〜 トレーニング 〜

(暑ちっ……)
 夏休みももうすぐ終わろうとしている8月の昼下がり。
 小林健吾は、かんかん照りの中を大汗をかきつつ、向日葵高校の校舎へ向かって歩いていた。
(ったく、教科書を教室に忘れるなんて――どうかしてるな)
 締め切り間近になって宿題やろうとしたら肝心の教科書がないことに気づいてしまい、しかたなくわざわざバスに乗ってまで学校に登校したのであった。
 自分の間抜けさをしきりにボヤきつつ、足早に1−Aの教室をめざす。

 校内はというと――人影もほとんどなく閑散としている。
 校長の発案で、『夏休みの最後の1週間は宿題をやるように』と、すべてのクラブ活動が中止されているからなのだ。
 学校の図書室も閉まっており、さらにこの厳しい残暑とあっては、いまごろ生徒たちはこぞってクーラーの効いた市立図書館へ殺到している(笑)はずである。
 教室で見つけたお目当ての教科書を小脇に抱えて、さっさと帰ろうと渡り廊下を渡ると、どこからか妙なうめき声が聞こえてくる。
「う〜〜ん、う〜〜ん(汗)」
 どうやら、体育館脇のジムルームからのようだ。

 ちょっと気になって半開きのドアからのぞいてみると、そこにはトレーニングマシンで汗を流す小林吹雪の姿が。
(なぜこんな時間にこんなところで?)
 トレーニングマシンから手を離して肩で息をしている吹雪を見つめながら、健吾は不思議に感じていた。
(?!)
 と、ようやく一息ついてゆっくりと顔を上げた吹雪と偶然目が合ってしまう。
(や、やばっ)
 そう思った瞬間、光速で健吾に近づいて(笑)肩をしっかと掴む吹雪。
「み、みたわね? トレーニングしてるところを」
 冷や汗まじりに健吾に糾問する。
「や、別に……い、嫌なら誰にも言わないし」
 しまったという顔で、あたふたとフォローしようと試みる。
「ま、アンタがそう言うなら、信じてやるワ」
 思いのほかあっさりと矛を収めてくれたので、健吾はほっと胸をなでおろす。
「しかし、こんな時間に随分と熱心だな?」
「うん。頑張ってトレーニングいっぱい積んで、夢を叶えてみたいの」
「夢?」
 思わぬ言葉に興味深そうに復唱する健吾。
「いいわ、誰にも言わないっていうから、ついでに教えてあげる。それはね――大和クンをプリンセスホールドするのが夢なのっ!」(爆)
 キャ〜っと乙女の恥じらいそのままに、告白モードな吹雪(笑)。だが、健吾には意味がちゃんと伝わってないらしい。
「プロレス技か?」
「ち、ちがうわよっ。こういうのをしたいの!」
 困った奴という顔をしながら、吹雪は例のトートバッグから「かたつむり前線」4巻(作:藤川佳世先生)を取り出し、55ページを開いて、
「これよ、これ」(※足にけがをした朝子をだき抱える梶原の画)
とバンバンと指差す。そのコマを不思議そうにのぞき込む健吾。
「抱っこ――されたいのか」
「違う。プリンセスホールドしたいんだって」
 ぷうっと頬を膨らませて不快感を表す吹雪だが、健吾はまだピンと来ないようだ。
「誰が?」
「わたしが」
「誰を?」
「小林(大和)クンに決まってるじゃない」――――
   ウェディングドレス姿の吹雪がタキシードで決めている(様に見える)大和を
  しっかとプリンセスホールドして、にこやかにくるくる回る。
   二人を祝うためのライスシャワーが降りそそぐ。
   『小林クン、大好きヨ』
   『うん、ボクもだよ。吹雪チャン』
   見つめあう二人。
   『うふ。うふふふふふ…………』
――――目を閉じ、めくるめく妄想にうっとり浸る吹雪。
[※作者注:『何か設定がおかしいのでは?』というご指摘は一切お受けいたしかねます(笑)]

