昭和56年11月に再建された白髭神社の社殿。


祭神名の記された白髭神社の扁額。


境内北側にそびえる高さ約5mの断層面(東京都指定天然記念物)。


弁慶の腕ぬき岩。岩の下方に腕くらいの太さの穴が空いている(写真右)。


耳神様。
 東京都の最北西端に位置する西多摩郡奥多摩町。JR青梅線の終着駅「奥多摩駅」から奥多摩湖(小河内(おごうち)貯水池)を結ぶかつての青梅街道が「奥多摩むかし道」と呼ばれる遊歩道となって整備されている。旧青梅街道は、江戸時代初期に大久保長安によって整備されたもので、青梅から奥多摩を経て甲府の手前で甲州街道と合流する。

 奥多摩町は東京都の市区町村の中で最も広い面積をもつが、その94%は山林であり、平地といえば多摩川の段丘上にわずかに点在しているばかりである。
 白髭(しらひげ)神社も、蛇行しながら流れる多摩川の段丘上にあって「奥多摩むかし道」約9.4km(所要時間:約4時間)のほぼ中間、国道411号線(青梅街道)の「白髭トンネル」東の高台に小さな社地をもって鎮座している。

 「むかし道」から分かれる石段を上り、重厚な石の鳥居をくぐると、社殿北側におおいかぶさる巨大な岩壁があらわれる。登山用語で、岩壁の面が垂直を超えて傾斜している状態を「オーバーハング」というが、これほど整ったオーバーハングは珍しいのだろう。仰ぎみる断崖は平坦で、白昼の陽光を浴びた壁面は、神々しいばかりに照り輝いていた。

 案内板(写真下)には、壁面の長さは約20m、高さ約5m、「三世紀石灰岩が白亜紀泥質岩の上に急角度で衝上した逆断層の上盤をつくる崖で、下盤の泥質岩はかって多摩川の河床が高かったときの侵食により失われたものと考えられます」とある。

 案内板に記されている「三世紀石灰岩」は「三畳紀石灰岩」のまちがいだろう。概していえば、社殿北側にそそり立つ白髭神社の岩壁は、約6500万年前〜2.5億年前の「秩父中・古生層」(中生代三畳紀)の石灰岩層の断層が露呈したものである。
 断層には、正断層、逆断層、横ずれ断層などがある。当社の断層は、傾斜した断層面に沿って、上盤(うわばん)が下盤(したばん)に対して、急角度でせり上がった逆断層で、向かって右上から左下に走る断層形成時の擦痕が現在でも確認できる。

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 当サイトには、滋賀県高島市の「白鬚神社」と埼玉県飯能市の「久須美の白鬚神社」の2つのしらひげ神社を紹介しているが、当社の「しらひげ」は、あごひげの「鬚」ではなく、口ひげの「髭」が使われている。
 白鬚・白髭・白髯神社が、新羅(しらぎ)系渡来人の奉祀した神社だということは、上記2ページの中ですでに述べた。
 関東で「しらひげ」といえば高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)のことを指す。当社の祭神も、若光を主祭神として祀る埼玉県日高市の高麗(こま)神社から分祀されたもので、かつては猿田彦命を祭神としていたが、後に別名・白鬚大明神と呼ばれる塩土翁神(しおつちおおのかみ)に変わったとされている。

 白鬚神社の分社は全国に400社余り、関東地方には55社あるという。埼玉県内で白鬚神社がもっとも集中しているのが、日高市の南に位置する飯能市で、市内には8社の白鬚神社が点在している。
 飯能市は、東京都の青梅市、奥多摩町にも隣接しており、青梅市には小曽木(おそき)白鬚神社がある。しらひげ信仰は高麗神社から分散して、飯能市、青梅市を経て多摩川を遡り、岩壁をご神体とする奥多摩の白髭神社までたどり着いたということだろう。

 当社の創建年代は不詳。江戸時代は「白髭大明神」と称していたが、明治2年に現社号に改められたという。
 毎年8月16日には、当社境内と境集会所脇の広場(旧境分校敷地)で郷土芸能の3匹獅子舞が奉納されている。神座である岩壁の下で踊られる獅子舞は、自然信仰と融合した奉納舞で東京都の無形民俗文化財に指定されている。

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【弁慶の腕ぬき岩】
 白髭神社石段の上り口から奥多摩湖方面に約100mほど歩いた「奥多摩むかし道」の縁(ふち)に、「弁慶の腕ぬき岩」と呼ばれる高さ3mの自然石がある。一見したところは普通の岩だが、岩の下方に腕が入るほどの穴があることから、誰言うことなく「弁慶の腕ぬき岩」と呼ばれるようになり、旧道を行き交う人々に親しまれてきたという。なぜこんなところに穴が空いているのかと、不思議な親近感をもたせる路傍の石である。

【耳神様】
 「腕ぬき岩」の少し先、段丘側の岩陰のなかに「耳神様」と呼ばれる小さな神さまが祀られている。医療知識に乏しく、近所に頼れる医者もいない時代には、記紀神話に登場する神々とは異なる、世俗的願望に応える即物的な神さまが、広く民衆に信仰されていた。
 病気治療の神さまには、耳の病気を治してくれる耳神様のほか、イボを治す疣石様や腰を治す腰神様、手足の病気を治す足手荒神(あしてこうじん)、咳と取る咳取岩などがあり、神名がそのまま神様の機能をあらわしている。耳神様は、耳に病気を持つ人が、穴の空いた小石を見つけてここに供え、ご利益を一心に祈った路傍の神である。

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2021年3月14日 撮影

「奥多摩むかし道」沿いにある石段を上っていく。


「白髭神社と大岩」の案内板。




























「弁慶の腕ぬき岩」の案内板。




「耳神様」の案内板。

案内板