第15章 1980-86年:

逆ポドビルニアク・サイクル適用の

LNG冷熱利用発電装置開発

 

多成分冷凍サイクルの1種のポドビルニアク・サイクルを使うオレフィン分離精製プラントの試設計を行った頃と思う が、ポドビルニアク・サイクルを逆回しすれば、動力発生サイクルが構成されると気がつき、念のため特許出願しておいた。

ある朝、新聞を開くとT電力が気化し たLNGを直接膨張タービンで膨張させる冷熱発電をするとの新聞記事を発見。

「これよりもっといい方式があるよ」

と電力営業担当の寛暗氏に話すと すぐT電力に売り込みにゆこうと言い出した。 新橋の本社にうかがい、副部長さんにお話ししたところ、興味はもたれたが、既に新聞発表していたためと、巨大組織である、すぐにどうしようとも言ってくれ ない。それではと、その日の午後、Tガスに出かけ た。そこには専務のA氏もおられたと記憶している。説明すると、その場で、

「こういうアイディアが欲しかったんだ。一緒にやりましょう」

ということになった。まずパイロットからと言われたので、

「パイロットをパスしていきなり本プラントを設計できますよ」

などと啖呵をきってしまった。自社開発の炭化水素多成分系気液平衡推算プログラムがあったから、自信はあったのだ。しかしやはり段階を踏んでということに なった。その1週間後、T電力からもやりましょうという声が 営業にかかったが、先約ありとお断りしたそうである。あとで考えると、Tガスにこそ、向いている装置であるとわかった。ボイラー向けの燃料ガス圧は数気 圧、ガスタービン燃料としても10数気圧のため、設備費の安い、直接膨張式が使えるが、都市ガスメインに送り込むガス圧は数10気圧と高く、直接膨張式は 使えない。

Oガスはプロパンをランキンサイクルの作動流体に使う方式を採用していた。プロパンな純粋流体を使って、単位LNGから沢山の動力を抽出しようとすると、 混圧タービンを使う複雑な仕掛けが必要となる。しかし逆ポドビルニアク・サイクルを採用すればタービンは簡単なものになる。

特許出願申請しておいたものを審査請求しようとしたら、類似特許をエクソンが十数年前に特許化していたことが判明した。知っていてだましたなと創業社長に はお目玉を食ったが、残念ながらそんなワルではなかった。真相は特許提出前に調査しなかっただけのことだった。やむをえない、改良特許を申請した。

 

パイロットプラント

概念を話してパイロットプラントは設計は戸下に担当してもらった。このサイクルを構成する熱交換器は液化サイクルの場合は主としてスパイラル・ワウンド式 の熱交換器が使われていたが、エアプロダクト社しか設計と製作ができない。そこでブレイズト・アルミニウム熱交換器を使うことにし、熱交換器内部の気液の 均一分配を特に配慮することを条件に住友精密に発注した。小型であるため一体物の熱交換器を採用した。記憶は定かでなかったがLNG7 Session II Paper 15として発表した文献に当たると上向き蒸発を採用している。スーパーヒーターが炭素鋼製のため、冷たい液がしたたり落ちるのを嫌ったのも一つの理由で あった。

パイロット・プラント

パイロットプラントが完成し、試運転に入るとの連絡を受けて根岸工場に様子を見に行った。担当者はこわごわと設計量の数%のLNGを供給していたので、熱 交換器の入り口と出口に温度分布が出来ず、全体が平均値に固まってしまっている。流量が少なく、伝熱量が少ないとアルミ金属の縦方向の熱伝導が優先するの でこうなりやすい。だがそれだけではない。上向き蒸発のLNG中の重質留分が吹き上がらず滞留して沸点上昇した影響のほうが大きいだろう。LNGはワンス ルーのため少量とはいえ重質留分をドンドン運んできて煮詰まるのである。この現象はすでに日本での第1号LNG輸入基地のオープンラック気化器で経験済みのことだ。

