洲藻川沿いに鎮座する白嶽神社。広場を思わせる広い境内は深閑と静まりかえっていた。


白嶽神社拝殿。後方に白嶽の双耳峰が見える。


登山者用駐車場から眺めた白嶽。標高100〜500mほどの山々が連なる中、遠目にも白嶽の偉容は際立っている。


山頂の2つに割れた巨大な岩頭。左が雄嶽、右が雌嶽。
 対馬の中南部、対馬第一の名山・白嶽(しらたけ)を源流として、浅茅湾(あそうわん)の最奥部、黒瀬湾に注ぐ洲藻川(すもがわ)に沿った洲藻(すも)地区に、白嶽神社はひっそりと鎮座している。訪れる人は少ないのだろう。神社に至るまでの案内板は見られない。

 がらんと広い境内の中央に、苔むした石の鳥居と狛犬、その奥にニノ鳥居と拝殿が建てられている。拝殿横の大イチョウと社叢林の隙間から、青空に向かって突きだした白嶽の双耳峰が見える。標高518mとさして高い山ではないが、その堂々たる姿は「嶽(たけ・がく)」のつく山名にふさわしい高山の風格を有している。

 ちなみに白嶽の標高518mは、島の約89%が山地を占める対馬の中で、最高峰の矢立山(やたてやま)648m、竜良山(たつらやま)559m、有明山(ありあけやま)558mに次ぐ第4位の高さを誇る山である。
 山頂からの視界は360度に広がり、浅茅湾の複雑に入り組んだリアス式の海岸線や背骨のように連なる白嶽山系の山々、気象条件がよければ韓国の山影も望むことができるという。

 古代の海の民は、沿岸に沿って航海をしていたため、一度見たら忘れられない特異な山容は、航海の「山あて」となる重要なメルクマール(目標・指針)であり、海人の信仰対象でもあったと思われる。まさに対馬のシンボル的存在といわれる所以であろう。

 登山口から山頂までの距離は2.2km、1時間半で登頂できる山だが、私の脚力ではあきらめるしかない。神社のすぐ先にある登山者用駐車場から、白嶽の特異な山容を仰ぎ見る。

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 当社は、社殿背後にそびえる白嶽を神体山とする山岳信仰にはじまる神社とされ、山頂の2つに割れた石英斑岩(せきえいはんがん)の灰白色(かいはくしょく)をした巨大な岩頭、北を雌岳、南を雄岳を拝むための遙拝所として鎮座したといわれている。

 「神の居る山」神体山には、富士山に代表される秀麗な円錐形の独立峰が多いが、白嶽の場合は山頂の雄岳、雌岳を神霊の宿る磐座として崇敬されたもので、どちらかと言えば異形の神体山と言えるものだろう。
 山の西側は断崖、東側は緩やかな斜面であり、山頂からは眼下に広がる濃緑の原生林は、千古の昔から斧入れぬ原始林として、大正12年(1923)に国の天然記念物に指定されている。

 雄岳、雌岳については、その姿を実見していないが、永留久恵の『海童と天童』(大和書房)には、
 「男岩の頂上部を北面から見ると、あたかもリンガ(男根)の形を呈している。対する女岩は北側の腹部に亀裂があって、その中は大きな洞窟になっている。
 その洞窟の奥に神座がある状況は、いみじくも神話の世界に通じるものがある。それは日本神話の“天岩窟(あまのいわや)”を思わせるだけでなく、高句麗の始祖朱蒙(東明王)の母が墜穴(づいけつ、岩窟)に祀られていたという古伝にも通じる」と記されている。

 祭神には大山祗神(おおやまつみのかみ)と多久頭魂神(たくづだまのかみ)の2柱が祀られている。大山祇神とは、「大いなる山の神」のことで、山岳信仰と結びついた地域の産土神と考えられている。
 多久頭魂神は、「八丁郭(天道法師塔)」で紹介した対馬独自の神・天道法師のこととされている。

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 対馬神道の特異性について、『対馬の神道』(三一書房、1972年)の著者・鈴木棠三(とうぞう)は、以下のように述べている。(p104)
 「第一には、神籬磐坂式の宮の多いことである。而して、神殿は大部分はなはだ小規模なもので、これに拝殿の付随している例の如きは、今日こそ多くなっているが、対州神社誌などに記すところによれば、一部特別の神社に限られていたものの如くである。由緒ある古来の宮居を除いては、神地そのものが信仰の対象となり、その神聖に対する信条は最も堅固であった。……」

 白嶽神社の由緒によると、当社も古くは社殿をもたない神籬磐境(ひもろぎいわさか)式の杜(もり)であったようだ。おそらく近世以降に山岳修検と習合し、山頂を遠望できる当地が遙拝所となり、近代になって信者の集まり「白嶽講」によって拝殿が建てられ、洲藻の総鎮守となったのだろう。大正12年(1923)に須茂乃久頭(すものくず)神社と合併し、祭神に多久頭魂神が合祀されたという。

 対馬は島の約89%が山地で占められており、樹木の伐採が禁じられた原生林が今も多く残されている。対馬神道の特徴は、このような地勢上の特性によって保たれたものであり、「自然そのものを神」と崇める発想に由来 していると考えられる。

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2023年12月23日 撮影


登山道案内板。

案内板。