読書録
シリアル番号 |
1168 |
書名
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消された科学史 |
著者
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オリバー・サックス他 |
出版社
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みすず書房
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ジャンル
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サイエンス
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発行日
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1997/6/20
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購入日
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2013/11/15
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評価
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2013/11/15
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原題:Hidden Histories of Science edited by Robert B. Silvers 1995
鎌倉図書館蔵
科学史に書かれなかったが、重要な転換点の忘れられた事項に光を当てる講演集。
スチーブン・ジェイ・グールド
リチャード・ドーキンスの好敵手スチーブン・ジェイ・グールドの「梯子図と逆円錐図ー進化観を歪める図像」では学問間の著しい相違点を指摘したC・Pスノーの「二つの文化と科学革命」を引用し、かつ学会での発表における文科と理科の相違も指摘している。
文科:シェークスピアの100番目の十四行詩(ソネット)に関する10,000番目の新解釈について書いた文章を例外なく読むということになる。聞く人間
にとって退屈きわまりない。人文学者は美術史をのぞき図表は用意しない。論文に仮に図表をつける場合も巻末である。文学者は言葉は商売道具だと思っている
から細心の注意で吟味するが像の選択がおざなりになり、はからずもその人の心に住む偏見をさらすハメになっている。規範的な図像によるサブリミナル効果は
無視できない。
理科:科学者は原稿はよまない。概略を書いたメモを見ながら即興で話す。科学者はスピーチが文法的にただしいかなど同僚に評価されることはまずないため、多
少のミス覚悟でよりよいコミュニケーションできることを選ぶのである。口頭での話は聞く人間のために循環構造をとって、聞くものに復讐させる必要がある。し
かし論文はそのような必要に応じて読者は戻って読み直すことができるため、繰り返しの冗長さは不用である。科学者はあらかじめスライドを用意する。これは
人間の大脳のほとんどは視覚情報の処理のために発達しているから当然である。社会的な問題における判断は感情であり、感情は像によって生起される。たとえ
ば自由の女神、地下鉄の換気口の格子上にたつマリリンモンローなどである。
ところがこの図像には偏見が無意識のうちに入り込むので注意が必要である。たとえば進化と進歩の混同である。進化の梯子図とか進化の逆円錐図である。グー
ルドは区切り平衡説を提唱しているために、これを批判している。しかしリチャード・ドーキンスはこれこそ錯誤で変化は常に同じ率で生じているとする。
R・C・ルーウォンティン
R・C・ルーウォンティンの「遺伝子と環境と生物」第二次大戦の頃は原爆開発が注目され物理学と化学は科学の分野で最高の地位にあった。これについで心理学と社会学の威信が高く生物学などは最下位にあった。しかし時はめぐり、価値観は逆転した。
生物の遺伝子と環境が成長に与える程度をうまく表現したカルフォルニアで採取したノコギリ草(Achillea)の異なる環境での生育状況の比較が示され
る。横軸はDNAの違い、縦軸は環境の違いである。下段は低地(海抜30m)で生育した株を背の高い順にならべた、中段は中高度(海抜1,400m)上段
はシェラネバダ山脈(海抜3,050m)でいずれも株は下段に揃えてある。結論は環境と遺伝子の相互影響は予測できないということである。しかしこの図は
まさにスチーブン・ジェイ・グールドの理系の行動パターンに沿うものである。
オリバー・サックス
脳神経外科医オリバー・サックスの「暗点ー科学史における忘却と無視」は本書の1/3を占める。同時代人から無視され科学史から消された洞察や学説を多数紹介している。
酸素は1670年にジョン・メイヨーによってほとんど発見されたも同然だったが、フロギストン説によって葬られ100年後にラボアジェにより再発見される。
天文学者のジョン・フレデリック・ハーシェルは1860年ころ「感覚幻視について」という論文で幾何学模様の幻視をともなう偏頭痛について書いたが、その
後100年間これを取り上げた医学者はいない。現在ではカオス理論で説明できる。すなわち大脳皮質の第一視野領の100万余の神経細胞が相互の影響し合う
時、高次なレベルでのパターンとして認識される現象である。動的な非線形システムの自己組織化の結果として幾何学模様が出現するのだ。天気の変わりやすさ
も同じ現象である。
幻影肢もなかなか理解されない現象である。
ポラロイド・カメラの発明者のランドが黄色いフィルターをかけて撮影した白黒モノクロ写真をスクリーンに投影すると黄色いモノクロ画像が見える。次にオレ
ンジ色のフィルターをかけて撮影した白黒モノクロ写真をスクリーンに投影するとオレンジ色のモノクロ画像が見える。つぎにこの二つを同時に投影するとどう
なるか?あーら不思議や総天然色の画像が見える。しかしこれは大脳のなせる幻覚なのだ。色覚とは推断なのだ。ゼキはこれらの推断を行う脳の領域を特定し
た。
ニュートンと熱力学の第二法則は宇宙を不毛の機械にしてしまったが、最近の科学は創発的な自己創成する統合体として自然をとらえなおす方向にある。