生涯教育2005

「歯科医療の現状と展望」
〜歯科医業の未来は、どうすれば明るくなるか〜

講 師:口腔研クリニック院長 飯塚 哲夫 先生
日 時:平成17年10月22日(土)

 ご紹介いただきました飯塚です。きょうは、「歯科医療の現状と展望」ということで、皆さんに3時間ばかりお話しすることになりますが、テーマの性質上、この中の何人かの先生方には、気分を少し害される方がいるような話をすると思います。しかし、私は自分が歯科医ですし、私の父親も歯科医です。私は歯科医という職業が日本中の人々に尊敬されて、いい職業だと思われて、実際、本当にいい職業になってほしいと心から思っているんです。これはいろいろなところでお話しするんですけれども、私がもしも歯科の社会にいなくて、全然別の社会に今いたとしても、歯科医の悪口を言われるとあまりいい気がしないんです。私は歯科医の父親に育てられましたから、私が歯科医じゃなくても、歯科医の悪口を言われるとあまりいい気持ちはしません。それから、歯科医がほめられるとうれしい気がします。まして私自身が歯科医ですから、歯科医の悪口を言われていい気持ちがするはずがないんです。ですから、歯科医にとって耳の痛いような話になるかもしれませんけれども、その辺のところをよくご理解いただきたいと思います。

 今、江間副会長からお話がありましたように、私は25年前に「1980年代の歯科医療」という講演をして、それが本になっております。あのころは今の若い先生方には想像もできないような、歯科医業の黄金時代だったんです。とにかく空前絶後といいますか、あんな黄金時代は昔もなかったし、これからも絶対ないんじゃないかというぐらい、大変いい時代だったんです。その時代に、浮かれているとそのうちひどい目に遇うよということを私は書いたつもりなんです。

 そのころ、保険の点数は2年に一ぺんではなくて毎年上がっていました。それも15%とか16%とか、毎年毎年2けたアップです。それから自費診療は取り放題でした。それで「悪徳歯科医」という言葉も生まれたりしましたが、日本中の歯科医院で患者さんがいないなんていうところはなかったんです。どんな不真面目でも下手くそでも、とにかく歯科医院の看板を出すと患者があふれた、そういう時代だったんです。

 ちょっと具体的な話をしますと、私は埼玉にある埼玉歯科衛生士専門学校という衛生士学校の校長をしているんですけれども、その衛生士学校は25年ぐらい前に借金が一円もなくてできたんです。開業しているごく普通の歯医者さんたちが浄財を寄付してくれまして、それでできた学校なんです。そのときに、少ない人で500万円、上は1,000万、2,000万というお金を、5人、10人じゃくなくて、たくさんの歯医者さんが寄付してくれました。それが可処分所得なんです。所得を申告するときに控除できないお金です。ちゃんと税金を払って、自由に使えるお金を500万、1,000万、2,000万と寄付してくれたんです。その当時、それはそれなりに大変だったんだでしょうけれども、それだけのお金を寄付してくれたんです。そのときに、学校を認可するお役所に、税金から多少控除してもらえないかということを頼みに言ったら、その役人は、歯医者はぼろいもうけをしているくせに何を言うかというようなことで、全然相手にされなかった記憶があります。そのくらいお金がもうかったんです。

 一例をお話ししますと、ある歯科医が2,000万円寄付してくれたんですが、当時、その方は自分1人で毎日100人以上の患者を診ていました。衛生士を6人も7人も雇って、非常にお金がもうかった。それが今は衛生士の奥さんと2人で1日1けたの患者さんを診ているそうです。25年前と比べてこれだけの落差があるんです。

 別に2,000万円ぽんと寄付してくださった方は、全盛期に鉄筋コンクリート3階建のまるでお城のような歯科医院をつくりました。それで、技工士とか、事務長とか、衛生士とか、事務員とか、大勢の人を雇って、歯科医も3人ぐらいいました。それで年に1回の医院の慰安旅行にバス1台を借り切っていました。ところが今は自分と、あと、女の子が1人か2人で、お城のような歯科医院を持て余しています。こういう例を挙げるときりがなくて、この二十五、六年の間に歯科医業はものすごく落ち込んでいます。

 私が「1980年代の歯科医療」という講演をして、それを本にしたころは、歯科の全盛時代ですから、話を聞いた歯科医のかなりの数の人が鼻の先でせせら笑っていました。ところが今、あまりいいことではないんですけれども、その予言が当たってしまって、こういう時代になってしまいました。

 今、どういう状態なのか。20年前、30年前と比べて落ち込んだいうような話ではなくて、せいぜいこの4〜5年の間にも歯科医業はどんどん経済的に落ち込んでいるという話を、最初にちょっとしてみたいと思います。

 スライドをお願いします。

  〔スライド開始〕

 私は埼玉県にいまして、埼玉県歯科医師会で平成15年度の歯科医院経営調査というのをやっています。その中に「2〜3年前と比べて患者数はどう変わったか」という項目があるんですけれども、「増えた」という会員は6.2%、「減った」というのが49.1%、約半分は減ったわけです。そして、「激減した」というのが27%で、「減った」と「激減した」というのを合わせると4分の3以上が、この2〜3年で患者さんが減ったということを言っているんです。「変わらない」は14.5%、無回答が3.2%です。

 そして、患者が増えたというのは、いわゆる勝ち組かというとそうじゃなくて、歯科には勝ち組なんてないみたいです。

 開業歴との関連で見てみますと、開業5年未満の歯科医院のうち34.7%が「増えた」と答えているんです。ところが開業5年以上の先生では「減った」という項目が一番多いんです。つまり「増えた」という回答のほとんどは開業5年未満なんです。それは増えるはずです。2年前に開業したとして、最初はもしかしたら1日1人か2人しか来なかったかもしれない。それが徐々に増えていったわけですが、これを増えたと言えるかどうか。開業したばかりで患者さんがそんなに来るわけないですから、6.2%どころか、実質的にはほとんど増えた歯科医はいないと言っていいんじゃないかと思います。

 過去の調査と比較しますと、平成5年には「増えた」というのが12.3%、それが平成8年になると10.5%、平成15年には6.2%ですから、どんどん下がっています。逆に「減っている」というパーセンテージはどんどん上がっています。「激減している」というのも上がり方がひどいです。「変わらない」というのも減っています。こういうふうに患者さんの数は5年前、10年と比べて確実に減っているんです。

 それから、平成15年6月の1日当たりの平均患者数は、10人未満が10.4%です。埼玉県歯科医師会の会員は2,800人ぐらいじゃないかと思いますけれども、10軒に1軒の歯科医は、患者さんの数が大体1日1けたなんです。

 去年の3月9日付の日本歯科新聞に出ていた記事によると、これは埼玉県じゃなくて全国ですけれども、平成15年11月診療分の確定件数と金額を昨年同月比で見ると、件数で4.1%減、金額で15.6%減で、8カ月連続で減少しています。件数の減よりも金額の減のほうが大きいんです。

 それから、総収入に占める自費診療収入の割合ですが、これは埼玉県の医療経営実態調査ですけれども、自費診療も減っていて、自費が総収入の10%未満というのが圧倒的に多いんです。自費の割合もどんどん減っています。

   〔スライド終了〕

  私がここでお話しするまでもなく、歯科医業は凋落の一途をたどっていると言っても間違いじゃないと思うんですけれども、よく考えてみると、本当に凋落していると言えるかどうか。凋落ではなくて、元に戻ったということじゃないか。私は歯科医になって約45年になります。それから、私の父親も歯科医ですから、物心がついたころから50年以上、ずっと歯科医という職業を見てきていますが、昔、私が中学や高校のころ、あるいは大学に入ってからでもいいんですが、歯科医という職業は今よりもっと悪かったんです。経済的にも今より悪かったし、社会の評価も低かったんです。ですから、その頃と比べたら今はこれでも経済的に恵まれているし、社会的評価も高いと思います。だから、凋落したんじゃなくて、元に戻りつつあるんじゃないか。元に戻りつつあるということになると、もっと悪くなると思います。

 私が高校生ぐらいのころは、日本の国に歯科医はお金持ちなんていう常識はありませんでした。大した職業じゃなかったのが、なぜ空前絶後の繁栄の時代を経験したのかということですけれども、その理由は二つあると思います。

 一つは、何といっても国民皆保険です。昭和36年から国民皆保険になりました。昭和36年というのは私が歯科医師になった年です。国民皆保険になって、歯科医業にどういう変化が起きたかというと、まず患者がめちゃくちゃ増えました。昔はごく一部の社会保険を除いて保険はなかったですから、全部お金を払わなければいけなかったんです。それが国民皆保険になって、非常に安い費用で手軽にかかれるようになって、患者さんの数が猛烈に増えました。

 それから、もう一つ、医療費が高くなったんです。それまでは自費ですから、あまり高い医療費は取れなかったし、窓口で払っていかなくて、盆や暮れに医療費を徴収して歩くなんていうことをする歯科医が昔はいっぱいいたんです。ところが、国民皆保険になって医科と同じような枠組みに組み込まれたために、歯科の医療費がものすごく高くなったんです。しかも毎年、医療費の改定があって、2けたアップということで、医療費が非常に増えたんです。

 患者さんの数がものすごく増えたことと、医療費が高くなったことで、歯科医業は経済的に非常に豊かになったんです。

 そこへもってきてもう一つ、歯科医という職業や歯科医業の社会的なステータスが多少上がったんです。なぜかというと、国民皆保険のおかげで歯科も医科と同じ枠組みに組み込まれて、そこで何となく医業の一種というふうに思われ始めたわけです。

 それまで歯科医業というのは医業の一種じゃなかったんです。明らかに医業とは違うものという考えが国民の間に常識としてあったんです。昔の歯科医は診療室の中で患者さんをいじるのは副業みたいなもので、本当の仕事場は技工室だったんです。技工室でラボラトリー・ワークをやるのが仕事だったんです。

 若い歯科医はご存じないかもしれませんけれども、昭和32年に歯科技工法ができて、技工士の資格ができました。私が高校生ぐらいのときは、日本中を探しても技工所というのはほとんどなくて、全国の都道府県に1カ所ずつぐらいしかなかったんです。それから、技工士が勤務している歯科医院も非常に少なくて、歯科医が技工をやっていたんです。ですから、年配の先生方が同業者を評するときに、あの先生はいい仕事をしているとか、そういう言葉を昔はよく使ったものです。歯科医の本当の仕事は技工室での仕事だったんです。治療室での仕事というのは、料理屋さんで言うと仕込みをやっているようなもので、型を取らなかったらもうけが出なかったんです。こういう仕事をしていましたから、医療行為というよりは、飾り屋さんというふうに見られていたわけです。

 余談になりますけれども、世界中を見ても技工士免許のある国はあまりありません。アメリカもフランスもいまだに技工士の免許がないんです。その理由は簡単で、歯科医と技工士というのは同じようなものだから、技工士の免許をつくると2種類の技工士をつくってしまう。だからつくらないということなんです。ところが、日本では歯科技工法ができたおかげで、歯科医がラボラトリー・ワークをやらなくなって、技工所に出して、技工士にやらせるようになったんです。

 それで、診療室で仕事をしていると、何となく医者っぽく見えるわけです。基本的には昔の歯科医も今の歯科医も同じなんですけれども、形だけは今の歯科医のほうが医者っぽくなったんです。例えば歯冠修復とか欠損補綴とか矯正というのは医療じゃないんです。例えばoral surgeryとか、oral medicineとか、歯内療法とか、歯周療法とか、虫歯の治療とか、これが医療なんです。そのうちoral surgeryとかoral medicineみたいなものは、ほとんどの歯科医はやっていません。私の父は40数年、歯科医をやっていましたけれども、ただの1針の縫合もしたことがないんです。大体ジュシンキだとか針がないんです。だからoral surgeryとかoral medicineみたいなものはやらなかった。

 それから、歯周療法、歯内療法もやらなかったんです。私は昭和36年に日本歯科大学を卒業しましたけれども、学生時代に歯周病の講義はただの1 時間も受けていません。その後、私は大学院に昭和40年までいましたけれども、そのころまで歯周病の講義は存在しなかったんです。だから、歯科医というのは歯周病を治すような職業じゃなかったんです。