このプラントの運転は一気呵成に流量を設計量の20-30%に増やさなければならない。そのようにせよと指示して様子をみていると良い方向に動きはじめ た。それでも急に冷却することは熱交換器に過大なサーマルストレスを与えるため急には増量できない。試行錯誤の末、増量過渡期にLNG上向き流れの流速を 確保するために 混合冷媒の一部をバイパスして冷熱過剰を回避しつつ混合冷媒の下向き凝縮量を増して熱を加えつつ除冷をしなければならなかった。このための算段として混合 冷媒ポンプから混合媒体の一部をバイパスし 仮設のステンレス製のフレキシブル・ホースを水を張ったドラム缶に投げ込み、加熱してスーパーヒーターに送って実現させた。チョッと視察のつもりが徹夜に なってしまった。

パイロットプラント LNG便覧 LNG6

たかがパイロットといっても夜中の都市ガスの需要は10%以下(記憶は定かではないが7%だったか)に下がり、 オープンラック気化器1分(100トン/h)以下になる。したがってこのパイロットプラントの気化量が振れると大きな影響がでるのだ。中央制御室からは不 安の声が聞こえてきた。決してダウンするなということだ。発電した電力は実験ということでもったいないが全て水抵抗器で熱にしてしまった。

 

コマーシャルプラント

問題はあったが、混合流体で発電できるということは証明された。大きくなってもスタートアップ時一挙に流量を20-30%に増やさなければならないことと サーマルストレスをどう回避するか、低負荷運転での安定性をどうするかという課題が残った。スタートアップヒーターは使いたくない。

一体型の熱交換器では容積変化の大きいLNGの入口と出口の流速変化が大きい。圧力損失のために出口流速を抑えると入口速度は極端に小さくなり、相分離し て、蒸留効果により煮詰まってしまうのだ。

パイロットプランは一基の熱交換器だったが、コマーシャルプラントは大型である。 それならと熱交換器を2基直列して結合し、かつこれが複数並列に並べることにした。こうすると直列の結合部は全て二相流のため、それぞれ相分離を行って、 液/ガスは別々にそれぞれの熱交換器に均一に分配しなければならないという煩雑さが 残るがやむをえない。

膨張タービ ン出口は気液2相流である。タービンをコールドボックスの上に設置するのは金がかかる。液化プラントに使われるスパイラル・ワウンド熱交換は縦1本の下向き蒸発 ー上向き凝縮になるように配列することは知っていた。我々は低温サイドを上部にして下向き蒸発にしたらどうかとメーカーの住友精密に相談した。

しかし上向き凝縮は液の逆流により難しいという。スパイラル・ワウンドは緩やかな勾配でスパイラルに登る細いチューブ内凝縮のため逆流は生じにくいのだ。 ところが真っ直ぐなチャンネルのブレーズド・アルミ熱交換器は流速が落ちると簡単に逆流してしまう。妥協としてメーカーは2基直列を縦1本の垂直配置にし ないで逆U字型に途中で折り曲げることを提案してきた。そして直列結合した熱交換器の低温サイドは上向き蒸発ー下向き凝縮、高温サイドは下向き蒸発ー上向 き凝縮になるように配置したいという。

コマーシャル・プラント

ブレーズド・アルミ熱交換器では低温サイドは上向き蒸発はやむをえないかと考え、これを承認した。

ところがコマーシャルプラントが完成して試運転してみると今度は高温側熱交換器内部でピンチポイントが発生し、設計発電能力に達しないし、低負荷運転もう まくゆかない。高温側の並列熱交換器の基数が多すぎて上向き凝縮通路で の流速が低いため、上部の沸点の低い液の一部が重力で逆流すると下部の凝縮温度が下がって、ピンチポイントが発生していると推測した。最近思い出してPRO/IIで シミュレーションしてみると最大30%の逆流があれば、凝縮温度は6oC下がる。設計温度差は同程度なので温度差ゼロとい うピンチポイントが発生し、熱交換器内部がどこでもマイナス80oCに固まってしまい、出入口がすべて同じ温度になり運転しても意 味がない状態になる。混合冷媒は閉鎖系を循環するためあらかじめ準備したホールドアップの一部が循環しているわけだ。高温熱交側で重質留分がスリップ蓄積 すれば循環する混合冷媒は軽くなり、低温側での凝縮温度も下がり気味になることも事態を悪くする。

