自由の翼

1. 束縛1
 僕はときどき、自分が天使なのではないかと思う。なぜなら、ビオレッタが毎日僕を天使と呼ぶからだ。
 ビオレッタは天使が好きな、可愛い子だ。翼あるものにあこがれている。彼女には自由が無い。決められた分量があり、定まった作り方があり、そのレシピどおりにすれば美味しいお菓子ができるような…そんな育てられ方をした。
 ビオレッタに自由は無い。だから自由にあこがれる。僕の翼にあこがれる。かわいらしい、僕の妖精……。

2. 自由1
 ビオレッタが14歳になった冬、マルドーンという青年が家にやってきた。彼はなんでもこのキオス国の腐った貴族政治を正すと言って、軍を起こしたらしい。
 ビオレッタの父さんが殺された。母さんも犯され殺された。ビオレッタはまだ幼いので、犯されただけで生きている。島送りになるそうだ。
「ビオレッタ、あっちの家の鎖の具合はどうだろうね?」
 僕はわりと神経質だし、引越しも初めてだから、いつも付けている鎖や腕輪の位置が変わったら、どうなるのか予想もつかなかった。牢の外でビオレッタは僕を見下ろしている。口を縛られていて、話ができないのだ。
 マルドーンは言った。
「いいや、君はもう自由だ。君だけじゃない、この家の労働奴隷や、君のような愛玩奴隷も、これで皆助けてやれるよ」
 僕は鎖とビオレッタから"解放"された。ビオレッタと一緒だと思っていた時には鎖の具合まで気になったのに、今は不思議と、そんなことどうでもいいかという気持ちだ。マルドーンは僕が人目につかなくてもいいよう、彼の図書館の司書にしてくれると言った。
 僕の翼は目立つらしい。

3. 自由の行使1
 図書館にはいろんな本があった。僕はまず天使に興味を持ち(本当は天使がどういうものか、よくわからなかったんだ)、次いでいろいろな学問に興味を持った。
「お前は科学一辺倒だな。詩や音楽を学んでもいいのだぞ」
 僕の様子を見に来たマルドーンがそういうので、僕は困ってしまった。
「僕はどうやら人間ではないようです。神が自分に似せて創ったという特別な生き物だからこそ、音楽や詩を理解できるのですよ。僕にわかるのは科学と愛だけです」
 今度はマルドーンが困った顔をした。
「それはどうかなぁ?私には愛をわかるほうがより人間らしいと思えるが。それに、例え人間でもお前を飼っていたような酷いやつもいる。あのビオレッタという少女、愛の欠片も無い。お前のようなキメラを作らせ、鎖につないで……」
 僕は曖昧に微笑んだ。……そう言えばビオレッタもよく歌っていたっけ。

4. 自由2
 マルドーンはとうとう国王になった。皆がマルドーンを好きだった。マルドーンを嫌いだったやつは皆死んだ。なんせ、僕がたくさん道具を発明したからね。マルドーンは僕の科学好きをわかってくれて、王になっていの一番、素敵な研究所を作ってくれた。
「今までありがとう。君はもう、武器を開発しなくてもいい。一生研究所から出ないで、好きな研究をするといい。必要な物は手紙でいってくれ。……くれぐれも、他のやつに武器を発明してやるなよ?」
「ありがとう、マルドーン。そのとおりにするよ」
 僕はビオレッタの為に、七色の羽を持つ小鳥を掛け合わせたり、人を乗せて飛べる凧を作ったりしたが、肝心の事を忘れていた。僕は手紙を書いた。

拝啓 マルドーン様
 つぎはビオレッタを下さい。

 手紙の返事は来なかった。


5. 自由の行使2
 僕はいい事を思いついた。ビオレッタを作ろう!無いものは作ってしまえばいいんだ。これでも発明家の端くれだしね。僕は何度か致命的な失敗を繰り返したけど、何とか完成した。僕のビオレッタ!!!
 薄れてしまったビオレッタの影に、たっぷりと僕の空想を注ぎ込んで作られた彼女は、ビオレッタ以上だ。彼女をプリンセスと呼ぶことにした。プリンセスと暮らし始めたころには、僕はもうすっかり大人になっていたので、プリンセスを妻とし、ささやかに暮らす事にした。

6. 束縛2
 ある日、研究所に物を届けに来る人の息子が、僕の部屋までやってきた。
「やい、プリンセスを助けに来たぞ!」
 彼…イシオールはナイフを持ったりっぱな青年だった。プリンセスは彼の背中側に立っていた。
「プリンセス、何か困ったのかい?」
 プリンセスはうなずいた。
「そうとも!お前という変態科学者に生まれてすぐに妻にされ、こんな狭い場所に閉じ込められて!
王に幽閉されているのはお前だけだ、プリンセスは関係ない!」
 プリンセスは熱っぽい目で、イシオールの服をきゅっとつかんだ。ちょっと失敗したと思っていた情緒面の性能が上がっている!実は成功していたんだ。僕は思わずニヤニヤしながら、イシオールに近づいた。
「何をニヤついている・・・!?」
「まぁ待ってくれ。君は誤解している。僕とプリンセスは、ここで静かに、幸せに暮らしている。それにマルドーンは褒美にこの家をくれたのだよ。困る事は何も無い」
「近づくな、気味の悪い…!」
「イシオール、早く逃げよう。この人は何を言ってもわからない」
 プリンセスとイシオールは駆け出した。僕は二人を捕まえようとした。ドアの所で追いついた。ふと、イシオールが振り返って腕を伸ばした。
 僕の腹にナイフが刺さっていた。

7. 翼
 僕はもがき苦しんだ。手もばたばた、足もばたばた、マントの裏に隠れていた翼もばたばた。
「うわ!なんだこいつ、人間じゃない」
「いい、もう行こうよ、イシオール。わたしこわい、早く行きたい」
「あ……あ、そうだな。行こうプリンセス」
 血が出た。プリンセスもいない。死ぬかもしれない…。ビオレッタの顔が浮かんだ。
 僕は研究所の窓を開け、中庭に飛び降り、初めてまともに翼をばたつかせた。一度も飛んだ事が無かったので、多分誰も知らなかったと思う…。僕の羽は飾りじゃない。
 ビオレッタのいる島はずっと西にある。
 せっかく会いに行くのに、たくさん繁殖させた七色羽の小鳥も、人工翼も忘れてきてしまった。研究所の周りの森、イシオールが住んでいるのとは反対の町、マルドーンが住む城、森、畑、川、森、畑、畑…。海が見えたのは、日が下がり始めたころ。血はナイフの周りにこびりついて固まっていたけど、翼を動かすたびに傷口は広まった。
 島に着き、僕は一軒一軒家を廻り、恐がられ、追い払われた。やっぱり翼は目立つらしい。そのうち、親切な人から都の貴婦人が住むと言う白い家の噂を教わった。行ってみたけど、そこにはビオレッタとは似ても似つかない、白髪の老婆が住んでいるだけだった。
「まぁ、私にももうお迎えが?」
 ビオレッタは何処だろう…。でももう疲れたので、ちょっと休む事にした。
「おばあさん、ビオレッタを知らない?」
「死ぬ前に会いに来たの?せっかく自由な翼があるのだから、綺麗な物を見ればよかったのに」
「綺麗とか、感動とか…、よくわからないんだ。こんな風に死にそうで急ぐ事も無ければ、この羽も一生使わなかったと思う。
ビオレッタに伝えて?この翼をあげるって」


 島には、背中に傷のある男の墓がある。
研究所の向こうの町では、イシオールとプリンセスが、今も幸せに暮らしている。
end