オランダの水利

オランダ全土の利水がどうなっているか、アムステルダム大学近くの本屋で50ユーロはたいてオランダ全土の水路図を買い求めた。これは航行用の水路図ではなく、自転車で自国を観光する人のためのガイドブックである。112枚のA3の道路・水路地図がルーズリーフ式の添付されている。

かってスキポール空港からハーグに向かう高速道路の頭上を直交する運河を見て驚いたことがあったので早速調べてみた。たしかにスキポール空港の南側にあるWesteinder湖とその南西にあるKager湖を連結している運河が高速道路の上を横切っている。Kager湖から更に西に北海に開口する運河が掘られているが、出口にはロックがあり、運河側の水位を高くするように設置されている。その目的はKager湖を海面より高めに維持し、アムステルダムと北海を連結する北海運河にKager湖から北上する運河を連結するためと察せられる。

北海運河の水位は大堤防で北海と仕切られた淡水湖、アイセル湖と同じ水位である。アイセル湖の水位は北海のアムステルダム標準水位より若干低くなるように、北海運河と大堤防に設置されたロックを開閉して調節しているのだろう。アムステルダム標準水位は北海の低潮位も高く設定されているので北海の低潮位時にこれらのロックを開放すればポンプを使わずに排水できる仕組みと見受けられる。なにせアイセル湖にはライン川の河口デルタ支流のアイセル川が流れ込んでいるので、ポンプで排水するのには多すぎるのであろう。ライン川とアムステルダムを結ぶアムステルダム運河には水門があり、アムステルダム運河に流入する水量を調節している。またライデン市を流れる旧ライン川の水もユトレヒトの南にあるアムステルダム運河との分岐点で水門により流量調節されている。結局ライン川の水の殆どはワール川経由、ロッテルダムで北海にそそいでいることになる。

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干拓地とその干拓時期

ダイダイ色:1300-1600

赤色:1600-1900

紫色:1900以降

空色:1900以降の干拓計画が中断し、いまだ淡水湖のまま

アイセル湖の周辺にはポルダーと呼ばれる巨大な干拓地が幾つも点在している。マイクロソフトのエンカルタの資料によれば、紫色の干拓地は1,900年以降に干拓されたものらしい。この図の空色のMarker海は20年前にアイセル湖を横断する締め切り用の堤防が完成した時点で干拓は中断された。もう永久に干拓されることはないであろうと思われる。干拓して農業をおこなってもGNPには寄与しないからである。Marker海締め切り用の堤防はコペンハーゲンへ飛ぶボーイング737の窓から見えた。自動車用道路に使っているらしい。それぞれの干拓地は環状運河で囲い、環状運河の水はアイセル湖に流れ込んでいる。干拓地面は環状運河の水位より数メートルは低く、干拓地に降る雨水は格子状に掘られた排水路で集水し、Gemaarと呼ばれるポンプステーションで周辺の環状運河に揚水している。かってはこのポンプは風車で動かしたが、今は電動ポンプに替わっている。

今でも観光目的で稼動させているザーンセ・スカンスの風車が並んでいるザーン川の水位も北海運河の水位とほぼ同じだが、周辺の干拓地の水位は1メートルは低い。これは次ぎの写真で判ると思う。ちなみにこの風車は揚水目的ではなくピーナツを磨り潰し、ピーナツ油を絞ったり、岩石を砕いて、顔料を作る目的で使われていたもので今も観光用に稼動させてみせてくれている。

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干拓地はザーン川の水位より低い

大堤防にバスで行く途中Wieringer海干拓地の環状運河沿いの道路を走るが、これも1,900年以降の干拓地である。干拓地の排水溝の水位は環状運河の水位より4メートル位は低いのではないかと見えた。

アイセル湖を北海から仕切っている大堤防は長さが30kmもあって対岸は見えないが、これを建設したのは干拓地を囲む環状運河の総長300kmを今後維持してゆくよりも無駄な費用を使わないですむためとされている。当然堤防の高さは嵐の時の高潮位より高くとってある。超多量の淡水の資源としての評価も高いようである。海水側にはカモメが群れているが淡水湖側には海鳥は居ない。

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大堤防、右が淡水のアイセル湖

ヒートホールン村を訪問した折、ヒートホールン干拓地の排水ポンプステーションを探しつぶさに見学した。ちなみにヒートホールン干拓地は大きくはないが、1,900年以降に干拓されたようだ。下の写真は干拓地に溜まる雨水を排水溝と直交する約2メートル水位の高い運河に揚水している。排水ポンプは何の変哲もない縦型遠心ポンプだが、水路をながれてくる牧草や農作物のクズを取り除くスクリーンが場違いとおもわれるくらい立派である。経験で学んだものであろう。このポンプの担当する干拓地の面積が小さいのでポンプは1基設置されているだけである。水位計が付いているので自動運転なのだろう。雨が少ない時期なのでポンプは稼動していなかった。揚水された水が流れ込む運河の水位はヒートホールン村周辺の湖水と同じだがまだアイセル湖より低いのでもう一段大型のポンプステーションで湖水と村周辺の降雨全てを更に揚水している。

ポンプステーションと運河の向こう側にある農家の主婦に無断で私有地に入り込んだと誰何され、事情を説明すると丁寧な説明をしてもらった。農家の主婦でも英語はなんとか通じる。英語とオランダ語の差は日本語と朝鮮語の差もないと感じる。

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ヒートホールン干拓地の排水ポンプステーション

アムステルダムとユトレヒトとの中間点にかって泥炭を採掘した後が湖になっているところがあるが、この水位は近くを通るアムステルダム運河と同じようである。

以上総括すると一分の隙もみせずに管理していないとオランダという国は水に没するということを肌で感じて帰国した。地球温暖化にはそれだけ敏感で国民は自転車の愛好者というより国民の足は自転車といっても過言ではないだろう。干拓地には近代的風力発電機がいたるところ林立しており、フリースランドの大きな農家などは1基2億円もする大型風力発電機を自宅敷地内に持って売電している。

またどんな辺鄙なところにも高圧送電線を除き、電柱はなく、辺鄙な片田舎の農家にもすべて埋設ケーブルで電力も電話も繋がっているということは、この一分の隙もなく管理しなければ、国がたちゆかないという事実から来るのだということを感じた。帰国して鎌倉の町の電柱がいやでも目につく。日本は残念ながら二等国と認めざるをえない。これでは観光立国は無理であろう。

グリーンウッド氏が現役時代、シェルの仕事でエンジニア達はあのしつこいDEPという技術規格に泣かされたものだが、あれはオランダの国家仕様そのものではないかという感を深くした。電柱がないということは変圧器はコンクリート製のサブステーションに収納しなければないわけで、このコンクリート製の箱は村の中にちょうど製油所のなかのように配置されている。全土のケーブル埋設図がなければ地面に穴も掘れないわけ。それでいて水路の護岸が木製というのも温かみがあってよろしい。まあ日本の川は暴れ川だら、コンクリートになるのかもしれないが、味気がない。ウォルフレンの言っている。意志流通系統が上下1本通って国がはじめて成立するという意味もここから来ていると認めざるをえない。それでいて個人には自由を許すというケジメがいい。

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2003/10/10


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