小話集

シリアル番号

書名

商社マンのうちあけ話ー船をかついで世界を駆ける

著者

細木正志

小話タイトル

手を上げたのは誰だ?

私がはじめてロンドンに駐在員として赴任したのは1969年、昭和44年でした。結婚して丁度2ヶ月目に日本出発となりました。当時は駐在員として適正があるかどうか現地ボスの観察期間を設けるとの理由で、赴任後9ヶ月の単身生活が強いられボスがOKと認めてはじめて家族を呼び寄せられる、と言う会社の規則がありました。駐在員としての適正が無ければ家族を呼び寄せることなく一人で帰国させられることになります。高い経費を使って家族まで海外生活をさせて貰うのだから当然と思っていたものです。当時ロンドンでもまだまだ各社駐在員の数は少なく皆目を輝かせていたように思います。

さて私も9ヶ月を経て無事ボスのOKもとれて、女房到着をヒスロー空港に出迎える朝となりました。結婚後2ヶ月の新婚生活のあと9ヶ月の別れ別れの生活の後の再会です。当時日本航空はこのような奥さんと再会する出迎えの夫は特別にゲートの中に入れてくれました。その日も私の他に同様な人が4人居たようで男5人横一列になって奥さんの到着を胸ドキドキで待ったのであります。いよいよ日本からの入国者がボツボツと遠くに入ってくるのが見えました。目を皿のようにして我が女房を捜しました。先方からもこちらが見えるらしく、こちらが「あの人が女房だ!」と思った瞬間に彼女もこちらを確認したらしく大きく手を振ったのでした。思わず私も手を振りました。ところがです、私の横にいる男が2人即ち私を含めて3人が同じように手を振って彼女に答えたのでした。

3人ともバツが悪そうにさりげなく手を下ろして、何も言わずに出口の方に移動したのですが、その心情は痛いほど理解できるものでした。女房にあとで「手を振ったか?」と聞きましたが、「夢中で良く分からない」との返事でした。 ということは私が他人の奥さんに手を振ったのかも知れません。


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