「ワラッテイイトモ、」展 
appel(2004年3月4日〜16日)


若手アーティストの登竜門的コンペ、キリンアートアワード2003で話題を呼んだ《ワラッテイイトモ、》。誰もが知るテレビ番組「笑っていいとも!」の映像・音声を主な素材にしたこの作品は、審査会において、いったんは満場一致で最優秀作品賞となったものの、その後、肖像権や著作権を考慮すれば、オリジナル形態での発表を控えざるをえないと判断されたために、例外的に「審査員特別優秀賞」が与えられることとなったという。東京と大阪で開催された同受賞作品展では急遽制作されたアラン・スミシー・ヴァージョンと呼ばれる修正版が公開された。
以上の経緯については、すでに『群像』『美術手帖』『朝日新聞』『10+1』『クイック・ジャパン』などで紹介されている。 同アワードから誕生したものとしては、例年になく注目を浴びる作品となったのではないか。それは他でもない自主規制によるところも少なくないだろう。現在まで、この約46分のビデオ作品は、作者であるK.K.自身によるビデオテープ配付作戦(?)や、自主上映会によって、少しずつ知られてはいるようだ。

さて、本題。今回appelで開催された「ワラッテイイトモ、」展は、挑発的だった。一階のカフェを通り抜け、細い階段を昇って二階に上がると、がらんとした展示空間の奥に、VTRが床置きで二台重ねられている。すぐそばには二枚の小さなボード。それ以外は何もない。不審に思った来場者は、注意書きを読んで、一瞬目が点になるに違いない。会場では《ワラッテイイトモ、》のダビングが行われているのだ。
作品上映を期待していた人は少し戸惑うかもしれない。新作を期待していた人には肩透かしとなっただろう。テレビというマスメディアへの呪いのようなあのビデオ作品の作者が、現代美術作品を手掛けるといったいどんなことになるのか?[*1] そんな好奇心に駆られ、会場に足を運んだ人は少なくないはずだ。いずれにせよ来場者は、この「新作」の詳細を知り、思わず苦笑したに違いない。

ダビングマニュアルによれば、私たちはすでに用意されているテープAをもとに、テープB[*2]を複製する。そしてテープBではなく、テープAを持って返らなければならない。つまりそこには事実上、マスターテープが存在しない。 テープA、B、C、D、E、F、G……という連鎖があるだけだ。当然、画像と音声は次第に劣化し、鑑賞に耐えうるものではなくなっていくだろう。ただし問題はクオリティだけではない。
たしかにマニュアル通りにダビングを行えば、来場者は作品のコピーをまるごと入手できる。だが、それは本当に、あの《ワラッテイイトモ、》なのだろうか? ダビングの一部始終を監視するものなどだれもいない。つまり、展示空間は一種のブラックボックスであり、そこで行われるのはビデオテープを介した伝言ゲームなのである。展覧会初日に会場を訪れた私は、最終的に残る「マスターテープ」がどんなものなのか、激しく興味をそそられた[*3]。他でもない、「笑っていいとも!」が収録されている可能性さえ──少ないだろうが──あるわけだ。

《ワラッテイイトモ、》は、「笑っていいとも!」にはタモリが一言も喋らない日があったという、経歴不詳の匿名的な作者K.K.によって起動された、いわば都市伝説的な噂話だ。それはいまだ一般公開されたことがなく、ひっそりと(?)語り継がれることによって、その生命を保っている。
本展はこうした現状を逆手にとったものといえるだろう。これは皮肉なのか、悪意なのか、あるいは遊び半分の悪戯なのか。少なくともK.K.は、《ワラッテイイトモ、》に負わされた運命を、自ら反復してみせたのだ。


展示風景。VTRに立て掛けられているのは「ダビング中につき、触らないでください」という注意書き。右横はダビングマニュアル。撮影=西野基久

*1=すでにUPLINK GALLERYで別の新作が公開されている。筆者は未見。
*2=ビデオテープは会場で購入可能だった。
*3=会期後半は予定が変更された。毎日新しいマスターテープに交換され、また観賞用のモニターとVTRも別に用意された。良心的だが、企画意図の一貫性に疑問が残った。が、それも含めてK.K.的というべきだろうか?

(3月31日記)
(5月25日改稿)

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