読書録

シリアル番号 1272

書名

やばい経営学

著者

フリーク・ヴァーミューレン

出版社

東洋経済新報社

ジャンル

経営学

発行日

2013/3/14第1刷
2013/4/24第3刷

購入日

2016/03/26

評価



原題 :Business Exposed The Naked Truth about What Really Goes on in the World of Business by Freek Vermeulen

著者はロンドン・スクール・オブ・ビジネスの准教授

この本は数々の興味深いエピソードの集合体である。たとえば;

●「めくら撃ち」はしないよりよい:本田宗一郎は数々の馬鹿げた判断をしたが、数多くの幸運で成功した

●社会には「集団慣性」がある。1712年に英国政府が新聞のページ枚数で税金をかけたので紙面を大きくしてページ数を減らした。この税制は1855年に廃止されたが、だれも小さくしようとは考えなかった

●「プロスペクト理論」:製薬会社の研究費は売り上げの14%。マーケティング費は売り上げの33%。にも拘わらずマーケティング費を削れと いう人は居ない。「自分だけが小さな損をする より、他の人と同じ失敗をして大きな損をするほうがましと」と考えがちだからだ。これからノーベル賞学者のダニエル・カーネマンとエイモン・トヴェルスキーっが「プロスペクト理論」を導いた。日本ではこのパターンが枚挙が追い付かないくらいに多い

●「アビリーンのパラドックス」:ジョージ・ワシントン大のジェリー・ハーヴェイ教授が提唱。7月のテキサスでエアコン無しのビュイックに家族がのってア ビリーンという田舎町までドライブし、安レストランで食事したとき、このドライブはだれも望んではいなかったということが判明した

●「選択バイアス」:第二次大戦中、アメリカの空軍士官が軍用機の一部が他の部分に比べて銃撃される頻度がとても高いことに気が付いた。この士官は敵機の 銃撃にもっとたえられるようにその部分を補強することにした。しかしこれは「選択バイアス」に陥った判断で間違いである。実際には飛行機のすべての場所が ランダムに銃撃されているんである。重要な部分を打たれた航空機は生還できない。傷だらけで帰還した機のその部分がどうでもよい場所だったわけで、補強な ど不要なのだ。映画や音楽の分野に多角化して、結局、コアがなくなって衰退したソニーがこれに該当するのでは?

●「イカロスのパラドックス」:またの名は「成功の罠」。ダイダロスは鳥の羽を集めて小枝に蜜蠟で羽をはりつけて翼を作った。そして息子のイカロスにこ の翼で飛べと命じた。イカロスは簡単に飛べたので自信を得て高く飛び、太陽に近づいた。ところが蜜蠟がとけて、イカロスは大地に落ちて死んでしま う。インテルもMPUの大成功でMPUに特化してしまった。液晶で成功したシャープが液晶に過大投資して台湾メーカーに吸収された。ハイブリッド車で成功したトヨタに待ち受ける罠か?

●「視野狭窄」(トンネル・ビジョン):頭を支配しているエゴが視野を捻じ曲げることで生じる。場合によっては政治がからんで捻じ曲がる。優れたアイディ アが視野狭窄のフィルターを通過するとアイディアが小粒になって価値が下がる。ひどくなると逆の効果がでるように改変される。ファイアストン社がラジアル タイヤがでてきたとき、あえてバイアスタイヤの設備増強して衰退しブリストンに吸収された。コダックもフィルムにこだわって消えてなくなった。日本政府が核燃料サイ クルにこだわる姿勢もこの視野狭窄だろう。大きな負債と原発事業の崩壊が待っている

●「マーケット・ガーデン作戦」:第二次大戦時、ノルマンディー上陸作戦から3ヶ月後、 連合国軍は戦力を二分し、パットン将軍率いるアメリカ第3軍は南方ルートで、モントゴメリー元帥率いるイギリス第21軍は北方ルートで進軍。モントゴメ リーは、後の歴史家に将軍最大の汚点と言われた“マーケット・ガーデン作戦”を立案した。しかしこれは完全な失敗で、これを描いたのが1977年の映画「遠すぎた橋」。失敗の原因は「立場固定」という現象。東芝がウェスティングハウス買収後、買収を決めた経営トップが「立場固定」に陥った

