読書録

シリアル番号 1290

書名

なぜ大国は衰退するのか 古代ローマから現代まで

著者

グレン・ハバート、ティム・ケイン

出版社

日本経済新聞出版社

ジャンル

経済学

発行日

2014/10/24第1刷
2015/1/19第3刷

購入日

2016/09/21

評価



原題:BALANCE The Economics of Great Powers From Ancient Rome to Modern America by Glenn Hubbard and Tim Kane

鎌倉図書館蔵

グレン・ハバートはコロンビア大教授、ティム・ケインはハドソン研研究員

学士会報920号に掲載の阪大名誉教授川北稔氏の「近代世界システムの課題」という講演録に「一国史観」を離れ、「国民国家の枠を超えた」歴史の見方という話を読んで、ヨーロッパとアジアの文明の違いの原因に思いをいたしていたため、これを借りた。

表紙裏にある要約には著者は歴史上と現代の大国の興亡を、行動経済学、制度経済学、政治学などの知見をベースに読み解き、経済的不均衡が文明を崩壊させ、 経済的な衰退は制度の停滞によって生み出されることを明らかにする。そして米国も同じ運命をたどる可能性があると指摘。日本も明治維新以来の衰亡か再起か の分岐に直面していると警告し、処方箋を書く。


●序論

大国は必ずと言っていいほど「自国の停滞が内的な要因の結果であることを否定する。そして中央集権化が進み、将来を犠牲にして現在を浪費する」という決まったパターンを描く。

日本に始まる東南アジアの急速な発展は技術を初めて発見するというコストが不要だったため、急速にキャッチアップした。これは収斂理論と呼ばれる。

しかしラテ ン・アメリカやアフリカでは収斂はみつからない。それどころか、日本のようなフロントランナーですら人口当たりの収入が欧米の80%で成長がとまるという 「成長の天井」があることが分かっている。その理由は中央統制的な資本主義では100%に達するのは無理で、コモディティ―品を多量に生産しても天井は超えられない。これを突き破るためには企業家精神に基づく別の種類の経済活動が必要 となる。しかし中央集権がつよいとこれが阻害される。

衰退主義は「その時代の粋で知的なポーズ」としていつでも登場する。この衰退主義に活を入れたのは大日本帝国とナチドイツであり、戦後はヨシフ・スターリ ン率いるソビエト連邦だった。そしてソ連の後、急速に成長した日本が悪役を引きついた。現在では中国がその任についている。


●ローマ帝国の没落

ローマ帝国が長く続いた要因は世襲的な支配ではなかったため。ローマが官僚機構なしで統治できた秘密は都市制度にある。各都市は自治が認められ、連邦主義的な統治機構だったためである。通信と輸送速度が遅い時代はこれで対応できた。もう一つ、財産権を認めた法制度にある。

衰亡の原因は銀コインの改鋳による超インフレである。グリーンランドの氷床に閉じ込められた鉛は紀元前後にピークがあるがその後さがり、このピー クを再び越え るのは1750年であった。これは銀の生産が鉱山の枯渇で止まったことを示している。同時に硬貨の質の低下がみられる。すなわち貨幣の改悪により、イ ンフレーションが発生し、貨幣経済が崩壊。食料補助など国家社会主義維持のための財政支出にバランスする収入を増すための増税、民主制の下で特定利益集団 が状況の改善をせず、自らの立場を守るために必然的にとる「集合行為」は結局レントシーキングの温床になる。ローマの軍が権力を独占したため、文官と武官 の権威の分離が無くなり、レントシーキングが激しくなる。こうして最終的には軍隊、砦、船、国境防衛に支払う金が底をついた。


●中国の宝船

西暦元年から中国を支配して王朝は12あり、全て軍事的失敗が衰退の原因のように見える。しかし真の原因はやはり経済である。中国という文化と制度は王朝 の交代でも変わらず継承された。儒教と首都が歴代の支配者を飲み込んで支配者を交代させたのである。ローマは衰退して滅亡したが中国は永遠の静止状態に 陥った。それぞれの王朝は財政収支バランスがとれずに軍事的に弱体化した。収支バランスを悪化させたのは中央集権化した官僚制の高コストである。

