小話集

シリアル番号 3

書名

商社マンのうちあけ話ー船をかついで世界を駆ける

著者

細木正志

小話タイトル

出張者が赤痢にかかった!

私は課長で東京におりまして、課員のF君がインドに出張中のことです。F君から下痢と血便が激しく、医者から「真正赤痢に罹った」と言われた、という連絡が入りました。想定さえしていなかったケースだけに、どうしたらよいのかただ呆然としたものです。

まず会社の医務室に駆け込んで、専門医の指示を仰ぎました。専門医から二点を厳命として言われました。一点目は飲んだ薬、これから飲む薬をすべてインドの医師から正確に聞いて英文で良いから連絡するように、との事です。飲んだ薬を聞けば今どういう状況にあるか判断できるし、こちらから状況説明も、必要に応じた連絡も出来る、と言うのです。そして二点目は「帰国させてはいけない」でした。赤痢はインドでは法定伝染病ではなく自宅療養も可能なのですが、日本では歴然とした法定伝染病で隔離されることが必要です。もし内緒でこっそり帰ってきたりすると、成田空港からバスから自宅から、彼の足跡をすべて真っ白になるまで消毒しなければならなくなる。大変な迷惑を周りの人にかけることになる、というのです。直った時には「赤痢に罹ったけど菌はもうない」というCertificateが貰える筈だから、必ずそれを持って帰国されたい、と言うことでした。

この二点をF君に伝え、飲んだ薬などを会社の医務室の先生に伝え、引換えに医務室からは説明等を聞いてF君に伝えるといった生活が始まりました。どうも誰かを出迎えに行った飛行場でウッカリ飲んだ冷たいジュースの氷が原因らしいとの事でした。ところが事態が一段落してもF君は入院しないで相変わらずホテル暮らしなのです。「日本では法定伝染病なのだから、せめて入院するように」と伝えた返答に、逆に私が驚きました。F君が言うには勿論病院に行ったし病室も見たが、ベットの上に患者はいるけど、ベットの下にもモゾモゾと患者はいると言うんです。病院では大部屋に大勢の患者がひしめいているようです。しかもいろんな種類の病気の患者がいるらしいので、赤痢が治っても別の菌にやられるリスクが大きいとF君は直感したそうです。「ホテルの方が清潔で安全と思います」というF君の直感は正しいと思いました。しかしホテルにいると電話が通じるのでF君は血便を出しながらもついつい仕事をしてしまうのだそうで「この男、仕事をしてしまうよぅ!押さえが利かないよぅ!」とはニューデリー駐在員の嬉しそうな悲鳴でした。

赤痢菌には良く効くが副作用のリスクがあるため日本では使用禁止となっている薬があるそうですが、インドではそれを使っているそうで、それが効いたのか赤痢菌はほどなく完治されCertificateも発給され、いよいよ帰国となりました。

F君の奥さんとは電話連絡とっておりましたが、インドは遠い所ですしどうすることも出来ず、さぞかし心配されたことと思います。F君は結局五十日ほどのインド出張となってしまいましたが、こうなったのもイツに仕事の為、会社の為でありますから会社としても何かしたいところです。そこで思いついたのが「ハイヤーでの出迎え」でした。一人の出張員の帰国ではありましたが、大型ハイヤーで成田空港に出向き、奥さんの待つご自宅にF君をお届けし、気持ちの上でも笑顔で一件落着したのでありました。 
 


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