〜 春をさがそう 〜

 降り積もった雪がかなり解け、陽射しもあたたかくなってきた午後。
 耳を通り過ぎて行く先生の声は、まるで呪文のようだった。
 次第にまぶたが重くなる。
 ダメだとわかっていても止める事はできない。
 あたたかな陽射しも手伝って、窓際の席で授業を受けていた大和のまぶたは完全に閉じられてしまった。

◇ ◇ ◇

 

「……クン、小林クン」
「うにゃ?」
 ゆっくりとまぶたを開けてみると、心配顔の吹雪の顔が大和の瞳に映った。
「えっと、吹雪ちゃん?」
 寝起きでぼんやりとした頭のままでまばたきを何度かしてみる。どうして吹雪が心配顔なのか不思議だった。
「小林クン、授業終わっちゃったわよ?」
「……授業……? えっ? 授業?! 終わっちゃったの?!」
 やっと今の状況を把握した大和は慌てて立ち上がろうとした。しかしあまりに慌てたせいか、何もないのに足がもつれてその場で転んでしまった。
「こ、小林クン?! 大丈夫?!」
「だ、大丈夫〜」
 慌てて助け起こそうとする吹雪に、大和はえへへと照れながら応えた。
 そしてイスに座り直した大和は、ふぅと小さなため息をつく。
「ボク、授業中なのに寝ちゃったのね」
 自分の失態にしゅんと落ち込み、曇り空のような大和の表情を見て、吹雪は慌てる。
「大丈夫よ! 燕センセは全然気づかなかったし、授業もそんなに進んでいないから! ノートだったら私が見せてあげるし、全然平気よ!」
「じゃぁ、あとで今日の授業のこと教えてくれる?」
「まっかせておいて! 私がちゃんと教えてあげるからね!」
「吹雪ちゃん、ありがとう!」
 大和の表情は、曇り空から晴天のようなすっきりとした笑顔になり、吹雪もほっとした。
「でも、小林クンが授業中に居眠りするなんて珍しいね」
「う〜ん、なんだかお陽様の光が当ってぽかぽかして、つい眠くなっちゃった」
「ホント、最近は暖かくなってきたよね。春が近づいてるって感じ」
「春かぁ。ね、吹雪ちゃん、知ってる?」
「何?」
「駅に行く途中のアーケードの花屋さんで菜の花が売ってるんだって。昼休みにゆりちゃん達が話してたの」
「へぇ、もう菜の花って売ってるんだ。観賞用の菜の花なんて春にしか花屋さんでは見かけないもんね」
 鮮やかな黄色の花と緑の葉を思い浮かべながら、吹雪がつぶやく。
「いろんな色のチューリップとかもあったみたい」
「菜の花にチューリップかぁ。そういえば、うちの近所でちょっと甘い感じの香りが漂ってたけど、もしかしたら梅が咲いていたのかも」
 吹雪は今朝の登校時のことを思い出す。そうすると他にも春に関することが思い浮かんで来た。
「この間開店したケーキ屋さん、苺フェアやってたっけ。苺まるごと1コ入ったシュークリームや苺クリームたっぷりのエクレアとかサクサクのミルフィールとか。深雪が買って来てってうるさかったんだよね」
「うわぁ、春の味覚だね! ボク、苺だぁい好き!」
 大和はぺろっと下を出しながら、美味しそうなケーキを想像する。
 その時、ふいに大和は何かを思いついたかのように手をぱんっと叩いた。
「そうだ! ね、ね、吹雪ちゃん。春を探しに行こうよ!」
「春を探しに?」
 突然の大和の提案に吹雪は驚く。
「そう! 春ってなんだかわくわくするよね? 楽しくなってこない? それにこのへんがほわぁんとあったかくなるっていうのかな」
 大和は胸のあたりに手を置く。
「お花屋さんの菜の花も見てみたいし、苺のケーキも食べたいな。それに他にもいろんな春があるかもしれないよ!」
「春を探しにかぁ。なんだか楽しそうだね」
「うん! じゃ、行こ!」
 大和は立ち上がると、吹雪の手を握って早く行こうと促す。
 突然握られた手と、楽し気な大和の笑顔に、吹雪の心がドキドキする。それは、大和の言う『このへんがほわぁんとあったかくなる』という感じに似ているような気がした。

 小林クンが春みたい。

 吹雪はふとそう思った。
 大和の笑顔は、見ている側の心をあたたかくさせ、嬉しい気持ちにさせる、春のような笑顔。

 とっておきの春を見つけた。

 大和の笑顔を見つめながら吹雪はそう感じ、そして微笑んだ。



 

 Fin  


<ちょっとフリートーク>

  大和クンと吹雪ちゃんの春のお話でした。
  これを書いたのは3月でした。
  3月の北海道は、まだまだ雪が残っていて春っぽい感じは全然しないのですが、
 ネットであちこち回っていると、すでに桜や梅が咲いたとか春の話題がちらほら。
  よく行くデパ地下には花屋さんがあって、菜の花があるのを本当に見ました。
  気づかぬうちに春は近づいているのかもしれません。
  近づいて来た春と、心があたたかくなるような大和クンの素敵な笑顔を思い浮かべながら
 書いてみました。
  これを自分のサイトにUPした5月。やっと桜が咲き、北海道も春らしくなりました。

 

 

  


 

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