ローマは紀元400年ころ何らかの産業革命をしていたら衰退はさけられたのだろうが、それがかなわず「マルサスの罠」に捕らわれた。しかしこれは幸運でもあった、ヨーロッパが都市国家に分裂していたため、長い暗黒時代の後、都市国家間の競争が発生し、勃興してきた。ケネス・ポメランツの 指摘のように中国はヨーロッパにそん色はなかったし、ジンギスカンはグローバリゼーションの創始者であったにもかかわらず、中国は分裂はしなかったが次々 と交代する王朝の支配下にあったため、全てを決める皇帝とその官僚が孤立主義から開放主義へ、また孤立主義と方針をころころと変え、没落してゆくのだ。洪武亭、永楽帝、洪熙帝の宝船に関する 180度方向の違う方針で衰弱してゆく。現在の中国は依然として中央統制経済であり、制度的に発展の可能性は低い

●スペインの落日

スペインの大国としての成長基盤は経済、特に新大陸の銀の発見だった。この銀がスペインの陸海軍を支えた。皮肉にもその銀の量がおおすぎて貨幣価値は下 がった。幸運な政略結婚で多くの土地が統合された。しかしスペインは資本主義的な発展を軽視し、商人を敵視し、ユダヤ人や非カトリック教徒を追放した。そ して結局財政不均衡で覇権国から二流国に転落した。

スペイン政府の役目は商業活動や職業に許可を与え、見返りに税を徴収するという思想が強い。これがスペイン流財産権であるが、現代では中央集権化した公私 の権力からわが身を守る権利という北ヨーロッパ流財産権に変わっている。英国の産業革命はこの財産権の意味が現代の定義に変わったときに生じた。スペイン のような強い政府が民間活動のジャマをする効果を経済学ではクラウディングアウトという。スペインではこれが生じていたのである。

ローマ帝国での徴税の中央集権化は、地方自治の消滅と対になっている。スペインを作ったフェルナンドとイザベルは抵抗勢力を買収し、中央集権的徴税制度を確立した。これが結局スペインの没落をまねくのだ。

この中央集権的思想の悪影響はスペイン文化を継承したラテン・アメリカの経済不振となって表れている。


●オスマン帝国のパラドックス

オスマン帝国はトルコ民族の戦士オスマン」がイスラム教を奉じて近隣の土地を征服したことにより始まる。1452年にコンスタンチノープルを陥落」させて 東ローマ帝国を終わらせた。オスマン帝国の成功はオスマンの無敵の騎兵隊に征服された異民族は文化的によ抑圧れることはなかった。むしろ才能あるy人材を 登用した忠誠をうけた。西洋で迫害されらユダヤ人やキリスト教徒を受け入れた。しかしササン朝ペルシャでシーア派が台頭してからこの寛容性が消えた。そし て文化面で見ざる聞かざるに陥ってしまった。
連邦独裁制では中国のように皇帝が間違って一挙に崩壊するということはなかった。能力あると認定された奴隷はアスケリ階級に編入され、奴隷軍人はイエニ チェリ軍団に入った。実力主義の土地制度のティマール制やイエニチェリ軍団が君主を支えた。しかしイエニチェリが世襲制になったとたんに権力政治のゼロサ ム・ゲームに参戦し、規制に関するレントシーキングが盛んになり最終的には君主をあやつって帝国を支配した。ローマにもあった徴税を請負制にするタック ス・ファーミングをおこなったが、この権利書が売買されるようになって崩壊した。


●日本の夜明け

日本の台頭と衰退の物語は三部に分かれる。

第一部 1860-1905年、明治維新から日露戦争まで。 囲碁では「布石」 国家管理型・輸出主導型資本主義。
第二部 収斂の20世紀。過酷な植民地支配の成功と第二次大戦の過酷な敗北 囲碁では「手筋」が成功した。
第三部 1990年以降の均衡状態 この終盤」において日本は米国の80%までは追いついたが、日本型は定型的なパターンにおちつき技術的には米国の後追いを続けるだけになっている。囲碁では「後手にまわる」

日本が財政的・人口的トラップから抜け出したいなら、碁盤の石をずべてとりのぞいて初めからやりはじめなければならない。新たな布石とはキャッチアップ型 資本主義から企業家型資本主義にきりかえるということ。互いに手を組んで経済の各部門の発展を阻害している利益集団や政府の規制を開放しなければ天井は 残ったままだろう。大企業、大銀行、官僚組織のレントシーキングによって政治制度の構造改革は妨げられている。日本は21世紀版明治維新なしにはなにもで きない。日本の地方自治制度は江戸時代のような連邦的な構造でないため、経済が必要としている企業家型飛躍を助長する制度的実験をすることができない。韓 国や中国も20年以内に日本と同じ天井にぶつかる。