 歯内療法というのも、今の歯内療法の感覚とは違うんです。私が日本歯科大学の病院で臨床実習をしているときに、インストラクターまで含めて、ラバーでもかけて根冠をいじっている人を見たことがないです。それから、ファイルやリーマをいじっている人も見たことがないです。クレンザーとブローチが入らないところはいじらない。そんなものです。

 それから、私が大学院の1年のときにフランスからブッションという歯科医が来ました。フランスの歯科はものすごく程度が低いんですが、ブッションさんは講演で、根尖病巣が根冠治療をしたら消えたという、治療前と治療後の写真を見せたんです。それを聞きに行ったソノヤマノボルという日本歯科大学の口腔外科の教授がいまして、次の日に帰ってきて、医局で我々若い者にその話をしたんですが、ブッションさんの話は信じられない。そんなもの消えるはずがないという話をしたのをよく覚えています。これは昭和37年か38年ごろの話ですが、要するに歯が痛いときには神経を取って痛みを取れということで、歯内療法とか何とかというレベルじゃなかったんです。

 それから、昔の歯科医は虫歯の治療なんてしてないんです。穴を埋めているだけです。私の父は40年やっていて、最後の数年間はタービンを使いましたけれども、大部分は技工室で使っているようなベルトがぐるぐる回る3,000回転の電気エンジンで、しかもダイヤモンドバーだとかカーバイトなんてないんです。スティールバーなんです。今の先生方は見たことがないと思います。それで歯を削れといったって削れないんです。

 終戦直後はしばしば停電がありまして、そのたびに私は父に診療室に呼びつけられて、足踏みエンジンの足を踏めというわけです。それで歯を削れといったって、削れやしないです。だから鼻くそを詰めるような調子で銀を詰めるとかいうことで、医療はやってないんです。

 今でも歯科医は医療をやってないんです。格好をやっている。だから医者とは思われないんです。ところが、みんな誤解していて、歯科医は虫歯や歯周病を治していると思っています。歯の医者だと思っているんです。国民皆保険以降、歯科医も医者っぽいイメージに変わってきた。何といっても国民皆保険のおかげで患者が増えて、医療費が上がった。そして歯科医というのが医者っぽくなった。歯科医業が医業っぽくなったということで、非常に繁栄したわけです。

 ところが、ご存じのように今は凋落というか、元に戻りつつあるわけです。じゃあ、なぜだめになったのかというと、まず第一に歯科医増・患者減です。私が高校を卒業して歯学部に入ったころは、日本全国で歯学部は五つしかなかったんです。日歯、東歯、日歯大、大歯、九歯の五つです。医科歯科大学は高校からは入れない学校だったんです。昭和29年までは医学部は高校からは入れなくて、医進コースに行かなければいけなかったんです。医進コースを2年やってから、医学部を受けたわけです。例えば東大の理科3類に類したものがあの当時もありましたけれども、高校を卒業して東大の理科3類に入っても、医学部に入れる保障は全くなかったんです。全国の医進コースを2年やってきた人たちが同じ条件で医学部を受けるわけですから、東大の理科3類に入った人の半分も東大の医学部へ入れなかったんじゃないか。

 私は高校を卒業した年に現役で医進コースに入っていますから、その事情はよく知っているんですけれども、私は医者になる気も歯科医になる気もなくて、父親に無理やり勧められて進学したんですけれども、1カ月ぐらいで医進コースをやめてしまったんです。それで結果的には1年おくれたわけです。そういうわけで、医科歯科大学は最初から歯科医になろうという人はなかなか入りづらかったんです。

 それから、大阪大学の歯学部は昭和25年にできたんですが、私が高校を卒業したのは昭和29年で、20人かそこらの定員で、そのころは新幹線も飛行機もない時代ですから、関東の人間にとって大阪大学の歯学部なんてないようなものです。

 そういうわけで歯学部の学生の数も少なかったし、歯科医も3万人程度だったと思います。ところが今は10万人近いんじゃないか。だから、歯科医増・患者減というのが、まず歯科医業凋落の大きな原因の一つです。

 それから、医療費がどんどん下がっている。2年に一ぺんの医療費の改定が、上がるんじゃなくて下がっている。改定のたびに下がっているんです。今、総医療費は28兆円かそこらですけれども、20年後には倍以上、59兆円になると言っています。これではどうしようもないということで、郵政改革の次は医療改革だと。医療改革というのは医療費の削減です。まず上限を決めて、それ以上は絶対に増やさないと。いずれにしても頭をたたいて医療費を増やさない。こういうことになった場合、一番わりを食うのは歯科です。どんなに抑えても医療費はどんどん増えていくんです。その原因は老人医療費なんですけれども、歯科は老人医療費の増は関係ないですから、そうすると歯科のパイはどんどん小さくなってきます。ですからこれからは厳しいと思います。

 それから、今、医科との格差がどんどん大きくなっています。これからもっとすごくなるでしょう。歯科医増・患者減、医療費が増えない、医科との格差が拡大する、こういうことを考えると、そんなに先の話じゃなくて、近い将来、歯科医業はどうなってしまうのか、みんな心配していると思います。

 どんなに歯科医を減らしても、10年や20年で今の歯科医の数が半分になるなんて考えられません。それから、患者減も手の打ちようがないんです。即効的な妙案はないんです。だから、これからどうしたらいいかということを考えた場合、歯科医増・患者減というのは打つ手がないと思ったほうがいいです。

 じゃあ、どうしたらいいのか。これから実現可能な方法は二つあると思います。

 一つは、医科との格差を是正するということです。いろいろな意味で医科と同等に扱ってもらう。それから、日本歯科医師会はいまだに混合診療絶対反対ですけれども、自費を増やすことを考えなければだめです。混合診療や自費ということになると競争が増えると思うけれども、保険の医療費がこういう状態で、どうしようもない状態になった場合、保険だけということでやっていると、じり貧です。だから自費を考えなければいけない。それも一人、二人の歯科医じゃなくて、歯科界全体で保険のほかに自費が取れるようなことを考えていかないと経済的に行き詰まってしまいます。

 ですから、混合診療反対なんていうのはやめて、賛成に回ってもらいたいと私は思うんですけれども、歯科医師会は絶対反対なんですね。あれは医科の影響が強いんですが、いつまでも医科のしりにくっついていないで、医科は反対でも歯科は賛成ということで、まず混合診療、それも特定療養費なんていう妙な条件を付けたものじゃなくて、純粋な意味での混合診療を導入しないと、これからの歯科医業というのはどうしようもなくなると思います。

 自費診療を増やし、医科との格差を是正する、これは難しいけれどもできると思うんです。キーワードは、歯科医療とか歯科医師の評価なんです。歯科医師という職業、あるいは歯科医業という職業の評価高めることです。評価が高くなれば医科との格差の是正とか自費診療につながっていくんです。歯科医業というものの評価が低かったらだめです。そういう問題について国民的なコンセンサスが得られないと、医科との格差の是正とか自費診療というのはできないんです。日本国内で歯科医師あるいは歯科医業というものの評価を上げるということ以外に、小手先で歯科医業の未来に突破口をあけることは絶対にできないと思います。要するに評価を上げることなんです。評価を上げればいろいろな問題も道が開けてくると思うんです。

 ですから、そういう問題についてちょっとお話をしてみたいと思います。

 スライドをお願いします。

 〔スライド開始〕

歯科医師とか歯科医業というのは、評価が高くないんです。若い先生方は今の歯科医師や歯科医業を見ていますから、かなり高評価だと思っているけれども、もともと歯科医、歯科医業というのは評価の低い職業だったんです。

 第二次世界大戦が終わった1945年までの日本の教育制度を見てみますと、そのとき旧制大学には医学部も薬学部も農学部も商学部もあったんですが、歯学部はなかったんです。つまり医者も薬屋も百姓も商人も大学出がいたんですが、歯科医に大学出はいなかったんです。歯科医という職業は、大学で教育して育てるようなものじゃないというのが、長い間、日本の為政者の考えだったんです。例えば床屋というのは大学で教育するようなものじゃないという考えがありますから、大学に床屋学部というのはないんです。歯科医もそうで、これはアメリカでもヨーロッパでもそうなんですが、歯科医というのは大学で教育するようなものじゃないというのが、長い間、世界中の人たちので共通した考えだったんです。

 それで、歯科医師の教育は大学ではなくて専門学校で行われていたんです。昭和3年に東京高等歯科医学校(現東京医科歯科大学)ができたんですが、戦前は専門学校だったんです。これができるまでは歯科の学校は全部私立でした。つまり歯科医師は大学で教育するようなものじゃないというだけではなくて、国がやるものじゃなくて民間にやらせればいいと。今のように官から民へということではなくて、官尊民卑の時代に、官がやるものではないということだったんです。

 フランスもそうです。私は昭和42年か43年ごろフランスに留学していたんですけれども、そのころフランスには国立の歯科の学校は一つもなくて、全部私立で、しかも職業学校でした。フランスでも歯科の学校は民間がやるものだということだったんです。

 平成4年3月、第123回国会、衆議院予算委員会の第4分科会で、当時の山下厚生大臣がこういう発言をしています。歯科の問題についての質問に答えて、「私の考えといいますか、私の知っていることが間違いなければ、戦後間もなくの頃からずっと見てまして、前は歯医者さんのせがれがちゃんと立派な診療所があるにもかかわらず後継ぎをしないで、一般の医学部に行ったという例がもうしばしばでございました。私の知る範囲内でそれは比較的少なくなって、まあたまにはありますけれども、それはそれだけ歯科医師の地位が高くなった、それは保険その他における収益の面から見ても同じといいますか、かなり接近したといいますか、いい線いっているんではないか。これはそんなことを言うと叱られるかもしれませんが、そう思っております」と。

 つまり、少し医者に近づいたじゃないか。だからこんなところでいいんじゃないですかと。「そんなことを言うと叱られるかもしれませんが」というのは、歯医者さんに叱られるかもしれませんという意味です。だから同じじゃないということを前提にしているんです。前はだいぶ差があったけれども、今はかなりくっついてきて、いい線いっているんじゃないか。医者が10なら歯医者は6とか7ぐらいでいいんじゃないですかというようなことを国会で言っているんです。

 歯科医師という職業はフランスで生まれたんですが、フランスでは1970年ぐらいまで大学ではなくて職業学校で教育されていました。私がフランスへ行ったのは1967年ですが、その後もecol denetaireというところで教育されていたんです。日本では大学を卒業すると学士、大学院へ行くと修士とか博士とかもらえますけれども、フランスでは歯科の学校を卒業しても何ももらえないんです。学問をするところではなくて職業学校だから何ももらえなくて、ただ歯医者という称号をもらえるだけなんです。フランスで開業医の看板を見ると名前の後に医学のドクターと書いてありますけれども、歯医者さんの看板は名前の後に歯医者と書いてあるだけです。

 それから、今は違いますけれども、フランスでは1970年代になっても、歯肉の剥離、縫合、骨削除などの行為は一切禁止でした。歯肉を1mmはがしただけでも医師法違反で刑事罰の対象になったんです。埋伏歯の抜歯もしてはいけなかった。そういうことは医学部を卒業をしたストマトローブと呼ばれる口腔科の医者がやっていたんです。だから、フラップオペレーションだとか、エンド・ドンティック・サージェリーなんてとんでもない話で、能力の問題じゃなくて、やると医師法違反だったんです。

 ニュージーランドでは1988年に、歯科医師の資格は必要ない、誰でも自由に歯科医業に従事できるという法案がつくられました。歯医者というのは教育の必要はない、免許も必要ないと。その後、当時の日本歯科医師会の山崎カズオ会長が、オランダのアムステルダムで行われたFDIの会議で会長に推挙されまして、そのときに私は山崎さんに一緒に行ってくれと言われて行ったんです。FDIでいろいろな会議をやっていましたけれども、その中でニュージーランドの代表が、ニュージーランドでは歯科医師という職業は免許が要らない、学校の教育も必要ない、誰でもやっていい、そういう法案をつくって国会に提出する寸前までいったという発表をしたんです。それでニュージーランドの歯科医師会はFDIの応援を受けて、どうにかそれを阻止しましたけれども、そのかわりデンチュリズムと言って、技工士は歯科医とは関係なしに入れ歯をつくってもいいという法律が通ってしまったんです。

