日本一現役の海女を有する相差町の神明神社。
「女性の願いを一つだけ叶えてくれる」という御利益がSNS等で広まり、多くの参拝客が訪れている。


神明神社には、天照大神を主祭神として現在26柱の神さまが祀られている。


神明神社本殿。平成26年(2014)に55年ぶりの造営が行われ、美しい社殿へと建て替えられた。


石神社の祠に鎮座する石神さま。祈願用紙にお願いごとを一つだけ書いて「願い箱」に入れる。


高さ約60cm、おむすび型をした霊石「石神さん」。祭神は玉依姫命という女性の神様とされている。
 巨石巡礼の撮影地で、人と出会うことはめったにない。しかし、この神明(しんめい)神社は少々趣を異にしていた。境内社の石神社に鎮座する「石神さん」の前に、多くの若い女性客が列をなして連なっている。

 相差(おうさつ)町にある神明神社は、鳥羽市の南端に位置し、南は対岸の安乗崎(あのりさき)とともに的矢湾の入り口をなし、東は太平洋熊野灘に面している。伊勢神宮の内宮から車で40分ほど、さほど交通の便がいいわけでもないごく普通の村社が、なぜこれほど多くの参拝客をあつめる人気スポットになったのだろう。

 この奇妙ともいえる人気の高まりは、平成11年(1999)にはじまる「海女(あま)」と「石神さん」にスポットを当てた町おこしの成功にあるという。
 相差町は日本一現役の海女を有する町である。この町の氏神である神明神社には、古くから安全・大漁を祈願してきた海女の歴史と文化が残されている。いつからか石神さんに「女性の願いを一つだけ叶えてくれる」という評判が広まり、この御利益(ごりやく)が「パワースポット巡り」の流行に乗り、全国から多くの参拝客が伊勢神宮の参拝と併せて押し寄せることになった。神明神社の平成20年(2008)の参拝者数は4万5000人、これがわずか5年後(平成25年)には25万人と、うなぎのぼりになっている。

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 海女漁は、命の危険と隣り合わせの仕事である。一時代前であれば、たびかさなる海の事故を、魔物が原因だと信じ、怯えたのも無理はないだろう。
 志摩地方には、人を誘惑して海底へ引きずり込み人命を奪う「トモカズキ」、人の尻から生肝を抜き取る「尻コボシ」などの魔物が潜んでいるという古くからの伝承が残されている。

 トモカヅキは曇天の日に、一人で潜っている時によく現れる。自分にそっくりの身なりの海女が、ニヤリと笑いかけてアワビを差し出し、海の奥へと誘い込むという。トモカヅキに遭った海女はそれ以降、ほとんど海に潜る仕事はしない。それどころか、その話を聞いただけの近隣の村の海女ですら、日待ちといって2、3日は海に潜らないほど、海女たちはトモカヅキを恐れたという。

 こうした海の災難や魔物から身を守る護符とされたのが、海女たちが海に入る際、磯着や手ぬぐいに記した「セーマンドーマン」と呼ばれる魔除けのシンボルである。
 星型のセーマンは一筆書きで描けることから、魔物の入り込む余地がなく、潜水しても必ず元の場所に戻ってこられるとの祈りから、格子状のドーマンは多くの目があることで魔物をひるませ退散させると言われており、 セーマンは陰陽道で知られる安倍晴明(せいめい)、ドーマンはそのライバル、蘆屋道満(どうまん)の名に 由来するといわれている。

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 神明神社には、天照大神を主祭神として現在26柱の神さまが祀られている。その中の一つ、石神さんの祭神は、日本神話の海の神・綿津見神(わたつみのかみ)の娘である玉依姫命(たまよりひめのみこと)で、初代・神武天皇の母とされている。
 また、石神さんの案内板(写真下)には、「その昔、正月のある晩、島田髷に結った女神が石神さんの元に現れたという」言い伝えが記されている。ここでの「島田髷」は江戸時代に流行った女髷ではなく、古墳時代の女性埴輪に見られる「古墳島田」をさすものと思われる。古墳島田を結った玉依姫命の姿を彷彿とさせることに由来するものだろう。

 こうした伝承から、石神さんは、玉依姫命が降臨するときに降り立った「磐座(いわくら)」と考えられるが、狭義には、石神とは山の神や水の神、雷の神などの自然神を祀るところであり、玉依姫命のような擬人化された人格神を祀るものではなかった。石神さんに玉依姫命の神性が付会されたのは、後世になってのことだと思われる。

 古来より、海女たちは身一つで海に入り、「磯笛」と呼ばれる独特の呼吸法を用いて、伊勢エビやアワビなどの高級魚介類を素潜りで漁をしてきた。それは海難事故と隣り合わせの危険な仕事であったが、これに対して、海女たちにできることは、石神さんに安全・大漁を祈願し、海に入るときに「セーマンドーマン」の印をつけ、これを魔除けとするくらいのものだった。

 おそらく海女たちにとっての石神さんとは、石そのものに不思議な力(神霊)が宿っているという考えから、大切に祀られてきたものだろう。
 磐座が神の降臨する場所とされるのに対し、石神は、「石」イコール「神」であり、のちの塞(さえ)の神や道祖神、あるいは地蔵信仰などに結びつく土着的な信仰要素を含むものであると思われる。

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2022年6月28日 撮影


三重県志摩地方(現・鳥羽市と志摩市)の海女が
身につける「セーマンドーマン」の魔除けの印。



案内板。