千尋と吹雪
橋の向こうに沈み行く夕日が、二つの人影と一つの動物の影を道にうつし出す。
その影の主は、千尋と吹雪と彼の愛犬、小ラッシー。千尋の家に寄った吹雪を小ラッシーとその主人が散歩がてら送っているところだった。
「すっかり遅くなっちゃったねぇ、吹雪チャン」
「まあね。家に帰ったらすぐに夕食の支度しないと」
腕時計を見る吹雪に、千尋は自分自身を指差して、言った。
「今度、俺にも作ってよね♪」
「ワン♪」
千尋の言っていることがわかっているのか、小ラッシーも催促するように声をあげる。
「何言ってんだか。私の料理は『大味』なんだろ?」
吹雪が少しふてくされてみせると、千尋はそうだっけ? ととぼけた。
「調子のいい……。あんま、期待しないでよね」
吹雪はぶつぶつと言いながらも、内心悪い気はしていないようだ。
そんな会話をしながら散歩をしていると、気がつけば吹雪が利用するバス停に着いてしまっていた。
「あ、もうすぐバスが来るみたい。ありがと、ここまで送ってくれて。
千尋は散歩続けてよ」
吹雪は、バスの時刻表を見ながらそう言うと、千尋は不服そうな顔をした。
「つれないねえ、吹雪チャン。らしいと言えばらしいケド。
お別れのキスくらいしてくれたっていいんじゃない?」
「はぁ!?」
突然、とんでもないことを言われた吹雪は、思わず声をあげた。そんな吹雪に千尋は笑顔を近づける。
「だってさー、たまには吹雪チャンからしてくれてもいいんじゃない?
いつも俺からばっかりだし」
「な、なななななに言ってるのよ! ふざけるなっ!!」
すごんでみせても、千尋には効果が無い。余裕の笑みを浮かべたままだ。
吹雪はわかっていた。千尋は自分からそういうことなど出来ないとわかっていて、からかっているということを。
「ホラ、吹雪チャン♪」
「〜〜〜〜〜」
吹雪は怒りが頂点に達したのか、こぶしを握り締め、千尋の胸倉をつかんだ。
「おっと♪ 暴力はんた――」
千尋は思わず言葉を切った。いや、切られてしまった。
飛んでくるはずのこぶしはいつまで経ってもくることはなく、その代わりにふわりと甘い香りと、そして――ぎこちなく唇に触れる柔らかい、それ。
「……え?」
「勘違いするなよ! きょきょきょ、今日だけだからなっ!」
あっけに取られている千尋に、吹雪は怒ったような顔をして走り去ってしまった。どうやら、次のバス停まで走って行くつもりらしい。
逃げるように去っていく吹雪の後姿を無言で見つめる千尋を心配したのか、小ラッシーが足元にすり寄ってくる。それに気づいた千尋は、やさしく小ラッシーの頭をなでた。
「……今日はいい夢が見れそうだよ、小ラッシー」
ほんのりと赤く染まった千尋の顔。それは照れているのか、夕日に照らされたせいなのか――真実は、彼のみぞ知る。
FIN
Written by Yuuki
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