 私はたまたまそれを聞いてびっくりして会場を見渡しましたけれども、日本語の通訳もいなくて英語だけですから、私以外に聞いている日本人はいなかったんです。だけどFDIの役員である山崎さんは知っているはずだと思って、その日の夜、山崎さんに、先生、これをご存じでしょうと言ったら、それは言わんでくださいと散々言われました。これを言うと日本でも大騒ぎになって、日本でも歯科医師の免許は要らないなんて言い出すかもしれないと思ったんでしょうね。

 「日本歯科評論」の1975(昭和50)年2月号から、私は「米国歯科医療の一断面」という論文を2カ月論文で書きました。この論文を書いたのは昭和49年なんですが、昭和49年というのは、圧倒的なアメリカかぶれの歯科医師が出現するちょっと前です。歯科界で圧倒的なアメリカかぶれが始まったのはこのちょっと後で、アメリカかぶれが始まる前に、私はこういうことを書いています。

 「私の個人的感想ではあるが、アメリカのdentistの平均的な形の診療は、たいして難しいものではないし、別にプロフェッションとかのほこりを感じるようなものでもない。事実、私の知る限りでは、彼らの大部分は決して口に出しては言わないが、プロフェッションと呼ばれるようなものとして自分の職業をとらえているようには思えない。少なくとも私は彼らの仕事に全く興味がないし、アメリカでdentistという職業につく気は全くない。面白くもおかしくもないし、たいしたやりがいもないようだからである。

 私は、歯科医療というものを100%アメリカ的にとらえることを好まない。なぜなら、平均的なアメリカの歯科医療は、悪くプログマティックであり、志向しているところが少し違うような気がするからである。一般論としてアメリカでも歯科医師という職業は依然としてアルチザン的要素を強く持っており、そのような性格が診療内容や診療の目的、さらには歯科医療のとらえ方にまで現れてきている。

 ただ、これだけならば歯科医師は単なるアルチザンというだけだが、実態がそうであるにもかかわらず、それに『科学』とか『プロフェッション』などというような妙な気負いが加わると、歯科医師という職業はひどく大袈裟で、こけおどし的存在になってしまう。American dentistryを無批判に、植民地的に受け入れることはおろかなことである」ということを、私は昭和49年に書いているんです。ところが、その後、圧倒的なアメリカかぶれが始まったんです。

 アメリカで歯科医という職業が尊敬されているというのは大間違いです。私は学生時代に大学の先生から、アメリカという国は歯科医師が医師よりももっと高い評価を受けているという話を聞いていたんです。ところが、私の短いアメリカでの留学生活からでも自信を持って言えますけれども、医師より歯科医のほうが高い評価を受けているなんて、アメリカではあり得ないです。それどころか、アメリカで歯科医師という職業は、日本の歯科医師が想像しているようなものじゃなくて、非常に評価が低いんです。

 それで、アメリカ歯科医師会は1989年2月、歯科医師や歯科医療のイメージ改善のためのキャンペーンをを数年間にわかって展開する決定をしています。アメリカで歯科医師という職業のイメージがおそろしく悪い。評価がおそろしく低いというので、アメリカ歯科医師会が組織を挙げて「スマイル・アメリカ」というテーマでキャンペーンを計画したんです。それはアメリカで歯科医師会という職業があまり高い評価を受けていないためです。

 実はこのころ、私がアメリカのネブラスカ州立大学に留学したときにお世話になったドクター・スタインナーカーという先生が日本に来まして講演をしました。そのとき1週間か10日ぐらい一緒に付き合って、「スマイル・アメリカ」のキャンペーンの話も直接スタインナーカー先生からお聞きしているんです。

 アメリカ歯科医師会雑誌の1989年6月号に、このキャンペーンについて、かなり長文の特別記事を掲載しています。そこにはアメリカ国民の間で歯科医療や歯科医師がどのようなイメージでとらえられているかということが詳しく書かれています。どういうことが書かれているかというと、本当かなというようなことが書かれているんです。私は原文に極めて忠実に翻訳したんですけれども、「本や映画やテレビでこれまで歯科医師はしばしば変人・いばりちらす小役人、気違い、道化者、あるいは犯罪者タイプと、女たらしから狂人に至るまでの人物として描かれてきた。映画やテレビショウで、歯科医師は邪魔者あるいは妄想にとりつかれた強引な人物として描かれてきた。歯科医師を描いた標準的な戯画は、歯科医師をいばり散らす道化者、医者になりたかったがなれなかったうすら馬鹿と表現している。その他の根強い紋切り型は、歯科医師を口腔に病的な執着を持った奇妙な性格の人物、歯科医療以外にはほとんど興味を示さない一元的人物、患者のいないときに笑気をくんくん嗅いでいるふさぎ込んだ孤独な人物、大酒飲み、自殺をもくろむ者として描かれている」、このようなことを、歯科医を嫌いな人たちがどこかに書いたのならともかく、アメリカ歯科医師会雑誌に、アメリカ歯科医師会の幹部が書いているんです。

 「歯科医師は常にジョークの矢面に立たされている。おそらく我々が見る最もよく描かれた歯科医師の肖像は、歯科治療においてはそれほどでもないが、実生活においてはいつも何か間違いをしでかしている不器用な、威張り散らす人物としての歯科医師である。プロフェッションと呼ばれる他の職業は、時々歯科医師と同様に容赦のない紋切り型で噛みつかれている。しかし、それらの専門職は一層肯定的な肖像も描かれており、それによって悪い描写は相殺されている。

 医師は時々不必要な手術をするお金に飢えた太った猫として描かれる。しかし、少なくとも医師たちは誇りを持って、Ben Casey、Dr.Kildareなどの格好いい医師たちに言及することができる。

 弁護士は救急車を追いかける三百代言として性格付けられることがある。しかしPerry Masonは常に好漢だ。 「Dental Management」という雑誌の1980年10月号にあらわれたある記事の中で、その雑誌の顧問編集者の一人であるDr.Mark Saxenは、歯科医療のsecond class syndrome(二流症候群)と彼が名付けたものを述べている。Dr.Mark Saxenはこの症候群を、『若い歯科医師が公衆の目には自分が医師と同様のドクターには見えないと悟ることに関して感じる欲求不満と狼狽』と定義した。

 マス・メディアのトーク・ショウのホストやその他の人々は、まるで医師だけがドクターという名称に値するかのように、『ドクター』と『歯医者』と、今もなお言い続けている」

 私の知る限りのアメリカ人は、あなたは大きくなったら医者か歯医者になれという場合に、doctorかdentistかどちらかになれと、今でもそういう言い方をします。

 「多くの歯科医師たちはこの称号の混乱にたじろいでおり、平等な扱いを要求している。けれども、そのような要求は逆効果になりうる。そのような要求は、社会的地位に過敏な心配、あるいはあまりにも薄っぺらな心配を示唆しているのかもしれない」

 アメリカ歯科医師会雑誌に幹部がこういうことを書いているわけです。だから評価を上げるために「スマイル・アメリカ」作戦を、数年間にわたってかなりのお金をかけてやろうじゃないかと。そして結果的に全然効果がなかったんです。

 それから何年も後、アメリカ歯科医師会雑誌の1991年9月号に、Dr.Prideという人がこういう論文を書いています。

 「歯科医師のネガティブ・イメージは、口腔破壊の道具を陽気に振るう『ザ・リルショック・オブ・ホラーズ』の中の歯科医師のような、ハリウッド映画の描写によって増幅されている。また、他の映画は歯科医師をばか、あるいは残忍なものとして描いている」

 つい最近、「ニモをさがせ」というアニメ映画がありましたが、あれの悪役も歯医者で、それほど悪く描かれていないけれども、かたき役なんです。

 「幾つかの政府機関は、dentistoryという職業を、non-essential service(必須ではないサービス)と分類している。歯科医師とそのスタッフは熱心に働いており、良質の医療サービスを提供している。しかし、彼らはメディアによってネガティブに描かれ、幾つかの政府機関によってnon-essentialとみなされている」

 こういう記事を探し出すときりがないんですが、歯科医師や歯科医業の評価がなぜこんなに低いのか。世界中で低いんですが、その理由は、歯科医師は医師ではなくて、歯科医業は医業ではないからなんです。歯科医師は医師の一種じゃないんです。歯科医業も医業の一種じゃない。だから医業と比べると明らかに低い評価を受けているんです。

 歯科医師は医師の一種ではないということは、こういうことを考えてみるとわかると思います。歯や口腔の医療を行う医師だけを特別な資格と特別な教育をする理由はないというわけです。

 皆さん、ご存じのように、日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも、どこでもそうですが、医師という資格は一つしかないんです。内科医師とか外科医師とか眼科医師とか婦人科医師なんていう資格はないんです。世界中どこへ行っても医師は全部医師なんです。日本でも医師は全部医学部で同じ教育を受けます。医学部を卒業したら医師国家試験という試験を受けて、合格したら「医師」という資格をもらえる。医師の資格を取った後、好きなことをやればいいんです。外科医になりたい人は外科をやる。内科医になりたい人は内科をやる。そういうことです。だから、昨日まで眼科をやっていた人が明日から皮膚科をやったって、能力があるかどうかはともかくとして、資格では全く問題がないわけです。ところが、歯や口の医者だけは特別扱いして、医学部ではなくて歯学部で教育を受けている。そして「医師」ではなくて「歯科医師」という資格を与えるんです。

 日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも、医学史をひもといてみると、歯や口の医療は医者がやるものだったんです。これは当たり前の話で、歯や口だけ特別扱いする理由はないんです。だから歯科医師というのは医師の一種ではないんです。

 dentistというのはフランスで生まれた職人です。dentistという職業のルーツ、そもそもdentistというのは何かというと歯抜きなんです。日本語でも江戸時代に「歯抜き」という言葉があったんです。フランス語ではarra cheur des dentsと言います。arra cheというのは「引き抜く」という動詞で、それが人になるとarra cheurで、desは英語のofに当たるようなものです。dentsというのは歯ですから、英語で言うとtooth drawerです。これが歯科医のルーツなんです。だから抜歯というのは外科じゃないんです。外科医もやることはやったけれども、実際に歯を抜いてもらっていたのは大道芸人だったんです。歯が痛かったら歯を抜く。また痛かったら抜く。これをやっているうちに歯なしになって食べられなくなりますから、入れ歯を入れようということになって、それでdentisteという言葉ができたんです。これがdentistの語源なんです。

  DENTISTは英語、DENTISTEはフランス語です。英語で歯のことをTOOTH、フランス語ではDENTと言います。フランス語では一番最後に来る子音は発音しません。ISTEというのはラテン語系の言葉で、何々をする人ということを意味する接尾語です。だからDENTという言葉にISTEをくっつけて、DENTISTEになったんです。それが英語になるとDENTISTになるわけです。これを見てもDENTISTというのはフランスで生まれた言葉だということがわかります。DENTISTという職人の仕事が、その言葉と一緒に世界中に散っていったわけです。

 英語で内科医のことはPHYSICIAN、外科医はSURGEONと言います。外科と内科というのは基本的には別で、ヨーロッパの言葉で外科と内科を一緒にした言葉はないんです。日本語の「医者」に相当する言葉はないわけです。それから、内科的な医療はMEDECINE、外科はSURGERYと言います。

  フランス語では、内科医はMEDCIN、外科医はCILRUGIEN、内科の医療はMEDECINE、外科の医療はCHIRURCIEと言います。

  ドイツ語では、内科医はARZT、内科の医療はMEDIZIN、外科医はCHIRURG、外科医療はCHIRURGIEと言います。

 つまりDENTISTとかDENTISTRYという言葉に医者とか医療とかというニュアンスはみじんもないんです。言ってみれば歯牙修理工とか歯大工という意味です。DENTISTというのは、PHYSICIANでもSURGEONでもないということです。DENTISTRYというのはMEDICINEでもSURGERYでもないんです。口腔医療というのは、DENTAL SURGERY、これなら歯の外科という意味があります。それから、DENTAL MEDICINEというと歯の医療という意味があります。ORAL SURGERY、ORAL MEDICINE、これは確かに口の中の医療です。

 世界中でそうなんですが、日本でも現在、医師の資格があれば、歯科医師の資格がなくても、口腔外科や抜歯のほか、う蝕や歯周病の治療、歯内療法をやっても、歯科医師法違反にならないんです。医師の資格というのは人体に対する医療行為をする資格だから、歯科医師の資格は必要ないんです。医者の資格で何でもできるんです。

