日向薬師ハイキングコースの薬師林道から山中に入る。


杉が林立する緩やかな傾斜地に、巨大な「亀石」が鎮座している。


石の裏側から亀石のてっぺんに登ることができる。石の上に立つ人から亀石の大きさがわかるだろう。


亀石の下には多くの枝木が立てかけられている。


亀岩の頂部。石の表面を這うように根がひろがり、数本の成木が生えている。
 神奈川県の北西部に広がる丹沢山塊、標高1252mの美しい山容を誇る大山(おおやま)の東山裾に、趣ぶかい6軒の老舗旅館が佇む「東丹沢七沢(ななさわ)温泉郷」がある。
 七沢の亀石は、この温泉郷から伊勢原市の古刹「日向(ひなた)薬師」に向かう幅員4mの「薬師林道」を、約700m上ったところにある。大きなカーブに設置されたカーブミラーのかたわらに「亀石」と記された案内板があるので迷うことはないだろう。近くに駐車場はなく、車は林道の路肩に停めた。

 林道から狭い沢筋に入り「この先 60m」を歩くと、鬱蒼とした茂みの奥に、高さ約5m、幅約10mほどの丸みをおびた巨大な岩の塊が見えてくる。周囲は背の高い杉が茂る植林地で、大小さまざまな形の石が散乱しており、亀石の右手には小さな沢が流れている。

 薬師林道は、日向(ひなた)薬師の拝観と日向山(ひなたやま、404m)の軽登山を組み合わせた人気の「日向薬師ハイキングコース」となっており、亀石が映画やドラマのロケ地として使われたこともあり、今ではパワースポットとして注目されているという。休日のこの日は、2組の来訪者と出会った。

◎◎◎
 亀石の左手から岩のてっぺんに上がることができる。登ってみると、驚いたことに岩の上には高さ5m余りの杉の成木が数本生えていた。
 岩の頂部に積もったわずかな土に、緑色の苔が生え、これが薄い層となって岩の頂部を覆っている。根はその表面に張り付いて四方に広がり、木の地上部を支える根となっている。
 ふつう根は地中に伸びるものと思っているので、岩に根を張り、賢明に生きようとする生命力の強さに感嘆する。

◎◎◎
 この辺りは、江戸時代初期から昭和30年代後半まで「七沢石」と呼ばれる石の採石場であったという。石の種類は、火山灰が固まってできた凝灰岩(ぎょうかいがん)で、比較的軟らかく加工しやすいことから、墓石や石鳥居、道祖神や地蔵などの石造物。民家の石垣や階段などの土木・建築用材。かまど、石臼などの日常生活に密着した石製品として利用された。厚木市七沢の鐘ヶ嶽南麓には、昭和の半ばくらいまで七沢石を切り出していた石切場の跡が残されている。

 亀石については、丸みを帯びた石の形状、および沢という地形にあることから、人の手によって切り出された石ではなく、大規模な地滑りや土石流によって山中から転がってきたものと思われる(現在も亀石周辺は、厚木市の「土砂災害特別警戒区域」に指定されている)。

 はて、石の下にたくさんの枝木が立てかけられているのは、なんの意味があるのだろう。
 想像するに、ほぼ毎年のように、想定外の豪雨災害が起きている昨今、これ以上、石が転がってこないようにと願う「おまじない」のようなものに思われるが、真偽のほどは定かではない。

◎◎◎
2019年5月4日 撮影


薬師林道、カーブミラーのかたわらに
「この先60m 亀石」と記された看板が見える。


左の巨石が亀石。そばを流れる沢には大小の岩が散乱している。