大宮諏訪神社 拝殿。


ニシキゴイが泳ぐ池の傍らに、池に向かって頭を突き出している巨石がある。


境内社:國常立命社の後方に聳える磐座。


日吉神社の社殿(右)は大宮諏訪神社(左)と並んで同じ覆屋の中にある。
 上田市の南部に位置する武石(たけし)地区(旧武石村)は、西側に日本百名山の一つ美ヶ原(うつくしがはら、2,034m)を擁し、この高原台地を源流とする武石川の清流が、西から東に向かって流れている。

 大宮諏訪神社は、武石川の北側、谷底平野に浮かぶ丘陵地「武石公園」の一画に鎮座している。社地の南に伸びる約300mの長い参道の先に、朱塗りの両部鳥居があり、その横に市の天然記念物である推定樹齢450年、樹高14m、幹周4.6mのサワラの大木がそびえ立っている。
 古くから周辺領主だった武石城主の崇敬社として庇護され、境内入口には屋根付きの下馬橋(げばばし)や、大きなニシキゴイが泳ぐ池もあり、旧県社であった往時の格式が偲ばれる。

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 石垣の上に建つ拝殿は、平入(ひらいり)の入母屋造り。背後の覆屋(おおいや)の中には、向かって左に大宮諏訪神社の本殿、右に摂社である日吉神社の本殿が相殿(あいどの)し、祀られている。

 覆屋の中は拝殿から覗き見ることしかできなかったが、日吉神社の本殿は、安土桃山時代の天正年間(1573〜1591)に建てられたもので、一間社流造り、向拝〔こうはい〕の蟇股〔かえるまた〕や木鼻、紋様などの彫刻が見事であるという。神社建築としてはこの地方で最も古いものとして、上田市の有形文化財に指定されている。

 当社の祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)、健御名方刀美命(たけみなかたとみのみこと=諏訪大明神)、八坂刀賣命(やさかとめのみこと=諏訪大明神の妃神)
 日吉神社の祭神は、大山咋命(おおやまくいのみこと=山の神)、須佐之男命(すさのおのみこと)とされている。
 毎年7月に行われる「大宮諏訪神社 祇園祭」は、日吉社の素戔嗚尊(祇園社の祭神:牛頭(ごず)天王)の雄々しい御力を借りて、夏の疫病や災いを払い除け、無病息災を祈る祭であるという。

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 当社の見どころは上記だけではない。ニシキゴイが棲む池のかたわらに、巨大な岩が池に頭を突き出している姿は奇態であり、その奥には、磐座と思われる高さ3mほどの巨石がそびえ立っている。

 磐座の前に「国土の守護神」とされる國常立命(くにのとこたちのみこと)を祀る祠が置かれていることから、この岩が当社のご神体であり、神社以前の祭祀や祈りの場として重要な役割を果たしていたものだろう。その威厳ある姿に古代の気配が感じられる。

 このほか、社地内には國常立命社、三嶋神社、愛宕社、神明社、子安社、八幡社、熊野神社などの境内社が安置されており、男石(陽石)と女石(陰石)がセットになった「陰陽石」も、簡易な覆堂の中に置かれ祀られている。

 一つの神社の境内に、異なるご利益や神徳をもつ神々を祀る境内社(摂社・末社)が多数あるのは珍しいことではないが、古層の自然信仰とされる磐座や、子授け・安産・夫婦円満・五穀豊穣などを祈願する民間信仰の陰陽石、さらに神社神道の立派な拝殿・本殿など、異なる時代・異なる信仰が積み重なって現存している神社は全国的にも珍しいものと思われる。

 その意味では、さほど大きくはない大宮諏訪神社の境内に
 ◎古代の自然信仰(磐座
 ◎生命・豊穣への民間信仰(陰陽石
 ◎中世以降の諏訪信仰(本殿・祭神
 ◎地域の神々を祀る境内社
 という異なる時代の信仰が、一つの境内の中に揃っている例は、私が見たなかでも珍しいものである。「古代祭祀から近世の神社へ至る信仰の積み重なり」という視点で見ると、とても興味深い神社だと言えるだろう。

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2026年3月2日 撮影


ニシキゴイが泳ぐ池に架かる屋根付きの下馬橋。



陰陽石。右:男石(陽石)、左:女石(陰石)


左から境内社の八幡社、熊野神社。隣に陽石と不明の祠が並んでいる。