 医者の資格でできないのは、歯冠修復と欠損補綴と歯列矯正です。これを医師の資格でやったら歯科医師法違反になります。なぜこれは医師の資格でできないかというと、医療ではないからです。医療だったら医師の資格でできないはずがないんです。この辺のところが歯科医師にはなかなかよくわからないんです。矯正治療、補綴治療なんて言っていますが、矯正や補綴は治療じゃないんです。

 少なくとも日本中で歯科医を一番医者の一種ではないと思っているのは医者です。医者は歯科医を医者のはしくれと思ってないんです。皆さん、ご存じのように、数年前、口腔外科の標榜が許されましたが、あのときに日本歯科医師会は歯科医師が口腔外科を標榜することに真っ向から反対しました。それで一悶着あったわけです。

 それで、歯科外科というのはどうだと。それから、外科歯科というのはどうだとかいうことで、とにかく口腔外科は絶対だめだと。歯科医師が口腔外科を標榜するなんてとんでもない話だと。医者じゃない人間がなんで口腔外科を標榜するのかというわけです。それで日本医師会がしぶしぶのんだのが歯科口腔外科だったんです。総合病院や何かに歯科口腔外科という診療科名がありますが、あれは歯科と口腔外科という意味なんだけれども、歯科口腔外科という言葉がわりあい行き渡っているということと、歯科医がやる程度の口腔外科というニュアンスなんです。これをしぶしぶ日本医師会が認めたので標榜が可能になったわけです。

 日本医師会には口腔咽頭科学会という学会がありまして、今、厚生労働省に口腔咽頭科という科名を標榜科名として認めろという申請をしていますけれども、咽頭というのは耳鼻咽喉科で既にあるわけですから、いまさら咽頭なんてやることはないわけです。ねらいは口腔なんです。口腔の医療を標榜科名として認めろということなんです。口腔の医療は歯医者のやるものじゃないと、そういう考えなんです。

 それから、これもごく最近の話ですが、身体障害者福祉法という法律で、咀嚼機能障害の診断書の作成は医師のみに限られています。咀嚼というのは物を食べることです。咀嚼に必要なのは90%以上、歯です。その機能に障害があるかどうかというのは、誰が見ても歯科医が一番よくわかるんじゃないか。精神科の医者や眼科の医者にどうして咀嚼機能障害がわかるのか。ところが、精神科だろうが、婦人科だろうが、眼科だろうが、皮膚科だろうが、医師の資格があれば咀嚼機能障害の診断書が書けるんです。歯科医はだめなんです。こういう法律がいまだにあるんです。

 そして、法改正は行われないが、厚生労働省は2001年9月7日付の部長名の通知で、運用を変更して、歯科医が診断書を書いてもいいということになったんですが、通知というのは、法律と違ってなんら法的な拘束力を持たないんです。役所で上の人が下の人に、この役所としてはこういう考えだから、行政官はこういうふうに取り扱いなさいという、役所内の通知なんです。それで歯医者に書かせてもいいじゃないか。目をつぶっていろ、大目に見ろということで、法律は依然として咀嚼機能障害の診断書は歯科医師は書けない。これを見ても医者扱いされていないということがよくわかるでしょう。

 この通知は、日歯連盟が自民党議員に献金することにより実現しました。そして「日歯連側が資金提供」と新聞に大きく書かれました。その延長がこの間の橋本派の1億円闇献金です。ああいう形でなんとか実現したけれども、法律は変わってないんです。こういう姑息的なことを積み上げていっても、はたして歯科医業の未来に突破口が開けるかどうか。臼田さんがああいうことでつかまってしまいましたけれども、私は臼田さんを個人的に知っていますから、非常に気の毒だと思います。倫理的にはともかくとして、臼田さんは歯科界のために一生懸命やったと思うんです。日大歯学部の同窓会長もやられていて、本当に一生懸命、歯科界のためにやったと思うんだけれども、そういう手段で本当に歯科医業の未来に突破口が開けるかどうか。通知というのは、またいつかやってはだめだということになると、法律ではやってはだめだということになっているんですから、こういう形で姑息的にやっていくのはよくないんじゃないかというのが私の考えなんです。

 それから、札幌市立病院での歯科医師の救急研修が医師法違反だということで裁判になりまして、結局だめになってしまいました。裁判の過程で検事も裁判官も言っていましたけれども、能力の問題じゃなくて資格の問題だと。どんなに研修を積んで、下手な医師よりはよほど高い能力を持っていても、歯科医師であるというだけでやってはだめなんです。救急医療というものに何の能力もない医者でも、医者ならやってもいい。高い能力を持っていても歯科医はやってはだめなんです。

 例えば救急医療に何の能力も経験もない皮膚科の医者が救急医療をやっても、医者だから何のおとがめもないんです。だけど、研修を積んで本当に高い救急医療の能力を持っていても、歯科医がやったらだめで、医師法違反なんです。なせかというと、歯科医は医者じゃないからです。

 それで、これは皆さん考えなければいけないと思うんですけれども、日本の歯医者さんはアメリカの歯科医療は大したものだと思っているんです。私は昭和44年にアメリカ留学から日本へ帰ってきたんですが、昭和44年というと、日本の歯医者さんたちの圧倒的なアメリカかぶれが始まる前で、私はそのころからアメリカの歯医者のまねをしていたら日本の歯科医に未来はないということをずっと言い続けてきたんです。

 アメリカ歯科医師会は1997年に公式に、「dentistryとは、口腔、顎顔面領域、その近隣や関連構造の病気、機能異常及び人体に対するその影響などの評価、診断、予防、治療を行うものである」と定義しています。これを見て皆さんはどう思いますか。ここには欠損補綴も歯冠修復も矯正も、影も形もないんです。これが顎顔面、口腔外科の定義というならわかりますが、dentistryの定義なんです。にもかかわらず、90数%のdentistの仕事である歯冠修復、欠損補綴、矯正はどこにもないんです。

 アメリカで開業歯科医がどんな仕事をしているか。開業歯科医で治療を受けた患者を年次別に、1959年、69年というふうに10年ごとに見ると、1959年には口腔診査が20.1%、それが1999年には45.4%となっています。口腔診査といったって、虫歯があるかないか、歯石が付いているか付いていないかを見る、その程度です。それから、prophylaxis、これは口の中の掃除です。それから、フッ素塗布、1959年の時点でもこの三つで40.9%となっています。それが99年になると、これは複数回答ですけれども、なんと93.2%を占めています。歯医者というのはつまらない職業でしょう。こんなつまらないことを私はアメリカでやる気はないと言った理由がよくわかるでしょう。歯医者というのはこういう仕事をしているわけです。

 では、それ以外に何をやるのか。アマルガム充填が59年には20.1%だったのが99年には3%に減っています。レジン充填は79年までなくて、99年には4.2%となっています。歯冠修復は59年には42.3%だったのが、99年には21.9%に減っています。それから、抜歯とか歯内療法が59年には14.7%、99年には7%と、みんな軒並み減っているわけです。ごくごく最近の歯医者というのは、口の中を見回して、虫歯がないか、歯石がないか見て、フッ素を塗って、口の中を掃除する、アメリカの歯医者はほとんどがこういうことをやっているんです。

 59年と99年を比べてみると、口腔診査、prophylaxis、フッ素塗布が、59年には40.9%だったのが、99年には93.2%になっています。歯冠は42.3%から21.9%、抜歯は13%から3.7%となっています。歯科医という職業がどういう方向にいっているかわかると思います。これを見てもさっきのアメリカ歯科医師会のdentistryの定義というのは笑わせるでしょう。こけおどしというか、アメリカの歯医者というのはそういう人たちなんです。

 平成14年に診療報酬が改定になって、そのときに資料として埼玉県歯科医師会が配った小冊子があります。臼田さんが非常に努力して、かかりつけ歯科初診とか再診というものの条件を緩和して、みんながかかりつけ初診を請求できるようにした。それでつかまってしまったわけですけれども、かかりつけ初診を請求するときには「治療のお知らせ」という紙を配らなければだめだと。必ずこういう紙をつくって、複写して、1部は自分のところへ置いておいて、1部は患者さんに渡しなさいと。これをやらないとつかまります。

 その見本を、こういうものを患者さんに渡してくださいというのを埼玉県歯科医師会でつくったんですけれども、それを見ると、患者さんの名前とか、治療期間とか、診療年月日とか、いろいろ書いてあって、「治療の概要」という項目があります。どういう治療をするか。歯につめる、歯にかぶせる、歯ぐきの治療をする、歯を抜く、取り外せない入れ歯をつくる、取り外せる入れ歯をつくる、入れ歯の修理、その他となっています。

 つまり歯医者のやる仕事は、歯ぐきの治療をするというのがちょっと医療かなという感じがするけれども、それ以外は医療と言えるようなものは何もないんです。これでは医者だと思われないのは当たり前です。これ以外のことをやったときは「その他」に書けというわけです。

 これは余談になりますけれども、私が歯学部の学生だったころ、まだ国民皆保険じゃなくて、患者さんは自費で払っていて、私の父の診療所の待合室にはその地区の歯科医師会の協定料金表が張ってありました。みんながむだな競争をしないように、大体の医療費を決めていたわけですが、私はその協定料金表を見て、歯医者というのはこういう職業なんだなということをあらためて思い知らされたことがあります。サンプラ冠、前歯幾ら、臼歯幾ら、無縫冠、ホウセイ冠、ブリッジ、サンプラ、義歯、総義歯、局部床義歯、イッショウナンシ、クラスプ、センクラスプ、レストなし、こういうのがざっと羅列してあるんです。医療らしいものはどこにもないんです。

 だから、アメリカ歯科医師会のdentistryの定義にいろいろないちゃもんがついてくるわけです。「Oral Surgery Oral Medicine Oral Pathorogy」という本の1999年4月号に、Dr.Dingという人がこういうことを書いています。

 アメリカ歯科医師会のdentistryの定義について、「職業の定義を書いただけでは、医師としては懐疑のまなざしでいつも見られてきたという事実を緩和する役には立たない。dentistryはmedicineとは少し違うといった言い方は、dentistryはcottage industryであり、それにとどまるという概念を育てる」

  それにもかかわらず、アメリカ歯科医師会雑誌の2001年12月号には、Seldin,L.Wという人が、「dental professionは強力で健全であり、革命的変化は不必要である」なんて書いているんです。これは当分変わりそうもないです。後でお話ししますけれども、アメリカの歯科医はまだ目が覚めていないようです。

 今ちょうど3時ですので、ここで10分間お休みをいただきたいと思います。

                   休 憩                  

 では、スライドをお願いします。

                〔スライド開始〕

 先ほどからお話ししていますように、アメリカの歯医者さんというのは、日本の歯科医が想像しているよりはるかに医師劣等感が強いんです。だから医者になりたくてしょうがないんです。今までアメリカ歯科医師会雑誌に出ている記事などで少しご紹介しましたけれども、1995年の「Journal of Dental Education」という雑誌に、ケンタッキー大学の教授で歯学部長であるDavid A.Nashという人が、「oral physician」という論文を書いていて、それには「dentistryとmedicineを統合してoral physicianを創造すべきときである」と書かれているんです。dentistというのは評価が低いから、dentistryとmedicineを一緒にした仕事をする人をつくって、それをoral physicianと呼ぼうじゃないかと。dentistはなくせということです。ということは、dentistryはmedicineじゃないということを認めざるを得ないわけです。dentistryという職人仕事と医療とを統合して、その結果、dentistという職業はやめにして、oral physicianという職業をつくろうというわけです。

 具体的にいろいろ書いているんですけれども、「口腔疾患の治療は、より多くmedical、より少なくsurgicalになりつつある。将来、歯周病を治療する歯科医は、彼らの時間のより多くを診断や治療薬の処方箋を書くことに使うことになるだろう」

 ここにも医者に対する劣等感があらわれています。この人は歯学部長だか何だか知らないけれども、歯周病の治療をしたことがない人だと思うんです。それから、歯周病の治療をする能力も全くない。毎日、歯周病の治療をやっている先生はおわかりだと思いますけれども、診断して処方箋を書いて歯周病が治りますか。こういうことを言っているということは、何が専門の人か知らないけれども、歯周病の治療をしたことがないということです。                                       「dentistryはcariesに対して徐々に医学的アプローチに近づきつつある。他の感染性疾患と似ている」

