化学工学誌1992年2月号巻頭言

コーヒーと石油

昨年、ブエノス・アイレスで開催された世界石油会議で、ある講演者が原油の価格がいかに安いかを訴えんとして、会場となったホテルのコーヒー価格はバーレル当り1,000ドルになると紹介された。原油の50倍もするわけである。このホテルのコーヒーが特別に高価だったわけではない。この講演者の言いたかったように石油は実際安いのである。

現在、世界のエネルギーの約60%は石油/天然ガスに、30%が石炭に依存している。実に90%が化石燃料に依存しているわけである。現代文明は石油に支えられていると言っても過言ではない。このような認識に立っているからこそ、湾岸危機の折り、米国は断固として立ち上がったのであり、何もせず傍観していた日本人がある種のやましさを感じたのもここに原因がある。

世界が平和になると、人間の果てしない欲望はより良い住環境を求めて動きだす。これが、最近の地球環境保全意識の高まりの原因の一つであろう。特に豊かな国が地球環境保全に熱心であり、発展途上国の人が生活のために木を切るのも困るという気分があることからも推察できる。発展途上国の人々は日々の食料を得ることすら大変であるということに気がつかない驕慢さである。炭酸ガスと地球温暖化の相関などは一部の科学者の純粋に知的な研究対象であったものが、政治の世界で取り上げられ、いまや専門の学者でも温暖化仮説に疑問を呈することすらはばかられることとなってしまった。

このような訳で、「持続性のある開発」をするための技術、すなわち炭酸ガスを固定する方法の開発などが国家目標となっているが、これが容易でないことは、熱力学を噛った人ならすぐわかることである。仮にそのような技術が開発されても、数倍の化石燃料が必要となることは容易に推察できる。将来の人類が必要とするかもしれないものを浪費してしまってよいのであろうか。新エネルギーの開発は時間がかかりそうである。しかし、技術開発対象としてはこれほどチャレンジングなものはない。若く意欲的で才能のある人が一生かけるテーマとして不足はない。基礎からやりなおす覚悟で地道に取り組んでほしい。

私は、しかし、人類にとって緊急な課題は「持続性のある開発」のための技術開発より人口問題の解決が優先されるべきと思っている。人口爆発は今も続いている。一方、先進国での実績によれば、人々が快適で豊かで知的な生活を送れるようになると、人口増加は止ることがわかっている。となれば、将来開発されるかもしれないエネルギーなど待ってはいられない。当面利用できる化石燃料と現在可能な技術をもって全人類の生活水準を引き上げてしまった方が、過程において、環境へのインパクトはあるにしても、早急に人口の安定化が生じるので、結果として将来の地球環境への影響はむしろ小さいのではないかと思う者である。

われわれ先進国のできることは、われわれの持っている先進技術を出きるだけ速やかに発展途上国に利用してもらう手立てを講ずることであろう。


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