●「クレオソート・ブッシュ」:「探索」が成功して、それが利益を上げ始めるとそれを「活用」して企業は大きくなる。しかし「活用」が優先すると「探索」 は難しくなる。なぜなら「探索」と「活用」は根本的な利益相反の位置にあるからだ。すなわち探索にはイノベーションや想像力が必要なため自主性を重視した フラットな組織構造が必要。「活用」には生産性や効率、コントロール、調整といったものが大切となるからである。そのためには階層やルール、手続きといっ たものが大切となるインテルのCOOクレイグ・ベネットはこの現象を砂漠に生える植物、クレオソート・ブッシュに似ていると表現した。この植物は周りに 他の植物が生えないように土壌に毒素を放出しながら繁殖する。日本の大企業はほとんどクレオソート・ブッシュだが、不幸なことに自家中毒にかかって枯れて きた。日本の造船業は他国より多くの研究費を投じてきたが、新しい船を市場にだすことはなかった。製薬会社も新薬開発は困難になりつつある

●「フレーミング効果」:ノーベル学者ダニエル・カーネマンとアモス・トヴェルスキーの実験。どの方策も同じ結果に終わるのだが説明のしかたで特定の一つが選ばれる現象

●「対脅威萎縮効果」:苦しくなった会社はコア・ビジネスに集中し、コア・ビジネス以外は切り離してコストを切り詰め嵐をやり過ごそうとする。今の東芝?

●「アドレナリン中毒型」:人の集合において組織のなかで地位や役職の階段をあがる人間は野心的で、攻撃的な戦士が、部族の長になることが多い。さしず め、周辺の仮想敵国に備えるためというより民主憲法を目の敵にする安倍首相は「アドレナリン中毒型」なのだろう。こういう戦士た ちはライバルと倒すことをためらわない。しかしこういった長は集団や部族をトラブルに巻き込む確率が高く、組織を破壊する。進化の過程で成功した種は必ず しも腕力が強いからではない。企業買収を繰り返す企業も 普通こうして崩壊する。ほとんどの買収は失敗する。それでも買収を繰り返すのはリーダーがアドレナリン中毒に落ちっているためだ。麻薬中毒患者と同じ。

●ヒーローと受刑者:アップルのスティーブ・ジョッブス、日産のカルロス・ゴーン、GEのジャック・ウェルチなどのヒーローとミネソタの寒い監獄で24年 間の受刑生活を送っているエンロンのジェフ・スキリングやフロリダの受刑房で太陽を柵越しに見る生活を 送っているメディア界の重鎮だったコンラッド・ブラック卿には大きな差がある。この差はそのリーダーの責にできるのだろうか?

●大成功した経営者は本当に有能か?または失敗した経営者は無能だったのだろうか?よくあることは業界で一番の業績をあげた経営者は幸運なだけで概して無能なものが多い。何度か幸運に恵まれるが、いつかは運はきれてしまう。ス ティーブ・ジョッブスとジョン・スカリーを比較すればわかるが、その人と会社のフェーズが一致したときだけうまくゆく。

●でもどちらにせよ一つだけ確かなことがある。そ れは頭がよくなくてはつとまらないということ

●職務の細分化と組織の専門家化により経営者がそれを理解できなくなることが経営の失敗に行き着く。エンロンの崩壊、ユニオンカーバイドのポバール事故、 金融商品の複雑化が2008年の金融危機等が例。日本でいえば大企業の製造業の文系経営者は自分の商品のことはなにも知らない。だから成功するわけがな い。日本のエレクトロニックス産業はこれで崩壊した。


トップ ページヘ