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フリエNEWS 1997年 7月分


後期開幕戦を敗北  as of 1997/07/30

 7月30日(水)19:00より清水の日本平球技場で行われた対清水戦は3−1で敗北しました。
 横浜フリューゲルスは前半開始早々のフェルナンドのゴールでリードするものの、その後中盤−前線のつなぎも悪く、結果3−1で敗北しました。
 私は仕事のやりくりがつかずに応援には行けませんでしたが、課題を残す形での後期スタートとなった模様です。


フリエ惜しくも優勝を逃す  as of 1997/07/20

BUS  7月19日(土)に広島県の広島ビックアーチで行われたJリーグ前期最終戦の対広島戦は、前半2点をリードされるものの、後半怒濤の巻き返し。90分以内に3点を返して逆転で勝利しました。

 前日の夜10時まで東京で仕事をしていたのですが、なんとか横浜11時発の応援バスにまにあいました。さすがに広島まで片道900kmの夜行バスの旅は疲れますが、1万5千円という金額(電車や飛行機の半額以下)というのは魅力的です(宿泊もしなくていいし)。
 昼前に広島ビックアーチについた我々オーレのメンバーは、しばらく自由行動。広島の原爆ドームに行く者あり、毛利元就展を見に行くものあり、健康ランドへお風呂に入りに行く者あり……………。

HIROSIMA-Big-Archi 18:30キックオフ。試合は前半は完全な広島ペース。フリエは全く良いところなしでした。「勝たなければいけない」という精神的重圧からか、パスミスが非常に多く、ほとんど中盤でキープできません。また相手への寄りも遅く、ほとんど自由にボールコントロールされてしまいます。DFもマークのずれが多く、特に2列目の選手への守備の意識は??。これでは失点しない方がおかしいですよね。
 案の定、25分、39分と久保にたたき込まれて2−0で前半終了。正直いってこの時点では全く勝てる気がしませんでした。

 しかし後半に入るといつものフリエが戻ってきていました。新聞の報道などを見ると、キャプテンが随分檄を飛ばしたようですが、選手の動きもてきめんによくなり、中盤を制圧。右に左にサイドを変えての攻撃が出来るようになります。52分のFKからのバウベルのゴールでわき返るフリエ側スタンド。

 しかし広島もなかなかの試合巧者。1点差となり、さらに森保を退場で欠く(服部に頭突き)とDFを厚くしてカウンター狙いに戦術を切り替えてきます。ボールはキープできるものの、最後のシュートにまで持ち込めないフリエ。オタシリオは薩川に変えて原田を、そして森山に変えて吉田を投入して同点を狙います(こんなことは滅多にしないのに)。見ている側からは本当に時間の経つのが早い時間帯でした。三浦もたびたび左サイドからの素晴らしいセンタリングを上げチャンスを作ります。

 同点に追いついたのは試合終了わずか5分前。左CKをサンパイオが押し込み同点。もうスタンドはぐしゃぐしゃに。さらに攻め続けるフリューゲルス。もう感動しかありませんよ私たちには。

 ロスタイムに入り、まだ攻めるフリューゲルス。左を切り込んだ吉田からのパスを今度はバウベルがぶっこんで2−3と試合をひっくり返します(バウベルはこれで得点王に!)。いや、この吉田のパス(センタリングですね)、ここ3試合の鬱憤を晴らすかのように素晴らしいものでした。試合はこのままタイムアップ。あちこちで泣き崩れるサポーター。スタンドはいいようのない興奮と歓喜に包まれます。

スタンドにあいさつに来て戻っていく選手達(決定的な瞬間は当然写真なんて撮っていられない)

 選手はスタンドの真下まできてあいさつをしていってくれました。何人かの選手がゲームシャツやスパイクを投げ込んでいってくれました。応えるフリエサポーター。

試合終了後の広島ビックアーチ(左)と長居のTV中継を見守るサポーター(右)

 鹿島の試合結果によっては優勝もあるということで、他試合の終了まで残っていましたが、さすがに鹿島はがんばりましたね。鹿島優勝おめでとう。確かにフリューゲルスは優勝できませんでしたが、その差は去年より確実に縮まっていると思いました。
 帰りも10時間かけて帰浜しましたが、本当に疲れた遠征でした。でも行ってよかった。今度は優勝の決まる試合をサポートしに行きたいです。そして選手のみなさん、スタッフのみなさん、ありがとうございました。


