東北大学工学部応用化学科OB会 九葉会会報 前田四郎先生追悼号 原稿

父と子

グリーンウッド

前田先生の告別式の最後に遺族代表で挨拶された先生の御長女、片桐和代様の一言「父にとって学生さんは実の子と同じでありました」に今まで解けなかった謎が氷解する思いであった。

中村君と私の卒論実験のために与えられた片平町の応用化学科の部屋は研究室の中でも最大で先輩が使ったいろいろなガラクタの物置のような風情を呈していた。この部屋の片隅に昼食後の昼休みに皆が集うサロンのごときコーナーがあり、先生もよくやってこられて碁などを打ちながら大阪弁で当時の世相を切る痛快なコメントを述べておられた。我々が学生だった頃は安保闘争が激しい時代であった。国会周辺を全学連が取り囲み、正面ゲートの鉄柵で警官隊と押し合いをしていた。その映像をまだモノクロながらテレビで見ることができるようになった時代である。たまたま東大女学生の樺美智子さんが、鉄柵と群集の間にはさまれて圧死したため、メディアは興奮して映像でそれを伝えていた。先生はどこかでそれを見ておられたらしく、鉄柵の内側から撮影された学生の姿がこっけいであると盛んに我々に話し掛けてくる。大谷先生はうなずいておられたが、我々は見てないので、どこがおかしいのかと訝るばかりであった。

東京からはるか離れた東北大でもデモのため、北門から学生の一団が隊列を組みプラカードを持って、東一番町のほうに出て行く。しかし我々応用化学の学生は就職先も早々に決まっていたこともあってデモに参加する興味など沸いてこない。昼休みはいつも北門の前でキャッチボールをしていた。この行為が、デモ目的で北門から出て行く学生の一団をいたく刺激したらしい。たまたま前田先生の授業の時、くだんの学生達の一団が応用化学教室の玄関前に来て「資本家の犬」とシュプレッヒコールをはじめた。スピーカーでなにやらがなりたてている。前田先生は何食わぬ顔をして授業を続けようとするが、なにせ教室の真下で騒ぐので先生の声も聞こえない事態となってしまって我々も困った。先生方は大変動揺されて、特別の対策説明会を行ったが、学生の方は不思議と冷静で、学生の分際でデモをかけ、授業の邪魔をするほうがけしからん。そちらの方こそイデオロギーの犬ではないかと思ったものである。先生方の指導もあって、デモの後では刺激するようなキャッチボールは自粛したが、デモに参加するような気持ちにはついにならなかった。

卒論実験に関し、先生から手取り足取り指導を受けた記憶は全く無い。先輩諸氏が行った先行研究の論文をポンと渡されて、前年はガス側境膜係数を測定したので、今年は液側境膜係数(逆だっかたもしれない)を測定せよと言われただけである。教わったばかりの理論を曲がりながらも駆使して?実験装置の設計をし、ガラクタのなかから使えそうなものを拾い出して装置を組み立てて実験をはじめた。分析は当時出始めたばかりの多孔質ガラス電極でph値を測定しながら中和滴定を延々と行う誠に退屈な作業であった。今では電磁誘導の撹拌機を使うのだろうが、当時はガラス棒で撹拌しながら中和液を滴下した。しかし、撹拌が不十分で最後の半滴でph値が大きく振れてしまう。ガラス電極で撹拌したほうが、最後の半滴の頃合を早く掴めるのでついガラス電極を撹拌棒にしたいという誘惑にかられた。何本もオシャカにしたと記憶している。斎藤先生からはもうこれでおしまいといわれながら、またやってしまいましたというと不思議ともう一本もらえた。しかし前田先生からは一度もお叱りを受けた覚えはない。卒業してだいぶたってから斎藤先生から前田先生は我々が1本だめにするたびに研究費が目減りして行くことに嘆き悲しんでおられたと聞き及んだ。なにせ当時初任給が2万円以下の時代に1本1万円以上したのである。現在の価値で10万円以上であろう。これ撹拌棒として使い捨てるのだから先生はたまったものではない。親の心子知らずというが、気がつくのが遅れて大変申し訳無かったと今頃思っている次第である。

めでたく卒業出来、いよいよ社会に羽ばたかんとする時、先生は卒業生全員を自宅に招いて最後の晩餐をして下さった。先生のお宅を辞去する時、先生は弟子一人一人と握手をされながら、一人一人にはなむけの言葉をかけてくださった。酒がまわっていて何を言われたかはしかと覚えてはいないが、一人一人に言葉をかけておられた先生の御姿は一生忘れない。

卒業後も前田会などを通じて定期的に先生にお会いし、近況を報告すると同時に先生からは鋭い質問とコメントをいただいてきた。今思い出すと学問を超えて全人格的に先生に見守られていた。また無意識にそれに応えようとしていた自分を発見するのである。

和代様の一言「父にとって学生さんは実の子と同じでありました」という言葉で、あれは父の目と言葉であったのだとはたと思い知った次第である。前田先生の御指導を仰いだ兄弟弟子の心中も多分同じではないかと思っている。


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