と海に進出して文明を発達する前は人々は安全な山地に住んでいたわけで、今、彼らは、ようやく民族意識に目覚め、たまたま石油がある故にアメリカに守られて国民国家を造るのだろうか?

Rev. April 12, 2008


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