県道40号線沿いにある蓼科第二牧場「牛乳専科もうもう」の北側、落葉松林のなかに鎮座する「鳴石」。


鳴石は2個の石が鏡餅状に重なったもので、上石と下石の間にわずかな隙間が見える。


鳴石の傍らにある檀の枯木(右側)。


鳴石の北西10mほど離れたところ(左上)にも、丸みをおびた巨石がある。
 長野県の茅野市と立科町の境にある白樺湖から県道40号を約9.5km北上すると、蓼科山(たてしなやま、標高2,531m)の広大な山裾を背にした「雨境(あまざかい)峠頂上」の石標が見えてくる。ここから北(佐久方面)へ約500m降りた県道と「蓼科第二牧場」の間に「鳴石(なるいし)」と呼ばれる名石が鎮座している。

 雨境峠は、信濃国(長野県)の諏訪平と佐久平とを結ぶ要地で、近江(滋賀県)を起点に、美濃(岐阜県)を経て陸奥・出羽国(東北地方)に至る古代の「東山道(とうさんどう)」の最高地点(約1,580m)にあたる。大和政権が東国支配のために開いたこの道は、東西を結ぶ官道として歴史的にも重要な道であった。

 現代では、快適なドライブで越えられる比較的なだらかな峠道だが、「雨境」の呼称が示す通り、ここは山の天気が急変する境界であり、ふもとが晴れていても峠は大雨や濃霧、あるいは猛烈な吹雪に襲われることがある。古代の旅人にとっては、自然の猛威に畏怖の念を覚える「命がけの難所」であり、山道や峠などには荒れるカミがいて、しばしば山道を往来する旅人に取り憑き、災いをもたらすと考えられていた。

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 雨境峠周辺には、鳴石のほかに「鍵引石(かぎひきいし)」「与惣塚(よそうずか)」「中与惣塚(なかよそうずか)」「法印塚(ほういんずか)」など、5世紀頃から中世にかけての祭祀遺跡が点在している。
 昭和8年(1933)、考古学者の大場磐雄らが当地に訪れ、鳴石の北方から滑石製臼玉(うすだま)3点と有孔円板・剣形品の破片および土師器片を採集した。これらの遺物から、大場は「古東山道」を通行する旅人が、蓼科山の神を招き下ろして「峠の神」に安全を願う祭祀をおこなった跡であり、「鳴石」を神が宿る磐座(台石)であると考察した。

 落葉松(カラマツ)林のなかにある鳴石は、鏡餅を2つ重ねたような形状で、別称「鏡石」とも呼ばれている。上石の大きさは南北径が235cm、東西径が218cm。平面は楕円形を呈し、頂上部分に径12cmほどの穴が穿たれている。下石は南北径295cm、東西径306cm。東側部分が厚い舌状に競り出している。

 2つの石は、1つの石が上下に割れたものと思われていたが、平成5(1993)・6年に行われた立科町教育委員会の発掘調査で、割れた部分の形状や溶岩構造が異なっていることから、人為的に別な石をここに運んで重ねれたものであることが分かった。

 またこの調査によって、鳴石の周囲に堀込みがあり、南北9m、東西10.2mに青灰色角閃石(かくせんせき)安山岩を主体とする人頭大からやや小さい礫を積んだ方形の集石遺構であることも確認された。
 さらに、鳴石の北西10mほど離れたところにある、215 cm× 217cmの丸みをおびた大石にも、石の周囲にやや規模の小さい集石が検出され、鳴石と同様に磐石的性格をもつ遺構であると考えられている。

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 鳴石にまつわる伝承として、江戸時代中期の宝暦8年(1758)、北佐久郡芦田村(旧立科村)の医者・金子詮寅(かねこあきとら)が、村のさまざまな出来事や歴史を著した『蘆田八箇略誌(あしだ はっかりゃくし)』に、「昔、石工がこの石を割ろうとして、玄能で二つ三つ叩くと、たちまち山鳴りが起こり、火の雨が降り注ぎ、石工が死んでしまった」という故事が記されている。

 鳴石の名は、風が強く吹くと石が音を立てて鳴り、石が鳴ると、必ず天気が下り坂になるという言い伝えから名付けられた。石を叩くと「コーン」と余韻を残す神秘的な音がすると言われているが、これは石の隙間にある空間によるものと思われる。腰をかがめて、横から石を眺めて見ると、上下の石の間にわずかな隙間が見て取れる。

 鳴石の傍らに、檀(だん・まゆみ、ニシキギ科の落葉低木)の古木があり、鳴石の北西端を押上げるように根を張っている。香木として知られる檀の木は、諏訪地方で「諏訪の七木」のひとつとして神聖視され、古代の祭祀遺跡における重要な要素とされている。

 古代の人々は、山脈越えの峠には荒れる神がいると考え、これを鎮めるための祀りを施行した。檀の木を「勧請木(かんじょうぼく)」とし、鳴石を神が鎮座する磐座として築き、その上に供献(きょうけん)の品々を整えて、旅の無事を祈って奉斎したのだろう。方形に築かれた周囲の集石遺構は、神を祀る神聖な「磐境(いわさか)として造られたものと考えられる。

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※参考文献:『雨境峠─祭祀遺跡と古道─』
 長野県北佐久郡立科町教育委員会 1995年3月

2026年3月2日 撮影


「牛乳専科もうもう」の駐車場にある鳴石の入り口。


蓼科第二牧場から望む蓼科山。その美しい山容から別名「女神山(めのかみやま)」とも呼ばれている。