コンクリート造り家屋の解体

七里ヶ浜は別荘地帯だ。我が家の両隣、裏は全て別荘。除草や剪定、掃除をしてくれないので迷惑千万。それに物騒だ。やむを得ず、SECOMで自衛している。

西隣の別荘は鶴見の大工の棟梁が自分の夢をすべてつぎ込んで建てた重厚なコンクリート造りの二階建て別荘である。表面はタイル仕上げでホテル並みの仕上が りだ。だが寄る年波に勝てず、また歩いての買い物が難しいという理由で手放した。これを買った横浜の人材派遣会社の経営者が内装を壊しては見たが、自分 の夢の実現は無理と、完全に解体して更地にし、平屋の別荘を建てることにした。

平屋になると台風時の西風がちと心配だが、二階から富士山が見えるようになるし、江の島の花火も見れるので歓迎だ。

まず、解体する建物をすべて吸音材を内貼りした板で囲う。屋根のスレート瓦はアスベスト飛散防止のためか、あらかじめ手ではがして袋に入れ屋根に置いたまま。内装の断熱材もおなじ扱いで屋内に袋を放置。

次に大割圧砕具(クラッシャー)を腕の先端につけたKomatsuの解体重機で鉄筋コンクリートをナットクラッカーのように砕いて行く。東南アジア人らし いオペレーターはこれをユンボと呼んでいるが、フランスのユンボ社の製品呼称である。



正面から

屋根のスレート瓦をつめた袋を屋根にのせたまま、屋根を壊しはじめたので、心配になり、「屋根から袋を下ろしてから屋根をこわさないのか」聞くと、「屋根を少しずつ砕 いて、屋根の上に置いてあるスレート瓦の袋脇まで壊したところで、袋をクラッシャーの爪に引っ掛けて下に下し、ダンプに積むのだ」という。そして事実その通りにした。



クラッシャーでスレート瓦を降ろす

重機のオペレーターも通行人もこんな立派なコンクリートの家に碌に住みもせずに壊すのはもったいないと嘆く。別荘は趣味の世界で、それに金を湯水のごとく使える人がいる以上、今後も続くのだ。

屋根を完全に壊すまで2人(交代)で3日かかった。5日かけて壁を全部倒したところでクラッシャーを外して小型ダンプで持ち帰った。この間、重機の運転台正面のガラスが落下物を浴びて破損したが、オペレーターは無傷だったという。

6日目は幅広のクラッシャー(圧砕具)に交換して倒した壁や柱を噛むように粉砕し始めた。ハンマー方式の破砕機(ブレーカー)も持ってきたが、まだ使っていない。

防音壁を取り外してくれたので西方の見晴らしは良くなった。これで隣家の建築前の状態に戻り、新築予定の別荘は1階建てというから、二階の西側の窓から江の島の花火見えるようになるし、富士山も常時みえるようになった。



西方の眺望回復

7日目にはメカニックがやってきてオペレーター前面のガラスをはめ、油圧系のホースを交換し、格子状のバケットに換装して前日細かくしたコンクリート片をコンクリートの塊、鉄筋、アルミに分別した。そして鉄筋屑をダンプに乗せて帰った。

夕刻になると、昼間見えなかった矢倉山、箱根外輪山の金時山や明神ヶ岳がシルエットとなって浮かび上がる。矢倉山は富士山のスコリア丘の一つ、双子山登山時に富士山側からよく見えた。



明神ヶ岳、金時山、矢倉岳、富士山

その後、5日間で中型ダンプ9台のコンクリートの塊と小型ダンプ5台分の鉄筋屑を運び、残っていた壁もすべて倒した。

11月12日になって北風が吹いて富士に雪が積もると、空気の透明度もあがり、宝永山も雪に覆われて双眼鏡では見えるようになった。矢倉岳も雲を背景に姿を 見せ。箱根山が全ぼうを晒している。そのてまえは大磯と渋沢丘陵、さらに奥に小田原だ。



隣家の屋根越しに見える風景 2016/12/28撮影

解体を初めて17日になるが、ようやく基礎を掘り出したところだ。通常10日もすれば終わるところ17日になってもようやく後1日に終わる予定だという。今回の契約は損失がでるという。

November 1, 2016
Rev. November 8, 2016

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