 これも笑っちゃうでしょう。チフスだとかコレラと同じようなアプローチをしろといったって、そういう問題じゃない。医科劣等感が見え見えです。

 アメリカ歯科医師会雑誌の2004年4月号では、大々的にoral physicianというテーマを取り上げています。3ページ、4ページじゃなくて、かなりのページ数を割いているんです。そこでは、dentistはoral physicianになるべきなのかどうかというテーマで、2人の歯科医に論文を書かせています。

 ハーバード大学歯学部のoral and developmental biologyの教授、Donald B.Giddonさんは、dentistはoral physicianになるべきであるというテーマで論文を書いています。

 dentistは、drill-and-fill、つまり削って詰める仕事以外のhealth serviceのトレーニングを受けており、あるいは、受けることができる。だからこれからはdentistはやめてoral physicianにならなければいけないんだと。これは去年のアメリカ歯科医師会雑誌です。dentistは削って詰める以外の仕事をして、oral physicianと呼ばれる存在になりましょうということを言っているわけです。

 oral physicianという言葉を素直に翻訳すれば「口腔科医」ですが、じゃあ、削って詰める以外に何をやるとoral physicianになるのかというと、タバコをやめさせる、高血圧の診断、治療じゃないんですよ、それから、皮膚ガンなどの治療じゃなくてカウンセリング、虐待されている者の発見、貪食症のような摂食障害の認知、歯周病と早産や低体重児出産や心臓病との関連についての助言、こういうことをやるとoral physicianになるんだそうです。皆さん、どう思いますか。

 それから、こういうことも言っています。パラメディカルの職業の幾つかは名称を格上げしているが、dentistは今でもdentistという名称にとどまっている。だから格上げしろと。dentistというのはやめてoral physicianという名前にしろというわけです。例えば検眼士はoptometristと言っていたけれども、今はoptometric physicianというふうに名前を変えている。足の治療をする人はprodiatrist physician、それから、chiro practorはchiro practic physicianというふうに、みんなphysicianという名前を付けている。だから歯科医もoral physicianになれということを言っているわけです。こういうことをハーバード大学の教授がアメリカ歯科医師会雑誌に書いているわけです。

 一方、dentistryはdentistryにとどまるべきだという意見を言っているのが、Assael.L.Aという人です。この人はオレゴン大学の顎顔面口腔外科の教授で、顎顔面口腔外科学会のofficial journalです。現在でもこの人は編集主幹なんですが、こういうことを言っています。

 「dentistryはdentistryにとどまらねばならない。その理由は、dentistの職業的主体性を確立するために、oral physicianなんていうことを言わないで、dentistであるべきだ。dentistryはpara medical professionではない。dentistryは大学で教育されている唯一の解剖学的に焦点を絞ったhealth care professionである。optometric physicianとか、prodiatrist physician、chiro practic physicianのように、自分たちをphysicianと呼ぶことを選んだ職業は、大学やacademic health centerに存在の場を持たず、基礎科学の教育を医学と共有していない」、だからあいつらと一緒になるような名称の変更は嫌だと言っているわけです。

 「新しいタイトルをつかむことによって、パラメディカルの人々に対抗するという考えは、この職業を高めることにはならない。大衆にdentistの能力や我々の職業の価値を知らせることが我々の仕事である」

 つまり、oral physicianなんて妙な名前にしないで、dentistでいいじゃないかと。そのかわりdentistの能力だとか、我々の職業には価値があるんだということを知らせる。つまりdentistryというのはどういうものなのか。dentistの仕事はどんなものなのかということを知らせることに成功すれば、我々はphysicianなんていうことを言わなくても尊敬されるんだということを言っているわけです。

 そして、「dentistは口腔の処置後の止血に医師とその責任を共有していく」というわけです。口腔の処置後の止血は自分ではできないんです。医師と責任を共有している。だから歯医者は偉いんだということを言っているわけです。

 「カナダのManitoba州のdentistたちは、この地方の喫煙者の79%に対する喫煙中止のプログラムを開発した」、だからただ削って詰めているだけじゃない。歯医者は偉いんだと言っているわけです。日本にも禁煙、禁煙と言って、禁煙運動をすることで医者になったような感じの歯科医がいますね。

 そして、「dentistが臨床の場で口腔癌の臨床診断を正しく行う割合は医師の2倍である」と。だから偉いんだというわけですけれども、歯医者は毎日口の中をのぞき込んでいるんですから、これは当たり前ですね。口の中をそんなにのぞき込んでいる医者はそういないです。だから医師の2倍どころか10倍も20倍もあっていいはずなんです。2倍じゃ少ないんじゃないか。

 また、「dentistは症状のない口腔癌患者を紹介することが医師よりも多い」と言っているけれども、これも当たり前でしょう。偉くも何ともない。

 アメリカ歯科医師会雑誌にはいろいろな意見が出ていますけれども、去年の8月号の投書欄で、Haward大学歯学部口腔診断学教授のRonald.S.Brownという人が「GiddnoとAssaelの意見は、歯に関係ない口腔疾患の治療を改善する方向にdentistryを導くことはない。診断的及び治療的分野をdentistryにつくることが大事だ」と言っています。2人とも名称に関しては意見が違うけれども、歯科医というのはこういうふうな仕事をやるべきだと、同じような内容の話をしている。そういうつまらないことを言うなと。口の中の診断だとか治療的な分野をdentistryの中に入れるのが本当のoral physicianなんだと。タバコをやめさせたり、ガン患者を医者に送ったりしたって、dentistryを口腔疾患の治療を改善する方向に導くことはないと言っているわけです。

 そして、「dentistryは、その発端から外科的、処置的職業であった。医学もそのように始まったが、やがて非外科的医学専門家を取り入れた」と。oral medicineを専攻している人には大体こういう傾向があるんですけれども、surgeryというのはmedicineよりも格が下というような考え方が欧米では根強く広くあるんです。だからsurgeryの中でも最も職人に近い歯科医は軽蔑されるんだということを言っているんです。

 ところが、立派な意見を言う人もいます。去年の8月号にCartis.E.Kという人の投書が載ったんですけれども、この人はアリゾナ州のただの開業医です。私の見たところではこの人が一番まとめな歯科医なんじゃないかと思います。大学なんかにいなくて開業しているだけに、本当のことが見えていると思うんです。

 「GiddnoとAssaelの議論は名称の変更のまわりをめぐっている」。だからばかげているというわけです。「dentistやdental hygienestのある者たちは患者をclientと呼んでいる。だから私が自分の仕事をどんなに広げようとも、患者たちは私を依然としてdentistと呼ぶだろう」と言っているんです。clientというのは、フランス語ではクリアンと言います。それが外来語として英語に入ってきてclientになった。英語でclientというと、弁護士や税理士のお客さんみたいなものを言いますけれども、もともとは「客」という意味なんです。フランス語では完全に日本語で言う「お客さん」というのと同じニュアンスを持つ言葉です。患者を「お客さん」と呼んでいる限りは、仕事をいくら広げたって、患者は私たちをdentistと呼ぶだろうと。

 「しかし、将来、私は、odontostomato logical medicine and surgeryを実践するだろう」

 これは日本語で言えば「歯や口腔の医療」ということです。dentistじゃなくて本当の口腔科医だというなら、タバコをやめさせたり、ガンの患者を送ったり、そんなことをやっていないで、歯や口腔の医療を実践するのが本当のoral surgineなんだということを言っているわけです。

 この記事が出た後、熊谷崇先生がザ・クインテッセンスに「oral physicianについての提言」というのを書いています。熊谷先生独特のoral physician像をつくって、oral physicianになりなさいと。ついては私のセミナーを受けなさい。私のセミナーを受けた人にはoral physicianの認定証を出すというわけです。そこにたくさん行ったみたいですね。

 そうしたら、今度はそれに対する批判みたいなものが出ていまして、けっこうoral physician論争があるんです。だけど、常識的に考えて、oral physicianというのは歯や口腔の医者です。歯や口腔の医療をやる人じゃないとだめなんです。しかし、熊谷先生のoral physicianというのはそうじゃないんです。

 世界中でたくさんの歯科医が歯科医師や歯科医業の評価を高めるために努力しているけれども、まず効果はないでしょうね。今までもいろいろ努力をしてきたけれども、日本でもアメリカでも全然効果が上がってないんです。なぜ効果が上がらないかというと、歯科医というのはdentistryと医療の違いがわからないんです。dentistryと歯科医療は違うんです。

 さっきもお話ししたように、dentistとかdentistryという言葉には、その語源から見ても医者だとか医療というニュアンスはみじんもないんです。dentistryと歯科医療というのは違うんです。dentistryというのは職人仕事なんです。dentistryというのは欠損補綴と歯冠修復と歯列矯正です。それ以外にもdentistryというと、今は虫歯の治療とか歯内療法とか歯周病も入っていますけれども、基本的にはdentistryというのは医療じゃないんです。世界中の歯科医がそれと歯科医療の違いがわからないんです。だからいくら努力をしても、そんなものは歯科医や歯科医療の評価を高めることができないんです。現に今まで何十年、何百年の歴史を見ても、全然高まってないんです。

 つまり歯科医療というものをDENTISTRYからSTOMATOLOGYに変えなければいけないんです。DENTISTRYという職人仕事から口の医療に変えるということをしないと、歯科医師の評価は上がらない。そのためには日本の歯科医師というのが世界中で一番いいんです。私は世界中知っているわけではないですけれども、先進国の歯科医師の中で日本くらい業務範囲の広い歯科医師はないんです。日本は今、歯科医師の資格を取ると、アメリカやヨーロッパの人たちがびっくりするような仕事ができるんです。例えば今でもアメリカではdenti-stの資格では放射線療法はできないんです。歯学部の放射線学の教授はレントゲン写真を撮るだけなんです。ところが日本では歯科医師の資格で放射線療法をやっています。

 私はフランスの国立アカデミーの会員になったときに、新しく会員になると講演しないといけなくて、「日本の歯科医療と歯科医師」というテーマで、パリで1時間ばかりフランス語で講演をしました。その講演が終わった後、たくさんの人が私のとこにに来ていろいろな意見を言いましたが、その中で、「びっくりした。日本の歯科医というのは歯科医じゃない。STOMATOLOVEだ」と。英語で言うとSTOMATOLOGIST(口腔科医)ですね。これは医者です。医学部を卒業して医師の資格を撮った後、2年間、STOMATOLOGYを研さんすると、STOMATOLOVEと呼ばれる専門医になるわけです。

 日本のように歯科医師の業務範囲の広い国はちょっと見当たらないんです。だから日本の歯科医が実力をつければ、法律は今のままでいいんです。本当に歯や口腔の医療ができるような能力を身につけたら、そのままそれを実践しても何ら医師法違反にならないんです。問題は中身を変えることなんです。DENTISTRYじゃなくて、口腔の医療をやれる能力を身につけれなければだめだということです。

 だから、こういうばかなことをやっていてはだめだと私は言いたいんだけれども、今、Minimal intervention dentistry(MID)というのが大はやりなんです。2000年のInternational Dental JournalにTyas,M.J.という人が「Minimal intervention dentistry」というのを書いて、FDIでこれを認めたことから、日本でも大はやりなんです。インレーなんか入れているのは時代おくれだ。あれは障害だと。これはからの虫歯の治療というのは、Minimal intervention dentistryをやらなければためだと、何も知らずにこういうばかなことを言っている歯科医が日本にたくさんいるんです。Minimal intervention dentistryとか、Minimally invasive dentistryとか、preserbative dentistryとか、これは全部同じことです。

 そして、Tyasの本には、「これまでcariesに対する伝統的な外科的アプローチは、歯牙破壊のサイクルへと導くだけである。それは比較的小さな病巣の過度の削除に始まり、充填のやり直し、さらなる削除と続き、結局歯を失う」と書いてあるんです。