清水に延長で勝利  as of 1997/07/17

 7月16日(水)に三ッ沢球技場で行われたJリーグ第16節、対清水戦は、逆転につぐ逆転の結果、延長前半に4−3で勝利しました。勝ち点3は逃したものの、最終節での優勝に一縷の望みをつないだ形となりました。
 幸運な?ジーニョの先制点以降は前半は見るところなし。サッカーとしてはお互い攻め手を欠き、簡単なパスミスを繰り返すフリエに対し、比較的高い位置でボールをコントロール出来る清水。やはり4バック気味のDFがばたばたします。
 前半は、なんとかしのぐものの、後半にCKから失点すると選手の動きが極端に悪くなります。さらに1点取られ逆転。この時点でサポーターも「万事休したか」と落胆したのもつかの間、逆に意識の薄くなった清水DFの裏に服部が走り込み同点ゴール、さらに1分後バウベルが逆転ゴールを決め3−2に。三ッ沢は歓喜に包まれます。
 しかし、そう簡単には勝たせてくれないですね。後半終了5分前くらいに沢登のきれいなFKを決められてあえなく同点。延長に持ち込まれます。
 延長前半9分、またしても清水DFの裏に抜けた服部を清水DFがエリア内で倒しPK。このPKをバウベルが決め、何とか勝利しました。
 MVPにはジーニョが選ばれていましたが、この日の殊勲者は間違いなく服部選手でしょう。あの2点目は本当に気迫がこもった素晴らしい得点でした。

 この試合のあと、横浜フリューゲルスを離れパルメイラスへ移籍するジーニョ選手のお別れセレモニーが行われました。2年半の間素晴らしいプレーを私たちに見せてくれたジーニョには感謝しかありません。
 ブラジルへ戻ってもう一度ブラジル代表に返り咲きたいという強い意識があったようです。ジーニョ選手の今後の活躍を期待したいと思います。

 ※ジーニョ選手の最後だというので、カメラもデジカメもみんな持っていったのに、結局泣いてしまってなにも撮れませんでした。


デニルソン選手 パラナで活躍  as of 1997/07/16

 昨年横浜フリューゲルスに在籍したデニルソン選手の元気な姿が、昨日のスポーツIのブラジル全国選手権対サントス戦で見られました。
 2番を付けたデニルソン選手は、右のサイドバックで出場。果敢な攻め上がりを見せ、たびたびチャンスにも絡んでいました。
 試合はパラナが2−0でホームでサントスを破る意地を見せています。


新外国籍選手の加入  as of 1997/07/15

 クラブはブラジル、サンパウロ州のパルメイラスよりFWのフェルナンド選手を6ヶ月間のレンタルで獲得したことを発表しました。J2ndステージからの出場となります。


ジーニョ選手パルメイラスへ移籍  as of 1997/07/12

 ジーニョ選手が7月一杯でチームを離れることが決定した模様です。移籍先は古巣のパルメイラスで、3年前にコンビを組んでいたエジムンドもパルメイラスに戻ります。
 クラブはそのパルメイラスからFWの選手を6ヶ月の期限付きで獲得した模様ですが、詳しくは不明です。
 うわさのあったサンパイオ選手に関しては、特段の情報はありません。


マリノスに敗北  as of 1997/07/12

 7月12日19:00から三ッ沢で行われた対マリノス戦は、後半サリナスのゴールを許し、その後もせめるもののマリノスの固いDFに阻まれ、0−1で敗北しました。
 試合の内容自体は、ダービーらしく中盤での早いつぶし、FWに対する厳しいマークなど見せ場は多く、非常に好ゲームだったと思います。三浦もけがを押して出場。さすがに上がりはきつそうでしたが、何度もチャンスを作っていました。ただ審判のイージーなミスジャッジが目立ったのも確かで、ちょっと興ざめでしょうか。
 この敗北により再び首位を鹿島に明け渡しました。前期もあと2試合ですが、まずは目の前の試合をきっちり勝ちに行くことでしょう。


三浦選手負傷  as of 1997/07/12

 三浦選手は、水曜の対平塚戦で負傷交代していましたが、検査の結果剥離骨折との診断がでています。このため今日のマリノス戦への出場は難しいと思われます。


ダービーの並び位置について  as of 1997/07/10

 土曜日に行われる横浜ダービーの並び位置ですが、昨年のアウェイ時と同じように三ッ沢競技場の正門側に並ぶようになります。不測の事態を避けるためということのようですが、場所を間違えないようにご注意下さい。


平塚に2−1で辛勝  as of 1997/07/10

 7月9日 19:30から三ッ沢球技場で行われた対平塚戦は、2−1で勝利しました。

 前半は風下に立った横浜フリューゲルスに対し、平塚は単調ながらもDFの後ろに長いボールを入れてくるなど揺さぶりをかけます。前半15分頃には反町のシュート、さらに完全に枠にとんだシュートを埜下がヘッドでクリアするなどかなり平塚ペースで試合が進みます。中盤でも平塚がかなり激しくチェックすうためになかなか得意な形を作れません。
 しかし、耐えに耐えた前半のロスタイムに服部が受けたFKをジーニョが壁を越して直接ゴールに入れ先制。ジーニョはその前にも同じような場所からのFKを外していたので、2発目は決めてもらわねばと思っていた矢先でした。

