地上約78mにそびえる瞰望岩。ふもとの遠軽公園内には、SLとラッセル車が静態保存されている。
遠軽町章の星マークがついたSL「D51859号」は、1943年に製造され、山陽本線で走行後、石北本線で活躍した。
237万Kmを走行した後、1972年に廃車となり現在地に展示されている。


帽子岩の下にある「遠軽町郷土館」。開拓時の用具や道具、写真パネルなどの歴史的資料が常設展示されている。


瞰望岩周辺には縄文時代からの遺物が多く発見されており、古くからこの地域のランドマークであったことがうかがえる。
 網走から西に向かって約90km走る。北海道(北見国)紋別郡にある遠軽町(えんがるちょう)は、北見山地の天狗岳(1,553m)に源を発し、湧別町(ゆうべつちょう)でオホーツク海に注ぐ湧別川を、河口から約20kmほどさかのぼった中流域にある内陸の町である。

 江戸時代後期まで、現在の遠軽市街を含む湧別川上流域は、主として小さなアイヌの集落が点在する手つかずの原野だった。蝦夷地(えぞち)における和人の進出は、海岸部からはじまり次第に内陸へと進んでいった。寛政年間(1789〜1801)に、オホーツク海沿岸の湧別川河口に和人の漁番屋が設置され、徐々に遠軽地域に住むアイヌとの鮭・鱒などの交易が行われるようになる。

 「帽子岩」に登場した松浦武四郎は、安政5年(1858)5月(この時41歳)、丸木舟に乗って湧別川をさかのぼり、現在の遠軽町域の調査を行っている。
 この調査記録は『戊午(ぼご)東西蝦夷山川地理取調日誌』の「西部由宇辺都誌(せいぶゆうべつし)」に残されており、その中に「インカルウシ」という地名が記されている。
 「インカルシ 右の方高山(岩)一ツ有。其上下に小川有。又其山の後方にサナフチの源来り居るとかや。 其名義昔しクスリ、トカチ等の土人多く当所ヘ戦に来たりしに、皆此山の上より諸方を眺望をするよし也。よって此名有と。インカルウシは物見の事を云り。」

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 「インカルウシ」とはアイヌ語で、見晴らしの良い場所という意味。武四郎はこの記載のなかで、かつて、クスリ(釧路)とトカチ(十勝)のアイヌが軍勢を率いてこの地に入り、この岩の上から諸方を眺望したという話を記録している。

 武四郎の記録に戦の詳細は記されていないが、後世に伝わる伝説「インガルシの戦い」によると、湧別川の中・上流域は、湧別アイヌの重要な狩猟地域であったが、そこに十勝方面のアイヌが入り込み、争いが起こった。湧別アイヌが退去を求めたものの、十勝アイヌは侵攻を続け、湧別側は次第に押され、最後に立てこもったところが、現在の瞰望岩だった。
 瞰望岩は十勝アイヌに完全に包囲され、湧別アイヌの逃げ場がなくなるが、そこに突然、大雨が降り出し湧別川が洪水する。川沿いに陣取っていた十勝アイヌは濁流にのみこまれて壊滅。湧別アイヌが奇跡的に勝利するという逆転劇が伝えられている。

 この「インカルウシ」の舞台が、現在の遠軽町のシンボルとされる「瞰望岩(がんぼういわ)」である。
 湧別川の左岸、名寄(なよろ)本線「遠軽駅」の裏手に位置する地上約78mにそびえる大岩壁「瞰望岩」は、町のあらゆる所から望むことができ、古くからアイヌの神祭りの儀式が行われた神聖な場所であったと伝えられている。明治期には希望台、または双竜台とも呼ばれていたが、大正期に俯瞰眺望する岩の意で「瞰望岩」と名付けられた。

 また、遠軽という地名も「インカルウシ」に由来する。この地域が湧別村の一部であったころ、郵便局設置のために訪れた札幌郵便局職員が、「インカル」を「エンガル」に置き換え、明治34年(1901)に「遠軽郵便局」と名付けたられた。以後は他の機関もこれに倣い、村名、町名も「遠軽」となっていった。

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 瞰望岩は、約730万年前に噴出した安山岩質の火山角礫岩が、浸食風化した岩壁で、近くを流れる湧別川が長い期間をかけて平野部をつくってきたが、この岩壁は非常に固く、取り残されてしまったと考えられている。

 瞰望岩の東に隣接する遠軽神社の境内奥に、岩に登る登山道がある。およそ15分ほどで登れるというが、私は足が悪いので止めておいた。
 遠軽神社は、大正5年(1916)に創建され、地域の発展とともに社殿の整備が進められ、境内地も拡張されていった。現在は遠軽町を代表する神社となっている。

 遠軽町の旧白滝村地区は、日本最大級の質・埋蔵量を誇る黒曜石の産地である。黒曜石は石器の材料として使われており、割ったときに鋭い破断面が生じるので、ナイフ形石器、尖頭器、細石刃や石鏃など、主に切れ味が求められる石器に加工された。
 この地区からは、後期旧石器時代のさまざまな石器が出土しており、令和5年(2023)6月には、そのなかの1,965点の石器類が「国宝」に指定されている。

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2026年7月4日 撮影

瞰望岩の頂上には赤い屋根の東屋が設置されており、
開拓碑やミニ天文台があるという。



瞰望岩のふもとに鎮座する遠軽神社。境内奥にある登山道から瞰望岩の頂上に登ることができる。