 つまり、歯医者のやっている虫歯の治療というのは、やってもやってもきりがない。やり直し、やり直しで、何年かおきにほじくり回して、結局歯は抜かれる。だからずっとやってきている虫歯の治療はやめなさい。それでMinimal intervention dentistryというコンセプトにのっとった虫歯治療をしなさいということをTyasさんは言っているわけです。それに日本の歯医者だけじゃなくて世界中の歯科医がのっかったんです。

 熊谷先生なんかは日本でそれを盛んに推奨しているみたいで、「日本歯科評論」にこういうことを書いています。「丁寧に治療したところでせいぜい15年もつかです。たとえ20年もったとしても、今の人生80年と言われている時代には通用しない。例えば6番がう蝕にかかったとしますと、最初に処置したものが二次う蝕、やがてそれが三次う蝕になって、クラウンになり、ついには抜歯になって、ブリッジとなり、そのうちどちらかの支台歯がだめになって、バーシャルデンチャーになる。歯科治療においては大体こういう治療経過をたどるわけです」

 熊谷先生の言っていることは正しいんです。本当にそうなんですから。日本中でやっている歯医者の治療というのは結局これで、いくらやってもだめなんです。だから熊谷先生は間違ったことは言ってないんです。

 それから、熊谷先生は「歯科医展望」にもこういうことを書いています。

 「岡山大学歯学部の調査では、アマルガムは7.4年、レジンは5.2年、インレーは5.4年でだめになる」と。いくらやったって5年かそこらでまたやり直しになるものだというわけです。

 「クラウンは7.1年、ブリッジは8.0年、ジャケット冠は5.9年、継続歯は5.8年というように、いずれも10年以内でだめになります。修復物が脱落をすれば再治療、再々治療を繰り返して、アマルガムやレジンやインレーはクラウンになり、クラウンはブリッジになり、ブリッジはバーシャルデンチャーになって、最後にはフルデンチャーへという経過をたどる」というのが熊谷先生のお考えなんです。熊谷先生のおっしゃるとおりです。

 それから、イギリスで2003年に発行された出た保存修復学の教科書では、アマルガムは10年、CR充填は8年、グラサ ionomerは3年、cast gold インレーは18〜20年、これが一番もつんだと言っています。ヨーロッパでもこんなものなんです。

 それから、今年の8月16付の読売新聞朝刊の「医療ルネサンス」という囲み記事に、北海道大学の教授が言っているということで、こんなことを書いています。

 「虫歯治療の寿命」ということで、虫歯治療なんていくらやったってレジンで5.2年、インレーは5.4年、クラウンは7.1年、ブリッジは8.0年でだめになる。だから虫歯の治療なんていくらやったって10年以内にみんなだめになるというんです。

 これも読売新聞の記事ですけれども、その後にこういう文章が続くんです。

 日本人の多くはきちんと歯科に通い、歯を磨く。それでも歯は年と共に消えていく。治療すれば歯は壊れる。だから治療ではなくて予防だと。                これが読売新聞の記者があちこち取材して回って得た結論なんです。日本中の歯医者さんはみんなこういう考えを持っているみたいです。今、開業医は、これからは治療はだめだ、予防だと、みんなこういう考え方にのっかっているんです。それは治療より予防のほうがいいでしょう。病気を治すよりは病気にならないほうがいいんです。

 でも、病気になったらどうするんですか。病気になったらだめということなんです。つまり歯医者は口の中を病気を治せないから、病気になったおしまいだと。治療はどうせだめだからやらないで予防をしろということです。そうだとしても、予防って何ですか。歯を磨け、フッ素を塗れということなんです。歯医者というのはつまらない職業でしょう。

 では、minimal interventionというのはどんなものなのか。その一番もとになったFDIの雑誌のTyasの論文を子細に読んでみますと、minimal intervention techniqueを用いての歯冠修復というのは、具体的にはtunnel restorationとか、preventive resinとか、アートラウマティックレストレイティブ トリートメントとか、ミニバックス レストレーションとか、minimal interventionというコンセプトにのっとって、こういうような治療法があるということを書いているんです。

 そして、Tunnel and Internal Restorationのサバイバル   率が書いてあるんです。minimal intervention dentistryで治療するとどうなるかというと、治療3年、3年、5年、7年で、3年の場合には91%、3年でやった結果46%、7年で39%ということで、この人の調査ではMIDという治療法で虫歯を治療して、3年たったら半分以上がだめになる。7年たったら6割以上がだめになる。つまりMIDという方法で接着性レジンを使ってあまり削らないでやったって、虫歯が治るなんていうことは言ってないんです。それでやったってだめなんです。大体3年、長くて7年ぐらいしか見てないんです。この程度もてばいいということなんですね。どうせだめなんだから削りまくって面倒くさいことをやるよりは、最少限度削って接着性のレジンを詰めておけということなんです。

 それから、もう一つのMID、Preventive Resin Restorationで見ても、1.5年、1.5年、2年、2.3年、5年、9年、一番長いので10年です。10年でサバイバル、そのまま残っているのは75%、87%で、1.5年でも100%じゃないんです。10年以上は誰も見てない。10年以上もつはずがないということです。

 それから、Atraumatic restorativ treatmentというのは、もともと発展途上国でのcaries処置法としてWHO推奨の治療法なんです。WHO推奨なんていうと日本の歯医者さんはみんな信用するんですが、これは電気も通常の装備もない環境で、専門的知識や技術があまりない人々が行うcaries治療なんです。大したもんじゃなくて、3年で71%、59%です。

 それから、Mianibox Restorationというのは、2.2年、3年、5年、7年、2年と、これしか見てないんです。10年なんてとんでもない話です。これなんか7.2年で70%で、100%といったって2.2年では偉くはないでしょう。

 それで、安田登さんという方が「デンタルダイヤモンド」に「Minimal Intervention臨床and接着臨床」という論文を書いていますが、この方はMinimal Interventionでカリエスの治療をしているらしいんです。だけど、「一度手を付けた歯は次々とまるで坂道を転げ落ちるかのように崩壊への道を辿ってしまう。術者も患者も、場合によってはう蝕が進行してしまうかもしれないし、破折や充填物が脱落して、知らないうちに二次う蝕になるかもしれないのを承知で行っている処置と言っても過言ではない」と言っています。この安田さんという方は本当のことを言っているんです。MIというのはこの程度のものなんです。

 それから、加藤正治さんという方が「歯科医展望」に「Minimal Interventionを軸にした新しい時代の歯科医」というのを載せています。新しい時代の歯科医はMIをやるんだとと言って実行しているみたいなんですけれども、「Minimal Interventionは永久修復という考え方の対極にあるものとか、MIDによる修復は永久充填ではない」と、この人も本当のところを見ているんです。Minimal Interventionというコンセプトで治療をすれば治るなんて、誰も言ってないんです。歯科医がカリエスの治療をしたってどうせ治らないんだから、ほんのちょっとやっておけということなんですね。だから、Minimal Interventionに飛びついているというのはばかなんです。考えなければいけないんですが、GCだとか何とか、材料までこれに載っているんです。

 これは先ほどお話ししたTyasの「International National Dental Journa」の論文をFDIで推奨したために始まったんですけれども、この論文の中でも、「う蝕再発の防止に完全に効果的な修復材はない」と言っているんです。自分で接着性のレジンはものすごくいいんだからやれと言いながら、修復材はないと。したがって、すべての修復処置は予防テクニックの存在下で行われるべきだと。予防テクニックをやらなかったら、どんな充填をしたって虫歯の治療はみんなだめになると言っているわけです。

 それでいながら、「フッ化物も、歯と修復物との間の細菌の漏洩の予防も、さらなるう蝕の予防にも十分ではない」と言っているんです。予防処置を一緒にやれと言いながら、十分ではないと。「現代の歯牙修復学における主な問題の一つは、失敗に帰した修復の診断と処置である」、これが結論なんです。つまり何をやってもだめで、必ず失敗する。だから、歯冠修復学における主な問題は、失敗した場合どうするかということを考えることだと言っているんです。お手上げなんです。だから治療はだめだ、これからは予防だというわけです。

 それはわからないことはないけれども、病気になったらどうするのか。病気を治すのが医者の仕事じゃないのか。ところが、医者の仕事はだめだから、歯科医の仕事はやめて、歯科衛生士の仕事をみんなでやりましょうということみたいです。

 それから、Rosenstielという人が2004年の「Journal of Prosthet,Dent.」という補綴の雑誌に「北米のdentistたちは、臼歯に対して伝統的な金属の修復物のかわりにCR充填を行うことが増えている」と書いています。Minimal Intervention dentistryのコンセプトにのっとって、日本でも今、臼歯部にCR充填をばんばんやっています。

 じゃあ、患者さんの口の中にはCRをやっているけれども、dentistが自分自身の歯の修復物としては何を選んでいるのかということを調査したものがあります。そうしたら、CR充填は7%にすぎないんです。患者さんの口の中には圧倒的にCR充填をやっているけれども、自分の口の中にやるのは嫌だと言っているわけです。アマルガムのほうがまだ多くて、36%です。ゴールドインレーが13%、complete veneer crownが10%、metal-ceramic crownが8%で、これが一番少ないんです。アメリカの歯科医は自分の口の中にやるのと患者さんの口の中にやるのは違うんです。

 これは実際に臨床でやっておられる皆さんにぜひ聞いてもらいたいんですけれども、読売新聞の記事で、医科歯科大学の保存修復学の教授が、「今でもインレーをやる時代おくれの歯医者がいる」と言っているんです。接着性レジンといういい物があるにもかかわらず、なぜいまだにインレーをやる時代おくれの歯科医がいるのかということの説明として、インレーはもうかるんだと。接着性レジンはもうからない。だからインレーをやる歯科医が今でも後を絶たないと言っているんです。

 これを皆さんはどう思いますか。この人は本当に虫歯の治療をしているのか。接着性レジンはものすごく手数がかかるけれども、インレーは手数がかからない。だからもうかるから、インレーをやる歯科医がいまだにいるんだと言っているんです。

 虫歯の治療というのは、今お話ししたように治らないということになっているんです。ところが、私は30数年前から、ほらを吹くようですけれども、私が虫歯の治療をしたら、その患者さんは死ぬまでやり直しはなしという考えで治療をしてきたんです。極めて特赦な場合以外は、私がやらなくても、卒業して1〜2年ぐらいの駆け出しの歯科医でも、私の病院でよく指導してやらせたら、何十年たってもなり直しなんかないんです。長くても15年でだめになると言うから、15年以上の例を挙げます。

 私に言わせれば、カリエスの治療は一ぺんやったら、死ぬまでやり直しはないんです。だからこんなものを写真に撮ったり調査したりする気は全くなかったんです。私は今の病院を始めて三十六、七年になるけれども、その間、無数のカリエスの治療をしていまけれども、ほとんどやり直しなしです。たまにやり直すのは、駆け出しの1年か2年の歯科医が明らかにばかなことをしているからなんです。ところが、こういう時代になって、カリエスの治療はいくらやってもだめだという常識が広まってきたので、こういうことを話す必要があるかなと思って、1カ月ぐらいばたばたやって、定期検診に来た患者さんを撮って、これだけのものができたわけです。

 この患者さんは、充填日が1988年3月2日、撮影日は2004年4月22日、充填後約16年たっていますけれども、びくともしないんです。

 これも16年です。

 これもそうです。16年たっても何ともないんです。

 これは右上の4、5、6、7で、18年たっていますが、何ともないんです。

 これは左上の4、5、6、7で、18年たって、やり直しも全然ないです。

 これは右下の4、5で、18年、何ともないです。

 これは左下の4、18年、何ともないです。

 これは右上の4、5、6、これも18年で、全く何ともないです。

 これは右下5、7で、充填後20年のレントゲン像と口の中です。

 これも充填後20年の上顎の臼歯部です。20年たっても何ともないです。

 これは充填後23年、右下4、5、6、7です。何ともないです。

 これも充填後23年、上顎の臼歯部です。

 これはレントゲンです。

 これは充填後23年、下顎です。

 これはレントゲンです。

 これは充填後24年、左上4、5、6、7です。

 これは充填後24年、右上4、5、6、7です。

 これも充填後24年、左下4、5、6、7です。

 これは充填後25年、右下4、5、6、7です。

 これも充填後25年、左下4、5、6です。

 これは充填後26年、右下4、5、6、7です。

 これは充填後26年、左下4、5、6、7です。

 これは充填後27年、左上4、5、6です。

 これは充填後29年、右下4です。

 これは充填後31年、左下4です。

 これは充填後31.5年、左下5、6、7です。

 これは充填後32年、左上4、5、6、7と、左下4、5、6、7です。

 これは充填後33年、左上5、6、7です。

 これは決して特別な例でも何でもないんです。基本的には全部こうなんです。無数にやっていますが、だめになるはずがないんです。この患者さんたちは今でも定期検診に通ってきていますが、何でもないですから、今の年数にもう1年足してみてください。10年以内でみんなだめになるというのは、やり方に何か問題があるんです。医療をやっていなくてdentistryをやっているからそうなってしまうんです。

