埼玉県の西北、秩父市と皆野町(みなのまち)にまたがる独立峰、標高 581.5mの蓑山(みのやま)は、秩父盆地とその奥に広がる奥秩父の山々が見渡せる絶好のビュースポットだ。山頂の「美の山(みのやま)公園」には、約8000本の桜が植えられており、春になると山全体が薄いピンク色に染まるという。
彩甲斐街道(国道140号)から林道蓑山線に入る。「美の山公園」に至る中腹(標高 330mあたり)の道路沿いに、「善女龍神(ぜんにょりゅうじん) 雷電(らいでん)神社」と書かれた赤い幟(のぼり)と石の社号標(しゃごうひょう)が見える。路肩に車を駐めて、杉木立に囲まれた参道を歩くと、朱塗りの鳥居があり、扁額にも「善女龍神社 雷電神社」の2つの神社名が併記されている。
鳥居をくぐり、ゆるやかな坂道を下っていくと、ひっそりと静まり返った境内の中に、お堂のような社殿が一つ建っている。
元は善女龍王神社の1社だったが、明治15年(1882)の大火によって社殿が焼失、その後は皆野町の荒川沿いに鎮座する椋(むく)神社が境内社として祭祀を行っていたが、平成の御代に入って社殿復活の声が上がり、平成6年(1994)に現在の社殿が建てられ、その折に、鳴雷神(なるいかづちのかみ)を祭神とする雷電神社が合祀された。善女龍王神社には「五穀豊穣」「降雨祈願」「商売繁盛」、雷電神社には「雷避け」「災難除け」のご利益があるという。
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およそ六畳間ほどの社殿内には、高さ約1.2m、幅約2mほどの大きな自然石が横たわり、その上に神明造(しんめいづくり)二社宮の祠と賽銭箱が置かれている。岩に注連縄は巻かれていないが、これはまごうことなき当社のご神体として祀られている磐座であろう。
当社の由緒については、境内に設置されている案内板に以下のように記されている。
「善女竜王社再建由緒
平安の昔 京都醍醐の山で修行を積んだ歓喜坊(かんぎぼう)という真言僧が武蔵国に下り 秩父連山中の独立峰蓑山の中腹 ここ深沢の地に庵を結んだ 庵の傍らには古来湧水の絶えない池があった
ある年 この地方に長く日照りが続き住民がひどく困窮した これを見かねた時の領主は歓喜坊に雨請いを命じた 命を受けた歓喜坊が 池のほとりに神籬(ひもろぎ)を立て竜神を招魂して祈念したところ 慈雨たちまち至って万物よみがえった 領主はじめ土地の人々の喜びは一方(ひとかた)ならず 池を竜神池と呼び そのほとりに社(やしろ)を建て社地を寄進し厚く信仰した これが後に善女竜王社となる」
また、祭神は善女竜王と闇おかみ神(くらおかみのかみ)とされ、
「善女竜王は仏説に言う沙羯羅(さがら)竜主の三女で祈雨の神 善女竜神と言うも同じ 闇おかみ神は谷の竜神で雨をつかさどる 雨を呼ぶ竜神はまた金運を呼ぶと言われる」 (現地案内板より)とある。
祭神の善女龍王は、もともと仏教の龍神様で、八大龍王の一尊である沙羯羅龍王の娘とされ、水の神・闇おかみ神とともに雨を司る神様とされている。
案内板の記載から、当社は雨乞いに関わる神社であったことが分かる。当社が鎮座する「蓑山」も、崇神天皇の御代、秩父国造として赴任した知々夫彦命(ちちぶひこのみこと)が、旱魃の際にこの山に登って雨乞いの祈祷を行ったとき、着ていた蓑を松の木に掛けて置いたことから、この松を「蓑懸松」、山を「蓑山」と呼ぶようになったと伝えられている。
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社殿の先から一段下りた地面のくぼみに、山からの湧き水をたたえた小さな池がある。
平安の昔、歓喜坊が
「池のほとりに神籬を立て竜神を招魂して祈念した」のは、この「竜神池」のことだろう。境内には、この池と磐座を収めた社殿しか見られないが、なぜか磐座については上記の「再建由緒」に一言も書かれていない。
当社の磐座が、元からここにあったと考えるなら、当社の起こりはこの磐座であったと思われる。後世に日照りが続き、農作物が被害を被るようになると、竜神池の存在から雨乞いの聖地へと変容して、磐座は竜神がよりつく依り代となり、「雨乞い石」とみなされるようになったのではないだろうか。
雨乞い儀礼は全国に広く分布し、降雨を祈祷する方法も多種多様だが、その方法は次の5つに分類できるという。
(1)特定の山の頂上で火を炊き、鉦や太鼓をたたいて大騒ぎをする型
(2)唄や踊りで神意を慰め、降雨を祈願する型
(3)水神のすむ聖地を汚して、神を怒らせ、雨を降らせようとする型
(4)寺院や社殿に参籠して、昼夜を徹して降雨を祈る型
(5)竜神の棲む池などから水を貰ってきて、村の神社・水源地にその水を振りまく型
(参考:『日本伝奇伝説大事典』角川書店、『仏教民俗辞典』新人物往来社)
当社で行われた雨乞い儀礼はどのようなものであったのか。当社の「竜神池」と「雨乞い石」の結びつきから考えると、雨乞いの時、竜神池から水をくみ、雨乞い石に水を振りかけるという、(5)の型に該当する儀礼であったと思われる。竜神池と磐座は対になることで、人々が望んでいた降雨が得られると信じられていたのではないだろうか。
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2025年7月22日 撮影
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善女竜王神社の境内にある竜神池。
池をのぞくと、50cmほどの蛇が水面を泳いでいた。
確かではないが、毒をもつヤマカガシかも知れない。 ご注意を!
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