一升枡遺跡

2007年3月7日、裏大仏ハイキングコースから極楽寺に向かう途中、長谷配水池脇から馬場ヶ谷を 下って極楽寺に向かわず西側の尾根伝いで鎌倉山にゆくルートはないかと長谷配水池脇からかすかに見える踏み跡に入った。結局、この尾根を取り巻く谷(やつ)は住宅が密集し、いずれも背後の崖をコンクリートで固め、フェンスを取り付けてあるので、下に下りることはできな いと判明したのだが 尾根を往復する途中、尾根上に桝形の土塁に囲まれた遺構を発見した。鎌倉時代に構築された遺跡と見た。

後に世界遺産登録をめざしている国指定史跡「一升枡遺跡」と知る。 「一升桝」の北約100メートル付近には尾根が広くなっている。これも鎌倉時代のものかとおもったが、この平場はトレンチの発掘調査が行われていて、泥岩塊を敷いた面が確認されているようである。また焼土、および土師器の破片が集中する箇所があり、弥生時代末期から古墳時代初頭の住居跡と推定されているようである。

鎌倉園近くの鎌倉山遊歩道から 弥生時代末期から古墳時代初頭の住居跡と鎌倉時代の一升枡遺跡のある尾根を望む

馬場ヶ谷に並行する西側の尾根に散策路を付ければ観光資源として活用できると思うのだが、私有地となっていて道を付けられないのだという。

一升枡遺跡は世界遺産登録をめざしている国指定史跡の一つである。

黒文字は世界遺産登録をめざしている国指定史跡

April 13, 2007


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