読書録

シリアル番号 620

書名

信無くば立たず

著者

フランシス・フクヤマ

出版社

三笠書房

ジャンル

歴史

発行日

1996/4/10第1刷

購入日

2004/01/18

評価

原題:"Trust" The Social Virtues and the Creation of Prosperity by Francis Fukuyama 1995

「歴史の終わり」を書いたランド研究所のフランシス・フクヤマが何が繁栄の鍵を握るのかに応えた書。

日本は伝統的に権威と権力が分断されていたため、集団主義の基礎となる人と人の信頼感を大切にする文化を持つにいたった。この文化がヒエラルキーを 持った巨大組織を作ることを可能にし、日本の繁栄の基礎となっている。

ドイツはギルドの伝統にたつブルーカラーの見習制度のおかげで落ちこぼれ意識なく、職業訓練を受けられるので協調的な中間層が育ち経済の反映の基盤 となっている。

中国の儒教は家庭の絆を中心におく。また強力な中央集権国家であたっため、中国人とその周辺の華僑は伝統的に信頼感情は家族間にしかなく、家族ビジ ネスで大成功しても大企業にまでは発展しない。国家が大企業を無理に組織しても、不能率となり失敗する。これを今後の中国が克服できるかどうか?

唯一韓国が家族主義を脱して、巨大組織を編成できる社会に移行できたのは政府の巧妙なリードがあったためであるが、基本的には中国のような家族主義 は変わってはいない。今後どう推移するか興味ある。

ラテン系カトリック諸国は中央集権国家であり、これも家庭の絆を中心におく。フランスのバカロレア制度は大部分の人に落ちこぼれ意識をもたせて協調 精神を奪っている。

共産主義諸国も中央集権国家で、個人と国家の中間層を徹底的に破壊した。

今は個人主義のように見える米国でも鉄道時代に大組織が成功し、経済的に世界のトップになりえたのはやはりプロタンティスムに由来する人と人の信頼 感を大切にする文化があったからである。しかしその米国も次第に個人主義的傾向がつよくなってきている。フォード社に代表されるテーラー主義、人間をシス テムの歯車にしてしまう新古典派の経済効率論が相互の信頼性を断ち切っている。技能の知性化を即すセル方式やブロードバンディングが生み出されて成功して いるのをみれば分かる。

というのがそのおおよそのロジック。

この論によれば日本社会のもっている高信頼社会の有利さは本質的であるということになるので日本の過去10年の沈滞は単純にインフレを恐れた速水総 裁の失敗によるデフレ環境下で日本の相互保証制度が無駄に苦しんだだけということになる。中国がインフレ・イーターだと喝破し、積極的にインフレ政策を とっている福井新総裁のもとで日本の急激な景気回復があったことで証明されたのかもしれない。(インフレ期待気分を作れというクルーグマンがズーット主張 してきたことをようやく実施しただけだが。)むしろ過去10年間の日本の人員削減にともない人々の間の信頼性を失った痛手が今後尾を引くことになるかもし れない。それから最近の中国の躍進の説明がない。フクヤマのいうように中国人の家族主義はそう簡単には打破できないとすれば、日本からの資金・技術に加 え、信頼性をベースとする経営スタイルをそのまま中国が受け入れたことが中国の成功の秘訣とでも説明するのだろうか?

為替に介入しているのは財務省で日銀ではない。円のドルペッグを人為的に継続すると歪がたまり、市場に翻弄されてアジア金融危機のようなことを誘発 するのではないかと危惧している。

Rev. December 17, 2011


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