箱根

深良(ふから)用水、湖尻峠ハイキング

1999年9月4日、秋雨前線による雨模様にも関わらず、アルプス行きのため新調した登山靴の履き慣らしととゴアテックス製登山用雨具のテストのために グリーンウッド夫妻は箱根にハイキングにでかけた。湖尻から湖尻峠に登り、長尾峠にぬけようという企画であった。

湖尻→湖尻峠→湖尻はピンク色ルート

湖尻水門近くの駐車場に車を止め、芦ノ湖沿いに林道をゆくと深良水門という所に出た。案内書によれば、ここから芦ノ湖を巡る林道から分かれ、登り道を登れば湖尻峠だ。外輪山に囲まれたはずの芦ノ湖から水が流れ出す所は自然が形作った地形からして湖尻水門一箇所しかないはずだが、と訝って深良水門というものに近寄ってみると意外にもかなりの水量が水門から流れ出している。この水はいづくへと目をやると、かなり速い流れは、山腹に穿ったトンネルに吸い込まれている。それで合点がいった。早川の源流の巨大な湖尻水門から水が流れ出しているのを見たことはない。芦ノ湖のすべての水はこの小さな深良水門から流れ出しているのだ。深良水門近くに「深良用水の沿革」というの立て看板がある。「徳川四代将軍家綱の時代、小田原藩深良村(現在の静岡県裾野市深良)の名主大庭源之丞が旱害に苦しむ村民を救いたいと浅草の商人友野与右衛門に工事を懇願した。与右衛門は箱根権現の支援のもと徳川幕府の許可を得て寛文6年(1666年)8月にトンネル工事に着手。3年半で1,280メートルのトンネルを完成させた。7,300両を要した」とある。

そういえば小学生のころ箱根用水というモノクロ映画を観た記憶がある。記憶が間違っているかもしれないが、両側から掘って途中で繋いだという話しではなかったかとおもう。大変な苦労だったという印象であった。地図によればトンネルは直線ではないらしい。どのような技術を使ったのか興味深い。丁度湖尻峠の下を西側に通過し、裾野市の方角に流れている。湖尻水門から放流しても早川の水は水田に使われることもなく、小田原の海に流出してしまうのだから、深良用水の有効さは確かである。300年以上使われてきた息の長い用水であるゆえんである。

kojiri.jpg (11299 バイト)

湖尻峠

この下を左から右に深良用水トンネルが貫通している。道路は箱根スカイライン。

深良水門から湖尻峠への登坂路は箱根町によって石畳になっているが雨で濡れると苔で滑って大変登りにくい。バランスを崩した時、ステッキ代わりに使ったこうもり傘を壊してしまった。湖尻峠から長尾峠に抜ける尾根道は芝で大変歩きやすく、見晴らしもよく、爽快なハイキングコースである。今回のコースのピーク近くの平地でエスプレッソを作って休憩。休憩中雨が降り出す。かってイザナギ氏の野外演奏に出会った箱根スカイラインの駐車場から湖尻水門に向けて下山した。後半はかなりの雨のなかの下山を含む3時間の慣らし登山であった。

1999年9月4日登山

Rev. February 4, 2006


トップページへ