(オレはいったいどうしたら良いのだろ?)
 その吹雪を前に、一人取り残されている健吾は立ちすくんでいるしかできない。
(ハッ!?)
 気が付くと、ちょっと困った顔をしている健吾に醜態を見られていたかと思い、カアァっと顔が紅潮してきた。
「な、な、何よ?! あんただって小林クンをしょっちゅう抱っこしてるじゃない」
「何言っ……おいっ?!」
 文句を言いかけた健吾の右手首をがしっと掴むと、近くの卓球台までずかずかと引っぱりまわす。
「さぁ、勝負よ」
(?)
「腕相撲で私が勝ったら、今後二度と小林クンを抱き上げないこと。いいわね?」
 大和クンをいとも軽々と*お持ち帰り*できる健吾に妙な嫉妬を覚えた吹雪は、いきなり腕相撲の勝負を挑む。
 それは、自分のトレーニングの成果を確かめるためなのか、それともさっきの妄想への照れ隠しなのだろうか?
 いずれにせよ、あの吹雪の息巻く様子ではとても嫌だとは言えないだろう。
「あ、あぁ」
 健吾は、しぶしぶと気乗りのしない返事を返す。

「じゃ、いくわよ」
 吹雪は、彼の右手を取ると自分の肘を卓球台に付けた。
 ふわっとした感触。
(委員長の手って、こんな感じだったっけ?)
 久しく女の子の手を握ったことの無かった健吾はちょっとドギマギする。
 が、そんなことおかまいなしに、吹雪はグイグイと健吾の右手を机に捻じ伏せようと力んでいる。
「たぁりゃーっ」
(さ、さすがにあのトートバッグを持ち上げるだけのことはあるな)
 彼女の力を試すかのように、腕を倒されない程度に力をかけてホールドする健吾。
「くぅーっっ」
 顔を真っ赤にしてさらに力をこめるが、それでも健吾にとってはまだまだ踏ん張れる程度。
「☆★?△※▲〜」
 吹雪は、声にもならない声とともにあらん限りの力をかけてきたので、そろそろヘトヘトになりそうである。
(もし勝ったら後で何言われるか判らないし――ここはわざと負けておいたほうが……)
 と思ったそのとき。

 べたべたぁっ。
「やぁー吹雪チャン♪ そんなに力いっぱいリキんでいると、小ジワが増えるよー」
 どこから湧いて出てきたのか、千尋が吹雪の背後からべったりとくっついてきた。
「きゃっ!」
 ぱたっ。
(え!)(あ!)
 千尋の出没に気を取られた瞬間、吹雪の右手はあっさり倒されてしまった。
――――その光景に、しばしボーゼンとする二人(汗)。

「もー、何よっ!(怒) アンタのおかげで負けちゃったじゃないの!!」
 振り返って、ベタつく千尋に一発お見舞いしようとする。
 が、さっとかわすとカラカラと笑いながら千尋は逃げ出していった。
「ほらほら。そんなに怒るともっともっと小ジワが増えるよ〜」
「待てッ、サド小林っ!!」
 吹雪が逃げる千尋を追いかけようとしたその時、くるっと振り返って健吾をビシっと指差した。
「いい? 負けたわけじゃないからね。アクシデントだからね」
「……あ、あぁ」
 勢いに押され、いかにも降参というふうに両手を上げる健吾。
「よしっ」
 その仕草に満足したのか、満面の笑みとともに相槌打ったら、またくるりと回れ右して
「まて〜ぇ!!! 今日という今日はゆるさぁ〜んッ」
と千尋を追いかけるべく、スリッパ片手に廊下へと駆け出していった。

 静かになったジムルーム。
 健吾は、自分の右手を見つめる――感触の残る手のひらを。
(……夏休みに学校へ来るのも悪くないな)
 どうやら、吹雪の笑顔に会えたのは彼にとって収穫だったようである。

May 5th 2000, written by Hajime Satow


【あとがき】
 1巻59ページで、うさぎとびで立てなくなった大和クンを抱きかかえるのに苦労して
   「男の腕力が欲しい…(汗)」
とボヤいてた吹雪嬢。
 それが、3巻114ページでブルマ泥棒を押さえ込むわ、4巻全体に渡ってなぞのトートバッグ(笑)を軽々と持ち上げるわで、どうなっているんだろう?というところから、このお話が始まりました。
#重箱のスミつついて済みませんです(汗)>校長先生

 本来ならば、吹雪×大和なお話で↑の妄想満開な話にしたかったのですが(苦笑)、あえなく挫折。
 結構おしゃべりな健吾クンや、吹雪嬢より健吾クンが敏感になっていたりと、本編と異なってしまってちょっと恥ずかしいです。
 今回は、これでご勘弁くださいませ(平謝り)>千尋派各位

【管理者より一言】
 予定では吹雪&大和では?ということは置いておいて(笑)
 吹雪&大和のプリンセスホールドが簡単に思い浮かぶのって一体(^^;)
 ちーさんの『小ジワ』とともに大爆笑させていただきました。
 けんさんに張り合う吹雪ちゃんが可愛かったです♪
 お忙しい中、ありがとうございました。



Special Thanks!