読書録

シリアル番号 582

書名

地球生命35億年物語

著者

ジョン・グリビン

出版社

徳間書店

ジャンル

歴史

発行日

1993/2/28初版

購入日

2003/07/11

評価

鎌倉図書館蔵。原題:Children of Ice Climate and Origins by John Gribbin 著者は英国のサイエンスライター

ユーゴの天文学者ミランコビッチが提唱した気候サイクルモデル。地軸の傾き、軌道の変化により10万年の氷期と1万年の間氷期が計算される。南極の氷に閉じ込められたC26,C28などによって記録されている気候変動と一致する。ボストーク基地の氷コアサンプルは深さ2kmで16万年に相当する。1万年前に終わった氷期の空気中のCO2は200ppmであった。現在の間氷期は270ppm(化石燃料により350ppm)。しかるに15.5万年前の間氷期には300ppmまで上昇している。氷期には寒冷化すると同時に乾燥化し 、大陸から鉄分を含むチリが風で海まで運ばれ、プランクトンの活動を活発化させて炭酸ガス固定化が進み、ますます寒冷化する。間氷期は逆のサイクルが生じ炭酸ガスは増える。

太陽活動も気候に影響を与え、C14濃度として記録されている。C14は宇宙線と窒素14から生成し、木材に固定化され年輪と対比できる。

1.8万年前は最終氷期最盛期 平均気温は現在より8度C低い

1.5-1.0万年前に氷期が終わり海面は50メートル上昇。大洪水伝説の起源となったという。

1.1万年前は間氷期の始まりで現代のイラン、イラク、トルコ、シリアでは人間が穀物を生産し、羊やヤギを飼育しはじめる。ベーリング海が出来る前の4万年前に人類はイヌイットのような格好で、アラスカに初めて足跡を印したが、一挙に南北アメリカ大陸に拡散したのは1.2-1.0万年前に氷期が終了したとき。

7,000-5,000年前は後氷期気候最適期(完新世初期)平均気温は現在より2度高い。このころ大きな砂漠はなかった。サハラ砂漠には川が流れ、インドのタール砂漠の年間降雨量は近年の2-3倍であった。

5,000年前に海面は更に40メートル上昇。

5,000年前以降わずかに寒冷化し、小氷期となる。中緯度地帯の気候は乾燥化し、再びスイス・アルプスで氷河が前進し、サハラが砂漠化した。エジプトでは象とキリンが消えた。北米大陸のロッキー山脈にも氷河が形成された。スカンジナビアに残る3,000年前の氷の記憶はワグナーの「ニュルンベルグの指輪」の「神々の黄昏」に織り込まれている。寒さのために枯れた森林がおこした途方も無い規模の火災が語り次がれた。肥沃な三日月地帯はもはや肥沃ではなくなった。そしてここではじまった文明は三日月地帯からで南の砂漠にもゆけず、北の氷河にもゆけず地中海東部すなわち、エジプト、ギリシアからローマ、ヨーロッパへと伝播する。

紀元前300年(2,300年前)にはローマはまだ寒くブナがあったとのこと。ローマ全盛時代に温暖化した。紀元400年にローマが滅んでからから、歴史上は暗黒時代といわれているが、1,200年までは気候は温暖だった。バイキングもこの時代に動いた。バイキング時代は気候小最適期といわれるとか、後氷期気候最適期よりは寒冷だが、温暖な時期とのこと。バイキングは食い詰めてでてきたように歴史家は書いているが、どうも暖かさにさそわれてでてきたというほうが真相のよう。日本、中国でも温暖だったとか、奈良時代から平安時代に相当する。バイキングはこのころ北米大陸も発見し、東と西に拡散した人類はここで再会を果たした。

13-19世紀に寒冷化して小氷期に入り、北米とヨーロッパの交流は途切れたと。13世紀始めにモンゴルの遊牧民が台頭したのは気候小最適期にアジア内陸の乾燥地帯が湿潤化し、人口爆発したのに気候小最適期が終わって寒冷化しはじめたため、カリスマ性を持ったリーダーに従い、生き残りをかけた旅に出ざるをえなくなったためではないか。14世紀世紀はヨーロッパは黒死病に苦しんだ。作物が不作で栄養失調で免疫力が低下していたためという推測。ヨーロッパだけでなくインド、日本でも飢餓が頻発している時期。16世紀の大航海時代も、ナポレオンがモスクワで敗退したのも、ブリューゲルの絵「雪景色のなかの猟師たち」も、ターナーの鮮やかな夕焼けの風景も、シェクスピアの作品もチャールズ・ディケンズの作品も小氷期での出来事である。


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