 後半に入ると徐々にフリエペースに。平塚の中盤のプレッシャーがなくなってきた分ボールが動くようになります。2点目はCKから、埜下がヘッドで合わせて2−0に。ほぼ試合は決まったと思ったのですが、さすがに4位の平塚、そう簡単には勝たせてくれません。
 後半25分頃に中央付近で与えたFKを、中田が浮き球でゴール前に。ドンピシャでロペスが走り込みヘッドでゴールを決められてしまいます。前後して三浦に替えて波戸を投入。三浦は前半に痛んだのが効いてきたようでちょっと心配。
 得点差1点となって両チームの選手ともかなりヒート。そんな中で平塚の洪明甫は山口に故意に蹴りを入れて一発退場。平塚の反撃もここまでで、結果2−1で勝利しました。

 ゲーム的にはかなり苦しい試合だったと言えると思います。特に前半は平塚の早い出足とDFの後ろへ入ろうという意識の高いロペスの存在が随分苦しませました。後半に入ってからはリズムを崩したとはいえ、 中田を中心としたサッカーはなかなか。そんな相手にもきっちり勝っていける今のチームはさすがと言わなければならないでしょう。

 首位の鹿島が清水に負けたため、横浜フリューゲルスが首位に立ちました。ある意味で追う立場から追われる立場になったわけですが、もういまさらどうのと言うことはやめましょう。去年もあれだけ優勝争いをして、悔しい思いをしただけ、選手の皆さんもそしてサポーターも成長したはずです。へんに浮つくことなく、あと残り3試合を粛々と勝っていくだけでしょう。私たちサポーターは、その最後の最後まで選手の見方として応援を続けましょう。


速報>市原に0−4で勝利  as of 1997/07/05

 本日新潟で行われた対市原戦は、前半にサンパイオ、服部の2ゴール、後半に山口、バウベルと加点して0−4で勝利した模様です。>オーレヨコハマ現地特派員?よりの情報です。


再試合はやはりバウベルのゴールから  as of 1997/07/03

 5月17日に激しい雷雨のため中止、再試合となったJリーグ第9節、対浦和戦は1−3で横浜フリューゲルスが勝利しました。ちょっと記憶が曖昧なのですが、浦和にJ公式戦で勝ったのは2年ぶり?だと思います(少なくとも去年は勝っていない)。
 前回、バウベルがゴールを決めて1点優位にたっていたのにゲームが流れたのですが、規定により完全な再試合となってしまいました。ただ今回は薩川もジーニョも出場しています。また、ボリビアからの帰国が間に合うか心配されていたサンパイオ選手もどうやら空港から直行?でスタメン入りしました。
 さて、開始早々(2分?)DFの混乱をつかれてブッフバルトのシュートがいきなりバーを直撃。いきなり肝を冷やします。しかし浦和の攻撃もそこまで。今日から本格供用の始まった浦和の4バックシステムが機能しません。フリューゲルスはやすやすとDFの裏にボールを通し、シュートまで持っていきます。また中盤でのマークもほとんどないため自由にボールを動かせるフリエが圧倒的な優勢に。
 1点目はバウベル。裏に飛び出してのシュートはサイドネットかと思いきや入っていました。2点目は山口。3点目服部と面白いようにゴールが決まります。やはり慣れないDFが翻弄されてしまったということなのでしょうか、ブッフバルトもほとんど消えていました。
 一方でフリエのDFは完璧。特に薩川選手のすばらしさには会場からため息が………。全く岡野に仕事をさせないなど完璧の出来。私個人のMVPは薩川選手でしょう。前田、大嶽両選手も安定した守備でピンチを作りません。

 後半に入ると浦和はDFおよび中盤をかなり修正してきます。フリエのFWおよび2列目の選手はかなりはっきりとしたマークを受けるようになり、前半あれだけ動いていたボールもなかなかスムーズに動かなくなってきます。
 失点は前田選手のファールからのPK。ちょっと判定に?はありますが、まあ仕方がないのかもしれませんネ。決められて1−3に。
 その後浦和も好機をつかむものの、楢崎のパンチングなどで得点とならず、逆に手で選手を倒したということで一発レッドで一人欠け、結果1−3でフリエが勝利しました。オタシリオ監督は終了5分前くらいに服部選手を替えて吉田選手を投入。ケガで心配していましたが、とりあえずは大丈夫の様子(キャンプにも途中から合流していたというし)。でもプレーの方は評価するまでの時間がありませんでした。
 第1の天王山を勝利しましたが、鹿島がまだ1位であることに変わりません。残りの試合をひとつひとつきっちりと勝って行きたいですね。