 今までいろいろなものを見ていると、みんな虫歯の治療というのはだめだと。岡山大学でも北海道大学でも10年以内にみんなだめになる。5年ぐらいでだめになる。やり直してもまただめになる。だから治療はだめだから予防だと。こういうのが今の歯科界の傾向なんですけれども、そうじゃないんです。治らないんじゃなくて、治せないんです。

 私は昭和44年にアメリカから帰ってきて臨床を始めたんですが、開業第1日目の第1番目の患者さんから、すべての患者さんのカルテとレントゲンを全部取ってあります。カルテはそのままじゃだめだから、最初はマイクロフィルムに撮ったんですが、今は磁気ディスクにとってあります。だから患者さんが来ても、充填物は何年前の何月何日にやったか、調べればすぐわかるんです。

 何のために取ってあるかというと、目的は二つあります。一つは患者さんを永久に定期検診で通わせるということです。そのときに、永久に通えと言いながら5年前のカルテがないとか、10年前のカルテがないのではなだめだから取っておくということです。それから、もしも経過が悪いとか失敗したという場合には、徹底的に原因を究明して、同じ失敗は二度と繰り返さないようにする。そのためにはカルテとかレントゲンとか、記録がなかったらどうしようもないんです。それでとっておいたんですけれども、結果的に何年前の充填かということがあっと言う間に調べられるんです。何年たってもだめになるものじゃないんです。一ぺん治療したら、やり直しはないんです。

 昭和45年か46年ごろ、私は、神奈川県の相模原歯科医師会で初期う蝕の治療について講演してくれと頼まれて、絶対だめになるものじゃないという話をしたんですが、誰も信用しなかったんです。だけど本当にそうなんです。

 今まで歯科医は虫歯を治せないという話をしてきましたけれども、歯周病も治せないんです。虫歯も歯周病も治せなくて、何を治しているのか。2003年の日本歯科医師会雑誌に二階堂雅彦さんが、「歯周病のメインテナンスを効果的にするために」という文章を書いています。この人はアメリカで歯周病か何かの勉強をしてきた、歯周病に自信のある方みたいですが、それを読みますと、歯周病治療ではゴールが見えないと書いてあるんです。自信がないんですね。

 それから、「歯周病は、糖尿病や高血圧症などと同じで完治はない」と言っています。この方も正直な方で、治せないということを認めているんです。

 「歯周治療のゴールは患者ごとに異なる。ゴールと、その方法論が不明確なのが歯周治療の特色なのである。メインテナンスは、この不明確なゴールを補うものである」と。この人の話を聞くと、治療が終わってメインテナンスに入るというわけですが、メインテナンスに入っても治ってないんです。だからメインテナンスの期間中にじゃんじゃん治療をやるんです。つまり治らないということなんですね。

 それから、歯科衛生士さん向けの本「デンタルハイジーン」の2003年10月号に、「かかりつけ歯科医制度とメインテナンス」という特集がありまして、3人の歯科医による座談会が載っています。

 その座談会の中にこういう発言があるんです。「歯周疾患の状態から言えば重度でも、軽度、中等度という認識が持てるところまで治療して、ここからは患者さんと歯科衛生士さんの管理によってこれ以上悪くしないようにしましょう、というようにしています」と。歯科医師じゃなくて、患者さんと歯科衛生士さんとの管理によって、これ以上悪くしないようにしましょうというわけです。つまり治らないということを言っているんです。

 「歯科医というのは、入れ歯をつくったり歯冠修復をしたりするのが仕事で、病気を治すのは歯科衛生士さんの仕事」という発言まで見えるんです。この方も本当のところをよく見ているんですね。歯科医は治療しているんじゃないんだと。

 それから、「歯科医展望」の別冊で、加藤煕、畠山善行、船山栄治という方たちが、「歯周病のメインテナンス治療」ということで話をしています。加藤先生は北海道大学歯学部歯周病学講座の主任教授だった人で、あとのお二人は歯周病専門歯科医でコースか何かをやっている人たちですが、加藤先生はこういう発言をしています。

 「臨床の中で歯周病の治癒を定義するのはなかなか難しく、したがって治療が終わったという判定も実際は非常に難しい」と。これが大学の歯周病講座の主任教授の発言です。歯医者は歯周病を治せないと、加藤先生も本当のところを見ているんですよ。

 「症例によっては完全な治癒はあり得ないような段階のままメインテナンスに移行して管理していく形になり、メインテナンス期間中に治療の必要性も生じることから、『メインテナンス治療』という言葉が出てきたところがあります」というわけです。

 治らないけれども、メインテナンスに移行しようかと。メインテナンス期間中に治療をじゃんじゃんやるから、その治療を「メインテナンス治療」と言うんだと言っているけれども、これは加藤先生の勘違いです。アメリカのサポーティブ・ペリオドンタル・セラピーとか、サポーティブ・ペリオドンタル・トリートメントといったような言葉を、「メインテナンス治療」というふうに翻訳しているんですが、加藤先生は完全に間違えているんです。

 歯周組織が完全に健康になった患者さんの、その健康な状態を維持するのがサポーティブ・ペリオドンタル・トリートメント(SPT)なんです。ところが、加藤先生は治すことができないから、メインテナンスになっても治療をじゃんじゃんやるので、それをSPTと言うんだろうというふうに勘違いしているんです。これは完全に間違いです。なぜそういう勘違いをしたかというと、アメリカのSPTについてのいろいろな文献をよく読んでいないということと、もう一つは、自分が治せないから治らないんじゃないかと思っているということです。

 それから、船越先生は、「治癒ではなく治療が終了した時点でメインテナンスに移行します」と言っています。だから治癒はしないんです。メインテナンスにいっても治ってない。これが医者じゃなくてdentistの考えなんです。医者だったら治癒しなければ治療は終わらないんです。ところがdentistは治癒しなくても治療が終わるんです。スケーリングして、ルートプレーニングして、清掃指導して、フラップオペレーションをして、やることが全部終わったから治療は終了した。こういうことを言っているから治らないんです。医者だったらどんなばか医者でも、治癒しないのに治療が終了したなんてばかなことは言わないです。治らないんだから、治療は終わってないんです。

 「治癒という言葉で判断するのは難しいと思うので、その患者さんに必要な治療を全部一通り終わった段階でメインテナンスに移行しています」とも言っています。dentistというのは治しているんじゃなくて、いじり回しているんです。清掃指導をして、スケーリングして、ルートプレーニングして、フラップオペレーションして、やることがなくて、全部終わった。だから必要な治療が全部終わった段階で、治っていなくてもメインテナンスに移行するしかないわけです。だからメインテナンスに入ったっていじくりどおしで、みんなだめにしちゃうんです。

 畠山先生も、「私も基本的には同じ考えです。アクティブな治療の中にもメインテナンス治療を行っているとも言えると思います」と言っています。やっぱりメインテナンスに入ってからさんざんいじくり回しているんです。治療をしているんです。

 それから、この間やめさせられたみたいですけれども、厚生省の歯科医療管理官で歯科のトップだった山内雅司という人は、「どの時点からどのような状態になったらメインテナンスに移っていくのかという基準は、これまで明確にされていない」と言っていますけれども、治って健康になったらメインテナンスに移行するんですよ。歯周病のメインテナンスというのはそういうものです。歯周病の治療をして、歯周組織が健康になったら、その時点でメインテナンスに移っていくわけです。こんな明確なものはないでしょう。ところが、これまで明確にされていないと言うわけです。わかってないんですね。

 そして、「歯周病は慢性疾患という概念の中にあるとしたら、一定のレベルを変えずに継続的に維持されることが要件で、慢性疾患というのは、それ以上悪化しない、あるいは極端に良くもならないという状態で維持されるものです」と。つまり歯周病は慢性疾患だから治らないと言っているんです。治らないから、それ以上悪化しない、しかし極端によくもならないという状態で維持しましょうと。厚生省の歯科のトップがこういうことを言っているんです。

 それから、佐々木勉さんという方は、この方はごく普通の開業医なんですけれども、熱心に歯周病の治療をしておられる方みたいで、「日本歯科評論」にこういうことを書いています。「歯周治療は一応の処置終了時点が新たなスタートであり、そこから真の歯周病との長い闘いが始まる」と。全部同じ考えなんです。いじり回すことがなくなったら処置終了なんです。それでしょうがないからメインテナンスに入る。そこからが歯周病との長い闘いだと言うんだから、治らないんです。

 「また、治療終了時点で理想的な口腔環境整備を達成することは大変難しい」と。つまり治療が終わった時点でもだめだと。治療が終わってないんですよ。ところが歯科医は終わるんです。治療しているんじゃないんです。いじくっているから、治療が終わっても病気は治らない。「多くの症例においてなんらかの問題を抱えたままメインテナンスに入るのが常である」と言っていますから、それが当たり前だと思っているんですね。

 「したがって、詩集治療後のトラブルを常に念頭におき、トラブルが発生したり、予想される場合には(中略)的確に対応することが、歯周組織を良好な状態で長期間維持することになる」と言うんだけれども、「良好な状態で長期間維持する」というのは、言葉の上で無理があるでしょう。

 平成14年4月の点数改定のとき、「全科実例による社会保険歯科診療」という本が出たんですけれども、その中に「歯周治療の進め方」というのがあります。保険ではどういうふうにやるのか。歯周病を、歯肉炎、軽度から中度の歯周炎、中度から重度の歯周炎の三つに分けて、その治療の進め方について説明しています。中等度から重度の歯周炎の場合には、非外科外科手術症例と外科手術症例の二つに分けて、治療の方法を説明しています。

 それによりますと、歯肉炎は初診から始まって、清掃指導をして、スケーリングをやって、何をやってと、フローチャートが書いてあるんです。そして最後は治癒で終わっているんです。治癒で終わった後は何もしなくていいということなんです。

 軽度から中度の歯周炎についても初診から始まって、外科手術とか、保存療法とか、清掃指導とか、プラークコントロールとか、いろいろフローチャートであって、最後は治癒で終わっている。

 つまり歯肉炎や軽度や中度の歯周炎は、どうも治るみたいです。治ったらそのまま放っておけばいいと。

 それで、問題は、中度から重度の歯周炎です。これの非外科手術症例は初診から始まって、いろいろ書いてあって、最後は病状安定になるんです。つまり治らないんです。そして、病状安定の後にメインテナンスがあるんです。これは逆でしょう。治癒した後にメインテナンスがあるんですよ。ところが治らないから、その後はメインテナンスに移って、そこでまた治療を繰り返しながら、歯が抜かれるまで治療していくわけです。

 外科手術症例も同じです。初診からいろいろな手順を踏んで、フローチャートが書いてあって、最後は病状安定で、その後はメインテナンスなんです。歯科医は歯周病を治せないということがこれを見てもわかるでしょう。

 2002年のアメリカ歯科医師会雑誌では、歯科医療中に占める歯周治療の割合は1%だと。歯周病というのは、簡単な歯肉炎まで含めれば、成人のほとんどが罹患しています。ところが、歯医者さんのやっている仕事の中で歯周療法は全体の1%にすぎない。つまり歯科医は歯周治療をやっていないということです。

 それで、この1%の歯周治療というのは何だと思いますか。スケーリング、ルートプレーニング、清掃指導、そんなものです。periodontist(歯周病専門医)に受診した患者の割合は、複数回答ですけれども、2.4%にすぎないんです。つまりアメリカの歯科医も歯周病はほとんどいじっていないということです。

 これも2002年のアメリカ歯科医師会雑誌ですけれども、どんな歯科医が歯周病の治療をしているかというと、歯周病専門医は20.5%、一般歯科医が78.3%と、一般歯科医が圧倒的に多いんです。口腔外科医は0.2%、補綴専門医は0.7%となっています。口腔専門医や補綴専門医というのは何をやっているかというと、クラウンをかぶせる前にスケーリングをやりますかと、そういうものです。