空気ー水系の透明モデルを作って確認すると逆流が確認された。6基ある高温サイドの熱交換器のうち2基を撤去することで解決した。

低温サイドの熱交換器の上向き蒸発でもLNG液の一部が逆流している。LNGはワンスルーであるから重質分が蓄積して沸点上昇している。しかし熱交換器の 並列基数がすくないため、1基撤去すれば伝熱面積が不足してしまう 。やむを得ずそのままにした。

結局、ぎりぎり 最大出力と最低負荷保証値を出せたのでこれでよしとした。この逆U字方式は混合冷媒の逆流というリスクはあったのだがタービンをコールドボックスの上に設 置せずに済むというメリットがあった わけである。住友精密の技師長殿と私は責任者としてキツイ判断を強いられたが、結果良ければすべてよし。互いに引退のときまで尊敬の念を持ち続けることが できた。

結論としてブレーズド・アルミ熱交換器であろうと、スパイラル・ワウンド熱交換器であろうと2相流動現象は同じ原理がはたらくということを学んだ。ただ構 造上ブレーズド・アルミ熱交換器は上向き2相流で問題を起こしやすいことを学んだ。また液化サイクルは徐徐に冷却できるがガス化サイクルは温度変化がキツ イということも学んだ。

発電機はかって自家発電用につかっていた6,000kWの中古の在庫品を利用したと記憶している。

この商用機は今でも21年間安定して稼動している。グーグルマップにリンクしてその航空写真を下に表示した。コールドボックス、タービン建屋、海水散水式 のスーパーヒーターなどがはっきりと見える。

 
大きな地図で見る

1998年に連続運転10周年を一緒に祝いたいとTガスの担当者から声がかかった。完成したばかりの最新の地中タンク内部にも入らせてもらった。この人か ら、

「大学を出て、この会社に入っては見たが、LNGを買って来て海水を振り掛けて気化させるだけでは、技術者としてやることがない。つまらないと思っていた が、この冷熱発電装置開発は技術者としての醍醐味を充分味あわせてもらった」

と述懐されていた。それは私も同感で、波乱万丈で充分楽しませてもらったと感謝している。しかし続けて彼が

「あなたが来て立て板に水で説明してくれたものを議事録として残そうと皆からメモを集めると、書いてあることが互いに矛盾していました。結局、あなたの正 しい発言はなんであったかは謎として残ったものです」

と言われてしまった。そうであろう、夢中で話し出すと話したいことが、しゃべるより早く沸いてくるのでどうしても主語と目的語が抜けて述語だけしゃべって 次に移るという悪いクセがあるのだ。このクセは未だに直らない。文章は後で修正できるが、書き下ろし 直後はひどいものだ。

 

反省

後日、エアプロダクト社の友人から

「この逆ポドビルニアク・サイクル適用のLNG冷熱利用発電装置を共同で開発したかった」

と言われた。混合冷媒にかんしては沢山教えてもらったのだから信義と友情の面からは裏切ったことになり、弁解の余地はない。そしてエアプロダクト社と共同 開発したら多分、コールドボックスを開けて余分な熱交換 器を撤去するというようなヘマをしなかっただろう。しかし失敗を通じた真の技術の取得はできなかったと思う。

 

PRO/IIによるシミュレーション

本プラントの設計は1980年当時社内開発されたプロセスシミュレータCAPESで設計された。このたびインベンシス社のご好意でPRO/IIを 試用する機会を得られたので全く仮想的なシミュレーションを試みた。想定条件や結果は実プラントと一致している保障はないが、その規模と出力は記憶と一致 した。


後日談

2014年になり、技術開発の決断をされたT社のA氏から決断後の苦労話を聞いた。以下の通りである。

開発担当部にもちこむとそんなことは信じられん。と却下されてしまった。やむを得ず、日本初のLNG基地である根岸工場新設の責任者であったた め、予算250億円をもっている。これを自由にすればよいと腹をくくった。だからその範囲でやりくりしたという。

技術革新は 末端に自由裁量を与えて、利益は末端のものという欧米の流儀と同じ仕組みだったのだなと思う。今のTガスは殆どT電と同じ官僚組織になっている。このままでは日本はますます没落するだろう。

January 31, 2005

Rev. August 1, 2014

回顧録目次へ


トッ プページへ