●大英帝国の消滅

英国の成功はジェームズワットの蒸気機関の開発や水車で動くリチャード・アークライトの精紡機の発明よりも商人階級を下賤の民ではなく、英雄的な人々として受け入れる 文化的容認だった。そして「自由放任」の経済原則が生まれた。しかし英国の失敗は植民地の人々を英国市民として認定しなかったことだ。これに人的資源を手に入れそこない、経済的な不均衡が生じた のである。そしてアメリカの植民地は独立してしまったのである。


●ヨーロッパの統一と多様性

ナチ・ドイツ、ファシズムのイタリアは国家統制主義者が国家を乗っ取り、かって独立的だった民間企業の富を一気に吸い上げようとしたものである。しかし独裁 者の権力が強大になると、富を創造しようという民間は部門のインセンティブは減退する。ナチの経済は12年しか経過しないうちに軍事的に崩壊した。しかし ソ連はもっと長く存在し、その計画経済は崩壊した。


●カルフォルニア・ドリーム

カルフォルニア州はゴールドラッシュ、農業、漁業、そしてハリウッドで栄えた。最後がシリコンバレーだ。面積は日本より少し大きい。国とすれば経済規模は 世界第10位だ。ところがほんの数年前は5位だった。これは崩壊していることを意味する。財政破綻はリスクの高い投資に高いレバレッジで出資したためであ る。あとは年金債務で首が回らなくなっている。制度が悪いのだが、議員の任期が短くなにもできない。

若者が良い職場をさがして移住する「足による投票」で衰退する。


●米国に必要な長期的視野

過去の大国の衰退に見られる共通のパターン、すなわち
@権威の中央集権化
A個人の自由の後退
B創造的破壊を妨げるレントシーキング集団の強大化
C大きな財政出動による民間市場のクラウディングアウト
Dグローバル化の結果「足による投票」
で衰退するのだろうか?
著者は政治的な「囚人のジレンマ」
E年金制度(エンタイトルメント)、国防、教育による財政赤字
を最も危惧している。米国はローマ帝国やオスマントルコの財政的なレントシーキングで不均衡に陥りつつある。

●米国の再生

とはいえ、米国にはまだ時間がある。

●まとめ

大国 転換点 経済的不均衡 政治的原因 行動面での機能不全
ローマ帝国 117-317 財政面、金融面、規制面 福祉国家の拡大、中央集権化した統治、軍事独裁 インフレや自由労働市場が極端化した状況における限定合理性。ローマ軍の集合行為の問題
帝政期の中国 15世紀 対外貿易の大幅な縮小 中央集権的な統治、独裁的な政策立案、官僚の内部分裂 ゼロサム型思考に陥った官僚による損失回避、商人・利得・外国の知識を敵視するアイデンティティー面でのヒューリスティック、経済成長にとっての貿易の重要性に関する無知
スペイン帝国 1550 財政赤字と国家の破産、不適切な財産権 中央集権的な君主制 ギルドの損失回避行動の固定化、生産性向上の機会の本質に関する限定合理性
オスマン帝国 1550-1600 財政面、技術面 政府の中央集権化、神権政治、官僚階級のレントシーキング ゼロサム型思考の官僚による損失回避、外国のアイディアを敵視するアイデンティティー面でのヒューリスティック、経済成長にとっての技術の重要性に関する限定合理性
日本 1994 財政面、構造面 特定利益集団や中央集権的な官僚制に比べて脆弱な民主制 新重商主義を経済成長策とするヒューリスティック、大規模な銀行や企業による損失回避
英国 1770-80 領土面 階級的・地理的エリート層による損失回避 市民権を与える範囲が狭すぎ、市民と被統治者を区別した
EU 2010 財政面 抑制なしの財政赤字と安易な借り入れ、順主権国家のモラルハザード 選挙で選ばれた当局者の時間的視野の狭さ、損失回避、文化的優位性のヒューリスティック
米国 1975 財政面 党派的な分極化 進取的な政策立案者を犠牲にする、政党による損失回避、特定利益集団の集団行動の問題



Rev. August 20, 2017


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