 私はアメリカにいたときに、歯科医たちが奥さん同伴で大勢集まるパーティーに呼ばれたことがあります。そのとき私の隣に座った歯科医の奥さんが向こうにいる歯科医を指差して、あの人が私の主治医だと言うんです。ご主人は歯科医なんです。隣に座っているんです。私は、自分のだんなが歯科医なのに、よその歯科医にかかって家庭争議でも起きないかと思って心配して聞いていたんですが、だんなもそばでにこにこ笑って聞いているんです。だんなは普通の歯科医で、主治医という人はperiodontistなんです。歯周病の治療に通っているという意味なんですね。ことほどさように、普通の歯科医というのは歯周病の治療をする能力がない。だから専門医がいて、その人がやるんだということになっているんだけれども、実際には専門医でも20.5%、こういう状況なんです。だから歯周療法なんていったって、ほとんどがやってもやらなくてもいいようなスケーリング、ルートプレーニング、あるいは清掃指導といったことなんです。

 アメリカのPERIODONTISTというのはどんな仕事をいると思いますか。歯周療法は自分の仕事の20.5%です。一番多いのはインプラントで34.6%、顎顔面補綴、これは何をやっているんだか知らないけれども、25.6%です。歯周療法をやるよりインプラントを入れたほうがもうかるということなんでしょう。

                〔スライド終了〕

 

 皆さん、今の話をお聞きになってどうですか。dentistというのは、アメリカでもヨーロッパでもそういう職業なんです。治療できないんですから、世間で高い評価を受けるはずがないです。治療できないということをみんな認めているんです。虫歯は治らない。歯周病も治らない。oral surgeryとかoral medicineなんていうのは特殊な人がやるんだと。では何をやっているんだといったら、医療行為はやってないんです。だから、今挙げた熊谷先生でも誰でもそうですけれども、そういうことが少しわかってくると、治療はだめだから、これからの歯科医療は予防をやらなければいけない。予防だということを言っているんです。こういうことを言っている人は偉い人ですよ。歯科医は治療ができないということがわかっているんですから。虫歯も歯周病も治せないんだから、これからは予防だとわけです。

 さっきもお話ししたように、それはそうで、病気になって治療するよりは、病気にならないように予防したほうがいいに決まっているけれども、病気になってしまった人はどうするんですか。病気になった人を治すのが医者の仕事じゃないのか。それが難しいんです。予防って何をやるのかといったら、フッ素を塗って、歯を磨けというんですから、別に難しくもなんともないんです。歯を磨けと言って、清掃指導をして、フッ素を塗る。こういう仕事をしたら歯科医が尊敬されるかというと、尊敬されないですよ。それより虫歯や歯周病を治してごらんなさい。それだけでも尊敬されますよ。

 日本ではかなりのインテリでも、人間は年を取ったら白髪になって、老眼になって、歯が抜け落ちて入れ歯になると、みんなそう思っています。ところが、歯を抜かれるときに、たとえ100歳の人でも、寿命とか、老化とか、老衰とか、よぼよぼという理由で歯を抜かれている人は世界中に一人もいないんです。みんな病気で抜かれるんです。それもほとんどが歯周病か、う蝕、あるいはそれに啓発した疾患で抜かれている。だから、もしも歯科医が虫歯と歯周病を治せたら、理論的には100歳を過ぎても入れ歯を入れている人は一人もいなくなるはずなんです。老化や老衰で抜かれることはないんですから。歯科医が虫歯も歯周病も治せないから、年と共に入れ歯になってしまうんです。

 だから、これからは予防だなんてばかなことは言ってないで、病気を治すことです。予防をやったって決して尊敬されないです。それより病気を治したほうがはるかに尊敬されるし、世間から高い評価を受けます。さっきもお話ししたように、日本の歯科医は法的に認められた業務範囲が世界中で一番広いんです。こんなに広い業務範囲を持っている歯科医はいないんです。フランスで講演をしたときも、それはdentistじゃなくてストラトローブだと。本当に日本のdentistはそんなことができるのかという質問をした歯科医がいっぱいいました。

 問題は、皆さん一人一人がどれだけ医者として通用する能力を身につけるかということなんです。そのためにはどうしたらいいかというと、dentistryと医療は違うんだということを理解しないとだめです。dentistという職業は歯や口の医療としてできたんじゃないんです。さっきもお話ししたように、フランスではいまだにストマトローブという医者がいるんです。

 私がパリ大学に留学したときには、パリ大学医学部の口腔科というところに行ったんですが、そこは、パリ大学医学部を卒業して医師の資格を取った後、2年間、アンステチュード・ストマトロジーというところで勉強すると、ストマトローブと呼ばれる口腔科の専門医の称号をもらえるんです。

 フランスでは、内科の専門医、外科の専門医というふうに、法的に認められた専門医がいるんです。医学部を卒業して医師の資格を取っただけだとメクサン・ジェネラルと言って一般医なんです。それで内科とか外科とか、こういうものを2年間研修すると、メクサン・スペシャリストと言って、専門医になるんです。その一つにストマトローブという口腔科の医者がいるんです。だから、歯や口の医療をやるのはストマトローブなんです。

 dentistは何をやるのかというと、歯の修理なんです。それが最近は少し変わっていまして、日本でもそうなんですが、昔、東京医科歯科大学の歯学部長をやったナガオマサル先生という方が、「歯科医展望」に「一筋の歯学への道普請」という自伝みたいなものを書いているんです。

 ナガオ先生という方は東大の医学部を出た医者で、歯科医師の資格はないんですが、昔はそういう人がみんな歯科をやったんです。大体、歯の口の治療というのは医者の資格を取った人間がやるものなんです。じゃあdentistは何だというと、医療をやる職業じゃないんです。日本歯科医専とか、東京歯科医専とか、日大歯学部の場合は日本大学専門部歯科ですか、そういうところから始まって、歯科の学校というのは、dentistをつくる学校なんです。最初にお話ししたように、歯や口の医者だけ特別に教育するなんてばかなことを考えるやつは世界中にどこにもいないんです。dentistというのは歯牙の修理工なんです。

 日本でも東大の医学部を卒業して医師の資格を持っていて、歯科を専攻した人がいっぱいいたんです。ナガオマサル先生も歯科医の資格はなくて、東大の医学部を卒業して医者になったんです。それで東大の歯科学教室に入って、専攻は補綴です。

 それから、ヒガキリンゾウさんという方がいまして、この方は医科歯科大学の歯学部長だったんですが、東大の医学部を卒業した医者で、歯科医の資格はないんです。だけど専攻は歯科保存学なんです。

 それから、オクルージョンで一躍名を馳せた石原トシロウさんという医科歯科大学のクラウン・ブリッジの先生がいましたが、この方も東大の医学部を卒業した医者で、歯科医の資格はないんです。それでクラウン・ブリッジをやっているんです。

 日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも、そもそも歯や口の医療というのは医者がやるものなんです。それで、歯や口の医療というのは、世界中のどこの医学史をひもといてみても、外科とか、内科とか、眼科とか、耳鼻科とか、婦人科とか、ほかの科と比べて低い評価を受けたという事実はどこにもないんです。歯や口の医療が低い評価を受けたんじゃなくて、dentistryが世界中で低い評価を受けているんです。フランスでもストマトローブという歯や口の医療をやっている人はほかの医者と同じ評価を受けているんです。

 日本でも明治30年代の初めには、外科というのは何もかもひっくるめて外科だったんです。そのうちに、欧米では耳鼻咽喉科だとか整形外科というのが一般の外科とは別に独立した診療科にする傾向があるから、日本でもそうしようということで、東京帝国大学医学部の外科学講座で整形外科と耳鼻咽喉科と歯科を分けたんです。東京帝国大学ではこの三つを全く同じ比重で独立させようということで、明治30年代の初めに考えているんです。

 それで、その当時の外科学講座の助教授から3人選んで、三つの科の初代の主任教授にしようということで、整形外科も、耳鼻咽喉科も、歯科も、みんな同じように重要なものだったので、誰がどの科をやるかというのはくじ引きで決めた。これはうそみたいな本当の話なんです。それで石原さんという助教授がたまたまくじで歯科に当たって、東京帝国大学医学部の初代の歯科の教授になったんです。そして、田代さんという方が整形外科のくじを引いて、日本の整形外科の最初に教授になりました。

 東京帝国大学医学部歯科学講座というのは、歯科大学を卒業した人が行くところじゃなかったんです。もともとは、東京帝国大学医学部を卒業して、医師の資格を持った人がそこで歯科医療を勉強するためにつくったものなんです。だから最初は全部医者ばかりだった。それで、東京帝国大学医学部を卒業して医師の資格はあるけれども、歯科医の資格はないという人たちが続々と出てきた。その人たちがつくった学校が東京医科歯科大学、昔の東京高等歯科医学校です。

 世界中のどこの医学史をひもといてみても、アメリカでもヨーロッパでも日本でもどこでもそうだけれども、歯の口の医療がほかの部分よりも軽んじられたという歴史はないんです。軽んじられたのはdentistryなんです。私はdentistryをやっちゃだめだと言っているんじゃないです。dentistryというのも立派な仕事だから、dentistryもやったほうがいいんです。だけどdentistryしかできない人はdentistなんです。だから絶対に高い評価は受けないです。これは世界中の歯科医学史の教えるところです。これからはdentistじゃなくて歯や口の医療ができる存在になって、それでdentistryができたら大したものです。

 昔、安部公房の「他人の顔」という小説がベストセラーになって、それが映画化されました。そのとき、主人公の医者役を平幹二郎がやりました。平幹二郎は今はすっかり年を取ってしまいましたけれども、かっこいい時代で、人間の手や足をつくるのにアリエンサンで印象を取って、軟性の樹脂か何かでつくるんです。心理的な治療をするためにそれをやるわけです。その指導をしたのが秋山タ一郎という日本歯科大学の技工学の教授で、私たちも学生時代に教わったんですけれども、歯科医が使う印象材とか彫刻刀とか、いろいろな物が出てくるんです。

 私も映画を見たんですけれども、技工室でやっているのと同じ材料を使って、同じようなことをやっているんだけれども、歯医者が技工操作をやっているのと雰囲気が違うんです。なぜ違うのか、そのときはわからなかったんですが、いずれにしてもdentistryはdentistryで非常に大事なものだし、やっていておもしろいし、それはそれでやればいいんです。しかし、dentistryを医療の目で見直したら、歯列矯正も欠損補綴も歯冠修復も絶対今と違うものなるはずです。

 それから、インプラントも、本当に医療としての歯科医療ができるようになった歯科医師は恐らくやらないでしょう。

 きょうのテーマですけれども、これからどうしたら歯科医の未来が明るくなるか。歯科医がdentistのままでいろいろと小細工を弄しても、我々の未来は絶対開けないと思います。歯科医一人一人がdentistryと歯科医療の違いをはっきり認識することです。そして歯科医療のできる歯科医になって、もちろんdentistryもやるけれども、そのほかに歯や口の医療ができる存在になったときに、歯科医というのは本当の意味で高い評価を受けて、それが経済的な評価なり、有形無形のいろいろな社会的な評価を高めることになると思うんです。

 だから、ぜひ皆さんにそういうことを考えていただいて、歯科界全体がそういう方向に向かっていったときは、そんなに遠い将来じゃなくて、歯科界がいろいろな点でいい状態になってくると思います。

 例えば医師会との問題でも、歯科医が口腔外科を標榜してはだめだとか、歯科医を医者とみなさない医師会の態度というのは、そのとおりなんだからしょうがないんです。歯科医は医者じゃないんですから。歯科医が医療行為をできるようになったときに、胸を張って医師会に文句を言えるんです。何をつまらないことを言っているのか。あなた方は勘違いしているんじゃないかということを言えるはずなんです。そうするとそれが保険点数の面とか、その他いろいろな点で反映してきて、歯科医という職業は非常に立派な職業だということで尊敬されると思います。

 ぜひ皆さんにそういう問題をお考えいただきたいということをお願いして、私の話を終わりたいと思います。

 ご清聴、ありがとうございました。