| remember '80s ? |
ジンギスカン
(98jan,00jan11)
概略
ジンギスカンは旧西ドイツの6人グループ。
日本発売全ディスコグラフィ(たぶん)
♪ジンギスカン(無断複製っす) ♪ジン、ジン、ジンギスカーン 彼らのことは知らなくても、このフレーズは多くの方がご存知かと思います。この曲は私を洋楽の世界に興味を持たせたエポックメイキングな作品です。私が洋楽を語る上では欠かすことの出来ない思い出の曲です。 1979年当時、日本で人気のあったディスコサウンドは、正統派ディスコが影を潜め、ヨーロッパ系のサウンドが幅を利かせていた頃でしょうか(ジンギスカンはもちろん、ボニーMやアラベスクといった西ドイツを中心としたミュンヘンサウンドもそのひとつです。これらのサウンドの一部はハイエナジー、ユーロビートへと流れます)。
西ドイツ出身のボニーMを手がけた経済学者を含む2人のプロデューサーによって「第2のボニーM」を目指してつくられたのが、彼らジンギスカンだったのです。
メンバーも、100人近い候補者の中から厳選されました。彼らは「陽気なグループ」「色彩あでやかな衣装」「視覚に訴えるスタイル」「舞台上でのアクション」などを念頭に結成されました。その6人は以下の彼らです。(年齢は1979年当時)
ヘンリエッテ・ハイヒェル:25才。上記ヴォフガングの妻。バレエ、スケート選手の経験がある。 ルイス・ヘンリック・ポンジェッター:27才。南アフリカ出身。バレエを習っていた。 レスリー・マンドキ:26才。ハンガリー出身。以前から色々なバンドを結成して音楽活動をしていた。 エディナ・ポップ:32才。ドイツ国内で歌手として活躍していた。 スティーブ・ベンダー:32才。プレスリーの影響を受け、さまざまなバンドでギターやボーカルを担当していた。後にグループを脱退。
彼らが大々的にデビューしたのは1979年5月(?)のユーロビジョンソング・コンテストです。このコンテストは、ヨーロッパ各国の代表ミュージシャンが国の威信を掛けて出場します(ちょっと大袈裟な表現)。ミュージシャンはそれぞれの自国の公用語で歌い、それを、選ばれた一般視聴者たち(たぶん)がお気に入りのミュージシャンに投票します。そして一番得票数の多かったものが優勝となります。
そのブーイングが意図するように、その曲はヨーロッパで大ヒットします。日本でも1979年6月の発売以降、ディスコを中心に大ヒット。ディスコに縁遠かった当時中学生の私の耳に入ったぐらいですから、その大きさは推して知ることが出来ます。 デビュー曲に引き続き、2枚目のシングル「めざせモスクワ」を発表します。これはご存知のように翌年のモスクワオリンピックを念頭に作られた曲です。彼らもこの曲をモスクワで歌っています。その後も、彼らはコンスタントにシングル、アルバムを発表します。しかし1981年末に発売されたアルバムを最後に、日本では彼らのウワサを聴かなくなります。
しかし、メンバーの1人、レスリー・マンドキが1988年、ソロアルバムを出しました。その中で、「KOREA」という曲をニュートンファミリー(覚えてます?)のエヴァとデュエットしています。 今も、時々彼らのアルバムを聴くことがあります。あんなに純粋に、あんなに気楽に音楽を楽しめた日々を思い浮かべています。 これは、1998年1月に私の別ページにアップしたものを一部修正したものです。 |
(C)1998,2000 Ryouseki