remember '80s ?

ジンギスカン
(98jan,00jan11)

シングル「ジンギスカン」のジャケット 概略

ジンギスカンは旧西ドイツの6人グループ。
1979年5月(?)、ユーロビジョン・ソングコンテストで入賞。
1979年6月、シングル「ジンギスカン」で日本でビュー。

日本発売全ディスコグラフィ(たぶん)
(画像データが多いため、重いです)

♪ジンギスカン(無断複製っす)
(リアルオーディオ・ファイル/62.2kb/30秒/要RealPlayer5以上)


♪ジン、ジン、ジンギスカーン
彼らのことは知らなくても、このフレーズは多くの方がご存知かと思います。この曲は私を洋楽の世界に興味を持たせたエポックメイキングな作品です。私が洋楽を語る上では欠かすことの出来ない思い出の曲です。

1979年当時、日本で人気のあったディスコサウンドは、正統派ディスコが影を潜め、ヨーロッパ系のサウンドが幅を利かせていた頃でしょうか(ジンギスカンはもちろん、ボニーMアラベスクといった西ドイツを中心としたミュンヘンサウンドもそのひとつです。これらのサウンドの一部はハイエナジー、ユーロビートへと流れます)。

西ドイツ出身のボニーMを手がけた経済学者を含む2人のプロデューサーによって「第2のボニーM」を目指してつくられたのが、彼らジンギスカンだったのです。
彼らはジンギスカンを結成させるに当たってある作品を世に送っています。ボニーMの「怪僧ラスプーチン」という曲をご存知でしょうか。この作品は、マーケティング調査を綿密に行い、レコード購買者がどんな曲を欲しているかを調べて作られたのです。確かにジンギスカンの一連のサウンドや歌詞に共通するものが多いと感じます(プロデューサーが同じなので当然ですが・・)。

メンバーも、100人近い候補者の中から厳選されました。彼らは「陽気なグループ」「色彩あでやかな衣装」「視覚に訴えるスタイル」「舞台上でのアクション」などを念頭に結成されました。その6人は以下の彼らです。(年齢は1979年当時)

    ヴォルフガング・ハイヒェル:28才。クラシックピアノを幼い頃から習い、ビートルズに影響を受ける。
    ヘンリエッテ・ハイヒェル:25才。上記ヴォフガングの妻。バレエ、スケート選手の経験がある。
    ルイス・ヘンリック・ポンジェッター:27才。南アフリカ出身。バレエを習っていた。
    レスリー・マンドキ:26才。ハンガリー出身。以前から色々なバンドを結成して音楽活動をしていた。
    エディナ・ポップ:32才。ドイツ国内で歌手として活躍していた。
    スティーブ・ベンダー:32才。プレスリーの影響を受け、さまざまなバンドでギターやボーカルを担当していた。後にグループを脱退。

彼らが大々的にデビューしたのは1979年5月(?)のユーロビジョンソング・コンテストです。このコンテストは、ヨーロッパ各国の代表ミュージシャンが国の威信を掛けて出場します(ちょっと大袈裟な表現)。ミュージシャンはそれぞれの自国の公用語で歌い、それを、選ばれた一般視聴者たち(たぶん)がお気に入りのミュージシャンに投票します。そして一番得票数の多かったものが優勝となります。
英語圏以外のミュージシャンはこの「自国の公用語」がネックとなります。投票するのは一般視聴者なので、その曲が良いか、楽しめるか、親しめるかが判断基準となり、英語以外の曲は受け入れられにくいというのが現状だからなのです。それでも過去には、スウェーデン出身のアバが優勝し、その後スター街道を走りぬいたのは有名な話しです。西ドイツ出身の彼らは当然ドイツ語で参加しました。残念ながら結果は4位でした。その時に、会場ではひときわ大きなブーイングが起こったそうです。

そのブーイングが意図するように、その曲はヨーロッパで大ヒットします。日本でも1979年6月の発売以降、ディスコを中心に大ヒット。ディスコに縁遠かった当時中学生の私の耳に入ったぐらいですから、その大きさは推して知ることが出来ます。
その憶えやすいメロディーラインと奇抜なコスチュームゆえ、当時のタケノコ族も好んで取り上げました。

デビュー曲に引き続き、2枚目のシングル「めざせモスクワ」を発表します。これはご存知のように翌年のモスクワオリンピックを念頭に作られた曲です。彼らもこの曲をモスクワで歌っています。その後も、彼らはコンスタントにシングル、アルバムを発表します。しかし1981年末に発売されたアルバムを最後に、日本では彼らのウワサを聴かなくなります。

しかし、メンバーの1人、レスリー・マンドキが1988年、ソロアルバムを出しました。その中で、「KOREA」という曲をニュートンファミリー(覚えてます?)のエヴァとデュエットしています。
数年前、「懐かしのあの人は今」というような番組に、ジンギスカンのメンバーのうち3人が出て何曲か「はしょって」歌っていました。じつはこれが、私が見る最初で最後の彼らの動く姿だったのです。

今も、時々彼らのアルバムを聴くことがあります。あんなに純粋に、あんなに気楽に音楽を楽しめた日々を思い浮かべています。


これは、1998年1月に私の別ページにアップしたものを一部修正したものです。


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