読書録

シリアル番号 1192

書名

放射線を医学する ここがへんだよ「ホルミシス理論」

著者

西岡昌紀

出版社

リベルタ出版

ジャンル

サイエンス

発行日

2014/4/8第1刷

購入日

2014/04/22

評価



著者献呈本

帯に「福島第一原発事故は、広大な大地を放射能で汚染し、地域社会をズタズタに引き裂いた。そんな中、「微量放射線は体にいい」などという「学説」が、何の 論証もなしに、ネット空間を賑わしている。本書は。放射線とガン発生のメカニズムを明らかにしつつ、「ホルミシス理論」の虚構性を徹底批判する」とある。

 ドイツ在住の望月氏から「YABLOKOV et al. の"Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment"(岩波から訳書刊行済み)の TABLE 6.21. Predicted Incidence of Cancer Caused by Chernobyl and the  Resultant Death Toll in Europe from 1986 to 2056 (Malko, 2007) という表を見れば、チェルノブイリ事故が3.4mSv/yで欧州全域でガン死亡率を有意に上昇させていることが一目瞭然。チェルノブイリでは住民が追い出 された区域は主として300km以内の地域だったが、弱い放射線の被害はチェルノブイリから1,800km離れているドイツでも危惧されている。当然中国 の原発事故でもおなじはず。なぜ日本人は中国の原発に無関心なのか」という。

ここはじっくり本書を読まねばなるまいと考えているうちに、東京港で台湾向けのコンテナーからガンマ線がてているとして大騒ぎになった。中から 35μSv/hのガンマ線をだす、トリウム鉱石がでてきた。岩盤浴用に輸出しようとした業者がいたらしい。東電の元副社長T氏や鎌倉プロバスクラブのメンバーの一人もホ ルミシス信者で、同じような鉱石を持っているのを知っている。しかし、たまに温泉に出かけるのは良しとしたとしても、鉱石を家に置いて傍で生活すれば年間被曝レベルは 300mSv/yに達 し、明らかに有害である。どうしてこういうものが規制もなしに流通しているのか。インターネットで調べると300μSv/hのガンマ線をだす鉱石がペンダ ン トになって数万円で売られている。広告にホルミシス効果が期待できると書いている。文部省のウランまたはトリウムを含む原材料、製品等の安全確保に関するガイドライン違反だと思うのだが、このまま野放しにしてよいのだろうか?

さて本書は素人向けに丁寧に基礎からやさしく解説してあってわかりやすい。特に生命の複雑で精妙なメカニズムと放射線の相互作用を丁寧に解説して くれる。放射線によるDNAの損壊と修復酵素による修復、閾値の有無、放射線ストレスによるストレスホルモンの分泌作用、ジョンウェインの死因など多方面 に目配りした考察をしている。

著者は1か所だけ勘違いをしていたと告白する。その勘違いとは新幹線に はじめて高周波料理器を採用した国鉄の担当者が適当にきめた「電子レンジ」というネーミングにあった。そこから「電子レンジ」がβ線を出すと勘違いしたと いう。英語では microwave oven と正しくよばれているが、電子レンジはLANと同じ周波数2.45GHzの電磁波を出すのでどちらかというとガンマ線の親類である。レンジの出力は500W程度だ が、電子レンジのなかに置く500gの水を6min電磁波で加熱したとしても水分子1個に加わるエネルギーはアボガドロ数から0.3x10-23Whにしかならない。一方、セシウム-137が崩壊するときに出るベータ線は512keV(2.28x10-17Wh)で、これが1個の原子に衝突するときのエネルギー密度は電子レンジより百万倍多い。通常の 化学結合のエネルギーは数10eV程度(4.5x10-19Wh) だから電子レンジでは水分子は破壊されない。せいぜい蒸発するだけである。この水がもしDNA分子であってもその化学結合は切れない。ただ生きた猫を電子レンジにいれれば火傷で死んでしまう。

ベータ線やガンマ線でDNAの鎖が 切れて再結合するときは偶然が作用するので、鎖のヌクレオチドの配列がもつ情報が変わってしまい表皮細胞の癌化ということになる。ちな みに電磁波であるガンマ線の強度もベータ線と同じ程度で強い。よく携帯電話の電波と放射線を混同するひとがいるが携帯電話のエネルギーレベルは電子レンジ より更に低い。幼児ならともかく、大人なら全く問題ない。

Rev. May 2, 2014


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